異世界複製錬金術師

あくす

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第一幕

第28話:牙なき賢者の遺産と、迷宮への羨望

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ドランの古道具屋を拠点とした生活が始まってから、数日が経過した。
俺たちの日常は、表面上は静かだったが、その実、内側からは着実に、そして激しく熱を帯び始めていた。
俺は再び、商都の心臓部に位置する冒険者ギルド「リュステリア支部」の門を潜っていた。
石造りの冷たいロビーを見渡せば、そこには相変わらず淡々と、機械的なまでに正確に業務をこなすカミラの姿がある。周囲の汚職に染まりきり、小銭を数えることにしか興味のない他の職員たちとは一線を画す彼女の凛とした佇まいは、この澱んだ空気の中で唯一の清涼剤のように思えた。

「身分証の正式な発行、改めておめでとうございます。アドルさん」

カミラは、周囲に悟られぬよう小さな、けれど確かな祝辞を述べてから、ギルドの基本システムについて丁寧に説明を始めた。

「冒険者には、その実力と実績に応じて Gランク から Sランク までの階級が定められています。まずは最下層であるGランクから、薬草採取や街の清掃といった地道な依頼を完遂し、着実にポイントを積んでいってください。……それと、アドルさん。『ダンジョン』についても、今のうちに知識として持っておくべきでしょう」

カミラの言葉に、俺の胸は静かに、しかし激しく高鳴った。
現代知識やかつての仮想世界での体験からくる「ダンジョン」という甘美な響き。そこは死と隣り合わせの理不尽な魔境であると同時に、俺の【複製錬金】のレシピ帳を未知の素材や古代遺物で埋め尽くすための、巨大な宝物庫に他ならない。

「まずはGランクで生活基盤を整え、早期に Dランク あたりを目指してください。そこまで上がれば、信頼に足る仲間を見つけて固定のパーティーを組むことも、ダンジョン深部への立ち入り許可を得ることも、格段にスムーズになります。……正直に申し上げますが、一人で潜るのは自殺行為です。将来的に、背中を完全に預けられるパートナーを見つけることこそが、この街で上を目指すための鍵となりますから」

「分かりました。まずは焦らず地道に、生活力を身につけながら上を目指します」

カミラから受け取った、端が少し汚れた依頼票を強く握りしめる。
いつか、あの「城」で修行に励むミーシャと一緒に、未知の深淵へと足を踏み入れる。その光景を想像するだけで、俺の心は、かつての組織の歯車だった頃には決して味わえなかった、冒険者としての純粋な高揚感に満たされていた。



一方その頃、ドランの店の裏庭では、ミーシャが「脳が焼き切れる」ような、過酷な熱と戦っていた。

「右手でプチファイアの出力を三割で維持しつつ、左手でウインドカッターの術式構築を開始しろ! 意識を混ぜるな、完全に断絶させろ!」

ドランの容赦ない怒号が、静かな裏庭に突き刺さる。
ミーシャは歯を食いしばり、必死に自らの意識を二つに割っていた。凹凸の激しい石畳を走りながら難解な古語魔導書を音読し、さらに左右の手で全く性質の異なる魔法を保持する。最初の数時間は術式が霧散し、暴発して煤(すす)だらけになっていた彼女だったが、ここ数日の反復練習により、その動きには明らかに「慣れ」という名の調和が生じ始めていた。
ミーシャのこの驚異的な進歩を陰で支えていたのは、皮肉にも俺が作った「霊香木の風呂」であった。
修行で極限まで酷使され、オーバーヒート寸前まで熱を持った彼女の脳と身体。それが、ひのきの芳香に包まれた温かな湯船に浸かることで、急速にリフレッシュされていく。睡眠の質が劇的に向上したことで、翌朝には驚くほどの集中力を取り戻せているのだ。この回復のプロセスがあるからこそ、彼女は毎日、限界を超えた修練に耐えうる。

「……ふぅ。今のは……少しは、形になっていましたか?」

ミーシャが額の汗を拭いながら問うと、ドランはふんと鼻を鳴らし、淹れたての苦い茶を差し出した。
修行の合間の、短い休息。ドランは不意に自らの節くれ立った掌をじっと見つめ、静かに、独り言のように語り始めた。

「……ミーシャ、あんたには今のうちに伝えておかねばならんことがある。俺の『指導』には、どうしても埋められない限界があるってことをな」

ドランの声音に含まれた微かな震えに、ミーシャは居住まいを正した。

「俺は今、世間じゃ『大賢者』なんて大層な名で呼ばれているが……実際の中身は空っぽだ。二十年前に捕らえられた際、俺の体内にある魔力回路は物理的に、そして呪術的に、徹底して破壊された。全盛期の三分の一……いや、今じゃ一般人以下の魔力しか練れねえんだよ」

ドランが静かに魔力を練る仕草を見せたが、周囲に立ち上る輝きは弱々しく、蛍の火のようにすぐに消えてしまった。
かつては大陸中にその名を轟かせ、何も恐れるものはなかったはずの英雄。その牙は、二十年前に根本から叩き折られていたのだ。膨大な知識や魔法理論は今も脳に刻まれているが、それを体現するための「エンジン」が壊れているという、衝撃的な告白だった。

「俺はもう、あんたたちを守って戦う力は持っちゃいない。教えられることはすべて教えるが、最後にあんたたちを救うのは、あんたたち自身の力だけだ。……それでも、この牙のない老いぼれについてくるか?」

ドランの問いに、ミーシャは一切の迷いなく、優しく、けれど力強く微笑んだ。

「当たり前です、師匠。……あなたが守りたくても守れなかったものを、今度は私たちが、あなたの遺してくれた知識と一緒に、絶対に守ってみせますから」

ドランは一瞬だけ、かつての戦友ボルグを思い出したのか目を見開き、それから照れくさそうに眼帯の位置を直し、空になった茶碗を無造作に片付けた。
路地裏の小さな店に、三人の静かな絆が、より深く、より現実的な重みを持って、確かな根を下ろしていった。
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