僕のラブドール

よるひら

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最終話 人形師からの手紙

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あれから半年過ぎ、乾いた冷たい風が頬を撫でる季節になった。
夏実と過ごした1DKを引き払い、隣町へ引っ越したのは最近のこと。
あの日の翌日美春の葬儀が行われ、会社の人間はもちろん、転勤先で知り合ったであろう人間など、実に多くの人が美春の葬儀に参加し、涙した。僕は警察の取り調べがあり、参加出来なかったが、通夜には参加した。
だが、その通夜は散々だった。皆僕を見るなり白い目を向け、怒号を浴びせる者もいた。
「美春を返せ。」そう言われる度僕は毎度黙って頭を下げ、殴られ、唾をかけられた。
嫌がらせは通夜以降も続き、とうとう住居まで及び、引っ越さざるを得なくなった。
会社を辞め、友達の連絡先も消した。
警察に説明し、篠原の工房が暴かれたことで僕の無罪は証明されたが、未だに世間の目は厳しかった。
引っ越し先の近くでやっと見つけたコンビニのバイトでやりくりする毎日である。
「奈良坂君てさぁ、なんか人との間に壁作ってるよね。」
バイト先の店長にはそうよく言われる。実際僕は人との深い関わりを避けていた。精神を病んでいたのかもしれない。余計なことを思い出さないように、僕は毎日バイトに入った。
いつもより長いバイトのシフトをあがり、僕はふと、いつもの帰り道に足を止めた。
ガラス張りの向こうに、埃臭い西洋人形がぽつんと座っていた。手招くように僕をじっと見つめている。僕は吸い込まれるようにその店に入った。
店の中はアンティークな雰囲気の雑貨屋だった。僕はガラス越しに見ていた人形を間近で眺めた。ふんわりとしたブロンドの髪に青い目をした高価そうな人形だった。
「そちらも一応販売していますよ。」
店員がいつの間にか背後に立っていた。
ふざけるな。人形なんてこりごりに決まっているだろう。ましてやこんなお嬢様向けのものなんて、悪趣味もいいとこだ。
僕は店員を無視し、人形を眺め続けた。
店を出る頃にはすっかり日が暮れ、鈴虫の声だけが暗い夜道を満たした。
僕はプレゼント用に包装してもらった西洋人形を脇に抱え、ため息をつきながら帰路についた。
またやってしまった。
自分の部屋に帰り、ワンルームの片隅の棚に飾られた十数体の人形達をちらっと見てまたため息をついた。
美春の葬儀から数日経ち、僕は何故か人形趣味に目覚めてしまった。しかも女の子の形をした人形ばかり買うようになり、自分でも自分が気持ち悪く思えた。
他人と距離をおくのはこのせいでもある。
先程買った西洋人形の包装を解き、棚の一番上に飾った。
「…おやすみ。」その人形に囁くと、僕はなんとも言えないむず痒さに叫び出したくなった。ここが薄い壁のアパートでなければ声が枯れるまで叫び散らかしている。
僕は代わりにベッドに飛び込み、枕に顔を埋め、両足をバタバタさせた。
僕はそのままうとうとしていたが、インターホンの音でハッと目を覚ました。
玄関のドアを開けると、宅配便のおじさんが大きなダンボールと一緒に立っていた。
「どうも!奈良坂さんのお宅でお間違えないですかね?」
おじさんは陽気な声で尋ねた。僕は、はぁ。と気のない返事をした。この時間に元気だなぁ。
「篠原人形工房さんからお荷物です!」
僕は受領書を書く手が一瞬止まり、ゆっくり大きなダンボールを見た。
「え…?」
まさかと思い、僕は急いでダンボールを部屋に運び開封した。
中には裸の夏実人形が眠っていた。
「なんで…。」
僕はその場に膝から崩れ落ちた。
なぜ、死んだはずの篠原から人形が…?
ゾッと背筋に寒気が走り、震え上がった。
僕はハッと思い立ち、ダンボールの中を漁った。すると、夏実人形の足元に白い封筒を見つけた。封筒を取り出し、中の手紙を開いた。
『拝啓 奈良坂様

お久しぶりです。お元気でしたか?
私はあの後病院に搬送され、致命傷ではありましたがなんとか一命を取り留めました。
いきなり夏実人形を送られて動揺しておられると思います。
誤解される前に説明します。
あくまでこれは夏実との約束を果たすための私のエゴです。あなたへの嫌がらせではありません。
その人形は一から作り直した完成品です。酸素で動きはしますが、立つ、座る等の簡単なリモコン操作のみ。勝手に動いたりはしません。ご安心ください。
そして、この人形を送った後、私は自害しようと思います。夏実との約束を達成した今、人生にいっぺんの悔いもありません。
奈良坂さん、ありがとうございました。
どうかお元気で。

篠原 千秋』
僕は手紙を読み終えると、そっと封筒にしまい、ダンボールの中に戻した。

僕はその日から、人形を買うことを一切辞めた。夏実人形以外の人形を全て売り払い、人形屋に足を止めることもなくなった。
バイト先では一緒に飲みに行くような友達もでき、合コンにも参加するようになった。

夏実人形はダンボールに入ったまま家の押し入れで未だ眠っている。


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