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あなたの胸の一番近く
しおりを挟むリト視点
外の空気は、
泣きたくなるほど懐かしかった。
排気ガスの匂い、
喧騒、
店先から漏れる安っぽい揚げ物の香り。
一瞬、胸の奥がキュッと締め付けられる。
――ああ、前は、こういう場所で。
ひとりで、
孤独に、
けれど自由に歩いていた。
そこまで考えて、思考が途切れる。
背後から巨大な、圧倒的な熱を帯びた影が僕を包み込んだからだ。
「考え事するな。……前を向いて歩け、リト」
エリザベスの低い声。その大きな掌が、僕の肩を抱き寄せる。
それは逃げ出さないように縛る鎖というより、この世界から僕を隠し、片時も離さないように守るための「聖域」だった。
周囲には、BLACK-bullの部下たちが展開している。
多い。
明らかに、ただの買い出しには多すぎる。
すれ違う一般人が、その異様な威圧感に気づいては、蜘蛛の子を散らすように道を空けていく。
「……あの、エリザベスさん。流石に多すぎませんか?」
「護衛だ。文句あるか?
……俺の宝物に、
虫が寄らないようにしているだけよ」
女王の口調で言いながらも、その瞳は鋭く周囲を警戒している。
不思議と、
嫌な気分ではなかった。
むしろ、その過剰なまでの庇護が、今の僕には心地よかった。
スーパーに入り、
買い物かごを手に取ろうとすると、部下の一人が弾かれたように飛んできた。
「俺が持ちます! リト様は軽いものだけ、そう、そのパン一袋くらいにしてください!」
「リトさん、こっちの棚の重いのは俺らがやるんで! 触って爪でも割れたら女王に殺される!」
……軽い。
物理的にも、扱いも。
なんだか小動物か何かを運んでいるような目で見られているけれど、
彼らの瞳には確かに、女王への忠誠心とはまた違う、素朴な善意が宿っていた。
買い物を終える頃、
僕は小さなハンドメイド雑貨の棚に目が留まった。
そこには、ひとつ数千円程度の、花が穂状にあしらわれた縦長のピンブローチがあった。
僕は、預かっていた小さな財布を握りしめた。
本当は、もっと高価で美しいものを贈るべきなのだろう。
けれど、唐突に今日の記念が欲しくなった、僕にできる精一杯はこれだった。
「……これ。あの、エリザベスさん」
店を出た直後、僕は震える手でそれを差し出した。
エリザベスは、一瞬、石像のように固まった。
「……何よ、これ」
「……お礼です。いつも守ってくれるから。あの、安物で……あなたには全然似合わないかもしれないんですけど」
周囲の部下たちが、息を呑むのがわかった。
女王に「安物」を贈るなど、本来なら不敬にあたる。
けれど、エリザベスは何も言わなかった。
ただ、その大きな手でブローチを受け取ると、壊れ物を見るような、
あるいは生まれて初めて奇跡を見た子供のような、ひどく脆い表情を浮かべた。
「……似合わない?」
彼はそれを自分の胸元――高価なレザー衣装の襟に、大切そうに、震える指で留めた。
「最高に似合ってるわ。……リト、これだけは言っておくけれど」
彼は僕の頬を、熱を帯びた指先で撫でる。
「数億円のダイヤモンドより、
今の俺にはこれが眩しいわよ。
……ああ、もう、可愛すぎて、食べてしまいたい」
女王の微笑みは、
どこか泣き出しそうなほど優しく、
そして、独占欲という名の熱い毒に侵されていた。
それを見た部下たちは、顔を見合わせ、満足げに深くうなずいた。
「――護衛を倍に増やせ。何があっても守り抜くぞ」
誰からともなく出たその言葉は、もはや組織全体の意志となっていた。
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