27 / 45
第一幕
第27話:支配者の焦燥と、無音の監視網
しおりを挟む
商都リュステリアの喧騒を冷たく見下ろす丘の上。この街の絶対的な支配の象徴である領主館の最奥、重厚な静寂に包まれた執務室にて、一人の男が深夜の報告に耳を傾けていた。
領主、ヴァルゴス・フォン・リュステリア。
かつて王都の熾烈な政争に敗れ、辺境の商都へと左遷された彼は、二十年という長い歳月をかけてこの街を「完璧な沈黙」の中に閉じ込めた。彼にとってこの街の住人は、人間ではなく、王都の権力の中枢へ返り咲くための階段を構成する駒に過ぎない。
そのヴァルゴスの前で、徴税人のギルバートが床に額を擦り付け、見苦しいほどに震えていた。豪華な黒檀の机の上には、アドルが量産した「品質C」の幻銀が、窓から差し込む冷ややかな月光を反射して、不気味なほどの輝きを放っている。
「……ほう。幻銀、それもこの純度か」
ヴァルゴスは上質な手袋をはめた指先で、銀の塊を弄ぶ。その冷徹な瞳には、素材の価値への感銘よりも、計画を乱す不確定要素に対するどす黒い不快感が滲んでいた。
「ギルバート。貴様、ドランが『自身の左眼を犠牲にした禁忌の術』でこれを作り出したと報告したな?」
「は、はい! あやつは確かに眼帯をしており、その身から溢れ出る魔圧は、全盛期の大賢者を彷彿とさせるものでした……! おそらくは、残された最後の命を削り、一度きりの奇跡を絞り出したものかと……!」
ギルバートの必死な弁明を、ヴァルゴスは氷のような一喝で切り捨てた。
「……馬鹿め」
冷酷な声に、ギルバートの肩が跳ねる。
「ドランの魔力回路は、二十年前に私の命を受けたバルダザールが、この手で物理的に、完膚なきまでに破壊したはずだ。再生など不可能な、絶対的な絶望を奴に与えた。……あの日から『種火』すら残っていないはずの廃人が、独力でこれほどの品を生み出せる道理がない。ドランを動かした、得体の知れない『外部要因』が必ずいる」
◇
ヴァルゴスは背もたれに深く寄りかかり、苛立ちを隠すように指を組んだ。
彼には、不確定要素を放置しておく時間がない。王都の政敵たちから、粛清権を帯同した「王宮視察官」が近々リュステリアに向かうとの密報が入っている。彼らが評価の基準とするのは、統治の完璧さ……すなわち、統治者の威厳を損なう「騒ぎのない静寂」だ。
二十年前に牙を折り、泥を啜らせて沈黙させたはずの英雄が、この極めて繊細な時期に再び暗躍を始めている。その事実だけで、ヴァルゴスが積み上げてきた帰還への功績が瓦解しかねなかった。
「……表立って動く必要はない。視察官が来る前に大きな騒ぎを起こせば、それこそ奴らの思う壺だ。今はただ、あの店を、ドランを、そして突如現れた『弟子』と名乗る者たちの正体を徹底的に洗え」
ヴァルゴスの背後の影から、音もなく一人の男が染み出すように現れた。領主直属の隠密部隊「黒犬(くろいぬ)」の一員だ。その姿には生命感がなく、ただ殺意だけが形を成したような異様な気配を纏っている。
「……まずは牽制だ。奴らの行動を物理的に制限し、外部との接触を一切断て。ドランが再び牙を剥こうとしているのか、あるいはただの偶然か……。目立った動きをさせぬよう、影から締め上げろ」
「御意」
影の男は、実体を持たない煙のように、あるいは夜の闇そのものに溶けるように消えた。
ヴァルゴスは手元の幻銀を握り潰さんばかりに力を込め、窓の外、暗く沈む路地裏を射抜くように睨みつける。
「……大賢者ドラン。貴様に二度目の春など、決して来させはしない。……今度こそ、その魂の根元まで根絶やしにしてくれる」
支配者の冷酷な意志が、夜の帳に乗って、ドランの店へと確実に忍び寄ろうとしていた。
領主、ヴァルゴス・フォン・リュステリア。
かつて王都の熾烈な政争に敗れ、辺境の商都へと左遷された彼は、二十年という長い歳月をかけてこの街を「完璧な沈黙」の中に閉じ込めた。彼にとってこの街の住人は、人間ではなく、王都の権力の中枢へ返り咲くための階段を構成する駒に過ぎない。
そのヴァルゴスの前で、徴税人のギルバートが床に額を擦り付け、見苦しいほどに震えていた。豪華な黒檀の机の上には、アドルが量産した「品質C」の幻銀が、窓から差し込む冷ややかな月光を反射して、不気味なほどの輝きを放っている。
「……ほう。幻銀、それもこの純度か」
ヴァルゴスは上質な手袋をはめた指先で、銀の塊を弄ぶ。その冷徹な瞳には、素材の価値への感銘よりも、計画を乱す不確定要素に対するどす黒い不快感が滲んでいた。
「ギルバート。貴様、ドランが『自身の左眼を犠牲にした禁忌の術』でこれを作り出したと報告したな?」
「は、はい! あやつは確かに眼帯をしており、その身から溢れ出る魔圧は、全盛期の大賢者を彷彿とさせるものでした……! おそらくは、残された最後の命を削り、一度きりの奇跡を絞り出したものかと……!」
ギルバートの必死な弁明を、ヴァルゴスは氷のような一喝で切り捨てた。
「……馬鹿め」
冷酷な声に、ギルバートの肩が跳ねる。
「ドランの魔力回路は、二十年前に私の命を受けたバルダザールが、この手で物理的に、完膚なきまでに破壊したはずだ。再生など不可能な、絶対的な絶望を奴に与えた。……あの日から『種火』すら残っていないはずの廃人が、独力でこれほどの品を生み出せる道理がない。ドランを動かした、得体の知れない『外部要因』が必ずいる」
◇
ヴァルゴスは背もたれに深く寄りかかり、苛立ちを隠すように指を組んだ。
彼には、不確定要素を放置しておく時間がない。王都の政敵たちから、粛清権を帯同した「王宮視察官」が近々リュステリアに向かうとの密報が入っている。彼らが評価の基準とするのは、統治の完璧さ……すなわち、統治者の威厳を損なう「騒ぎのない静寂」だ。
二十年前に牙を折り、泥を啜らせて沈黙させたはずの英雄が、この極めて繊細な時期に再び暗躍を始めている。その事実だけで、ヴァルゴスが積み上げてきた帰還への功績が瓦解しかねなかった。
「……表立って動く必要はない。視察官が来る前に大きな騒ぎを起こせば、それこそ奴らの思う壺だ。今はただ、あの店を、ドランを、そして突如現れた『弟子』と名乗る者たちの正体を徹底的に洗え」
ヴァルゴスの背後の影から、音もなく一人の男が染み出すように現れた。領主直属の隠密部隊「黒犬(くろいぬ)」の一員だ。その姿には生命感がなく、ただ殺意だけが形を成したような異様な気配を纏っている。
「……まずは牽制だ。奴らの行動を物理的に制限し、外部との接触を一切断て。ドランが再び牙を剥こうとしているのか、あるいはただの偶然か……。目立った動きをさせぬよう、影から締め上げろ」
「御意」
影の男は、実体を持たない煙のように、あるいは夜の闇そのものに溶けるように消えた。
ヴァルゴスは手元の幻銀を握り潰さんばかりに力を込め、窓の外、暗く沈む路地裏を射抜くように睨みつける。
「……大賢者ドラン。貴様に二度目の春など、決して来させはしない。……今度こそ、その魂の根元まで根絶やしにしてくれる」
支配者の冷酷な意志が、夜の帳に乗って、ドランの店へと確実に忍び寄ろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)
MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。
しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。
母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。
その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。
純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。
交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる