天空ブリッジ

すたこら参蔵

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第5章 五日目

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 次の日の朝、俺はいつも通り、目が覚めるや否や屋根に登った。ここのところ、これが俺の日課となっている。
 屋根には既に斎藤さんがいた。斎藤さんは、梯子ピースを飛行機に載せる作業の真っ最中だった。
「斎藤さん、おはよう」
「よう、今日は作業が盛りだくさんだぞ」
 梯子ピースの搭載が終わると、俺達は宇宙服に着替え、飛行機に乗り込んだ。そして、上空でいつもの作業に取り掛かった。
 地上から宇宙までの往復を繰り返した後、俺達はいつも通りの昼食を取った。
「ブリッジは、あと少しで目標の高さに到達するぞ」
 斎藤さんがカップ麺をすすりながら言う。
「それからは?」
「うん、前に言ったように、各CCピースを少しずつ曲げて円弧状に整えるんだ」
「いよいよ最終段階ってことだね。ところで、斎藤さん、天空ブリッジが完成したら、どうするの?」
 斎藤さんは、いったんカップ麺をすするのを止め、遠い目をした。
「そうだな、未来への戻り方を探さないと。未希が心配しているだろうし……」
「当てはあるの?」
「全く。でも、いくつか調査すべきことはあると思う」
「例えば?」
「僕が未来からこの世界に来た場所とか、年代とか。何か意味があるのかもしれない」
「そう言えば、天空ブリッジが俺の家の屋根からスタートしたことも謎だよね?」
「あ、いや、それは、僕が近所を物色して決めただけだよ。太郎君の家は、屋根に上り易かったから……」
「えー、じゃあ、やっぱり人の家の屋根に勝手に登っていたんだね」
「まあまあ。いずれにせよ、天空ブリッジができたら、何か手掛かりがつかめるかも知れないな」
 斎藤さんは、話をごまかしながら、また麺をすすり始めた。

 昼食後も俺達は、梯子ピースの連結作業を続けた。そして、夕方前には、遂に巨大梯子が目標とする高さに到達した。
「ふー、ようやくここまで来たか」
 斎藤さんは、屋根上で一息ついた。俺も屋根瓦にいったん腰を下ろした。
 俺は、天空ブリッジの建造がいよいよ最終ステージに入ったことを感じ、少し興奮した。
 少し落ち着いてから、斎藤さんは、俺に訊ねた。
「太郎君、疲れているかも知れないけれど、このまま次の作業に入ってもいいかな?」
 俺は即答した。
「もちろん」
「よし、これからは、CCピースを曲げる作業だ」
 斎藤さんは、作業の内容を大まかに説明してくれた。難しいことは分からないが、どうやら、連結されているそれぞれの梯子ピースをバーナーで炙って、必要な形に曲げるようだ。一つずつ曲げていくことで、全体として半円状の形状を作り上げるらしい。
「まあ、聞くよりも慣れろだ。実際に作業を見れば、すぐ理解できるだろう」
 飛行機に乗った斎藤さんは、ハンドルの前の黄色のボタンを押した。飛行機がのろのろと進みだした。
 飛行機がある程度進んだところで、斎藤さんは、再度黄色のボタンを押し、飛行機を停止させた。
 次に、斎藤さんは、飛行機の中からホースのようなものを引っ張り出した。先端には、バーナーが取り付けられている。
「これを使って、天空ブリッジのポール部分を加熱するんだ」
 斎藤さんは、バーナーを持ったまま、天空ブリッジに近づいた。
「この辺りかな」
 斎藤さんは、左右のポールの目星をつけた位置に、バーナーのノズルを向けた。そして、バーナーに設置されているレバーを握った。
「プシュー、プシュー」
「ん?」
 俺は、炎が出るものとばかり考えていた。が、ノズルから出てきたのは音だけだった。
 斎藤さんは、いったん俺にバーナーを手渡した。その際に、俺の不信感に気づいたのか、
「これは、スプレーされた部分を加熱する特殊なガスだよ」
と説明した。
 よく見ると、確かに天空ブリッジのスプレーされた部分が赤く色づき始めている。程なく、斎藤さんは、ポールの赤くなっている部分よりも少し上側の部分を握り、手前に力を加えた。すると、ポールが真っすぐの状態から、少しだけ湾曲した。
 斎藤さんは、俺の方に向かっていった。
「こんな感じだよ。あとは一定の間隔で、これの繰り返しさ。やってみるかい?」
 俺はうなずき、斎藤さんからバーナーを受け取った。
 その後、俺たちは、二人で交代しながら、少しずつ曲げ作業を継続した。
 作業を続けるうちに、飛行機の機首が、垂直上向きの状態から少しずつ傾き始めた。天空ブリッジの湾曲が目に見える形となって現れ始めたのだ。
 ある段階で、飛行機の機首が、ついに水平状態となった。
「よし、ほぼ半分くらいまで来たぞ」
「あと半分で地上かあ、がんばるぞ」
 俺たちは、声を出し合って、気合を入れた。
 だが、ここから、作業は急激に遅くなった。ジェットコースターのように、飛行機の機首が徐々に下向きになり始め、これに伴って、今までに経験したことのない恐怖心が芽生え始めたためだ。しかも、作業を進めれば進めるほど、下向きの角度が増してゆく。
 さらに今日に限っては、夜になっても作業を続行することを選択したため、疲労や睡魔とも戦う必要がある――。

 それでも懸命に作業を続けた結果、天空ブリッジの先端が、ようやく見えるようになってきた。
 だが、何だかおかしい。天空ブリッジの先端が近いということは、地上が近づいているはずだ。だが、辺りは暗闇で詳しい状況はわからないものの、今俺たちがいる天空ブリッジの位置から、地上が近い感じはしない。
 たまらず、俺は訊いた。
「地上はまだなの? もうだいぶ天空ブリッジの先端に近づいてきたけど……」
「……実は、僕もおかしいなあと感じていたんだ。ここからブリッジの先端までの長さから言って、そろそろ地上に到達してもよいはずなんだけど……」
 齋藤さんは、そのまましばらくの間、黙り込んでしまった。そして、ぽつりと言った。
「もしかしたら、一つ一つのCCピースの曲げ量が少なすぎて、天空ブリッジがちゃんとした円弧状ではなく、ラグビーボールのように横に間延びした形になってしまったのかなあ……」
「じゃあ、天空ブリッジを地上まで延ばすには、CCピースをさらに追加で連結する必要があるってこと?」
「そうなるな。えーっと、計算によると、ブリッジがラグビーボール形状だとすると、地上まではあと1000メートルほど足りないようだ。そうだとすると、天空ブリッジを地上までつなげるには、CCピースをさらに50体ほど、連結させないといけない」
「えーそんなにー」
 完成が近いと思っていた俺は、がっくりと首を垂れた。
「だが、もっと大きな問題がある、荷重という問題が」
「え? 果汁?」
「天空ブリッジの荷重、つまり自重が、空から太郎君の家の天井に向かって真っすぐ働いている間はよかったんだが、今のようにブリッジが横に間延びした状態で、作業を続けることは危険なんだ。特に、追加で50体もCCピースを接続したら、家の屋根が引っ張られる力に耐えきれずに、破損するかも知れない。そうなると……」
「家の天井がもげて、その結果、ブリッジが空から地上に向かって真っ逆さまに落下……」
 俺はぞっとした。
「ここは、いったん引き上げて、対策を練り直した方がよいかも知れない」
 斎藤さんは、残念そうに腰を上げた。
 俺も続こうとしたそのとき、下の方になにやら黒い影のようなものが見えた。
「あれ、何だろう?」
 いつの間にか周囲が少し明るくなっていて、そのため、今までは気づかなかった2本の棒状の影がすぐ下の方に見えている。
 俺の問いかけに反応して、斎藤さんも下を向いた。その瞬間、斎藤さんは、驚いた表情に変わり、そのまま固まってしまった。
「ん、斎藤さん、どうしたの? 斎藤さん?」
 斎藤さんは、大きく目を見開いたまま、動かない。そして、一人でぶつぶつ言い始めた。
「あれは……に見える……が、どうして、なぜこんなところに……」
 何かを思い出そうとしているようだ。しばらくして、斎藤さんは叫んだ。
「そうだ、思い出したぞ、あれは、僕が僕の時代に建造中の天空ブリッジだ!」
「えっ、えっ、どういうこと?」
 今度は俺がびっくりした。
「昨日、僕は、太郎君に、思い出したことのすべてを話したつもりだった。でも、一つ忘れていたことがあったんだ。
 僕は、タイムスリップして太郎君の昭和の時代にやってきただろう。だが、その前、いや年代的には後かな、僕の時代に、僕は天空ブリッジの建造に既に着手していたんだよ、山田教授から譲り受けた部材を使って。
 だけど、途中の高さでCCピースを使い果たしてしまい、天空ブリッジの建造が中断していたんだ。不足している大量のCCピースの調達について、頭を悩ませているうちに、僕は太郎君の世界に来てしまったんだ!」
「でも、今は昭和だよ。何で未来の、斎藤さんの時代の天空ブリッジがこの下に存在しているの?」
「確かに不思議だ。でも、僕だって、未来の時代から太郎君の昭和の時代に来て、現にピンピンしている。同じことなんじゃないか?」
「そういうこと?」
 俺は半信半疑だった。だが、実際に、地上側にもう一つの作りかけの天空ブリッジがある以上、ここは斎藤さんの話を信じるしかなさそうだ。それに、この事実は、俺達にとって好都合だ。
「じゃあ、こっちの天空ブリッジと、あっちの天空ブリッジがつながれば……」
「そう、1体の天空ブリッジが完成する!」斎藤さんは、目を輝かせた。
「目視だと、あっちのブリッジの先端と、こっちのブリッジの先端の間隔は、せいぜい40メートルぐらいだね。だから、CCピースをあと2体も接続すれば、両方が合体する計算になるよ」
「やったー!」
 俺たちは、急にゴールが見えたことで興奮した。一度落胆してからの歓喜のため、いっそう気持ちが高ぶった。
 思いがけない幸運が舞い込んだため、既に夜が明けたものの、俺達はこのまま作業を続けることにした。梯子ピース2体の接続なんて、これまでの大変さに比べたら、たわいもない。
 俺達は、飛行機でいったん俺の家の屋根に戻り、梯子ピースを2体積み込んだ。不思議なことに、今まで山のように積み重なっていた梯子ピースが、これでちょうどなくなった。
 それから、再び天空ブリッジの先端に向かうため、俺たちは再び、飛行機に乗った。飛行機に乗り込む際に、俺は、天空ブリッジの根元の透明接着剤に、白いひび割れが生じていることに気付いた。少し心配になったが、飛行機に乗って、シートベルトを装着すると、早く天空ブリッジを完成させたいという気持ちが勝り、そのことをすっかり忘れてしまった。

 その後、飛行機は、再び天空ブリッジの先端に到着した。
 斎藤さんは、飛行機から降りる前に言った。
「宇宙服はもういらないな。動き難いし、脱いで作業するか」
 斎藤さんの提案により、俺達は宇宙服を脱いだ。宇宙服は、飛行機の空いているスペースに押し込んでおいた。
 天空ブリッジの一つの横バーの上に立った俺に向かって、斎藤さんは言った。
「残り2つのCCピースの連結は、僕が行う。今までとは違い、天空ブリッジの先端が下側を向いているからね。CCピースの連結のためには、CCピースを下から上に突き上げるという危ない作業が必要となる」
 確かにこの状況では、俺がCCピースの連結作業を行うことは無理だろう。だが、斎藤さんだって、大丈夫なのだろうか?
「わかった。でも気をつけてね」
 俺は、慎重に足下を確認しながら、1つの梯子ピースを斎藤さんに手渡した。
 斎藤さんは、右肩で梯子ピースを担いだまま、両手で天空ブリッジのバーを握り、両足を交互に降ろしながら、ブリッジの先端に向かって少しずつ降りていく。
 そのうち、足を支えるバーがなくなった。それでも斎藤さんは、両手のみを使ってブリッジをさらに降りて行く。
 最後に斎藤さんは、右手に梯子ピースを握った状態で、左手一本でブリッジの最も先端側のバーを掴んだ。斎藤さんの体が宙づりになり、ぶらぶら揺れる。
 俺は、どぎまぎしながら、斎藤さんの行動を見守った。自然と体が震える。
 斎藤さんは、宙づりのまま、器用に右手に持った梯子ピースの上端を、ブリッジの先端に差し込んだ。
「がちゃ」という音とともに、梯子ピースがブリッジに連結された。
 次に斎藤さんは、足をバタバタさせて横バーの位置を確認してから、今取り付けた梯子ピースの横バーに両足を乗せた。ようやく態勢が安定する。
「ふーっ」俺はため息をついた。
 そのまま斎藤さんを見守っていると、斎藤さんは、梯子ピースのバーのボタンを押して、梯子ピースを3倍の長さに延伸させた。
 それから斎藤さんは、両手でバーを握り直し、天空ブリッジを登って、俺の所まで戻ってきた。
「ふーっ」俺は再びため息をついた。
「見ている方も緊張するよ。怖くない?」
「それほどでも。天空ブリッジの完成が間近に迫っているからね、そっちの興奮の方が大きいよ」
「そうか、いよいよ後一つだしね」
「ああ。でも、ここから先は危ないから、僕が一人で行く。太郎君は、スリーナインマイナスワンから降りて、ここで待っていてくれ」
「わかった、がんばって」
 俺は、飛行機を降りて、その場に待機した。それを確認してから、斎藤さんは一人で飛行機に乗り込み、飛行機を発進させた。
 飛行機は、機首の先端が完全に下向きになった状態でゆっくりと進み、ブリッジの先端の少し手前で停止した。
 斎藤さんは、梯子ピースを右肩で担いで飛行機から降りると、先ほどのように、天空ブリッジのバーを握り、両足を交互に降ろしながら、ブリッジの先端に向かって少しずつ降りていく。
 最後のバーを両手で掴んで、斎藤さんは、また宙づりになった。何回見ても、気持ちが落ち着かない。体が自然と震えてしまう。だが、俺は、じっと息を止めて見守るしかない。
 斎藤さんは、宙づりのまま、右手一本で最後の梯子ピースをブリッジの先端に連結させた。それから、取り付けた梯子ピースに足を掛け、体を安定させた。
「ふー」俺はやっと、止めていた息を吐き出した。ここまでくれば、もう少しだ。
 斎藤さんは、ボタンを押して、今取り付けた梯子ピースを3倍の長さに延伸させた。
「あとは、今伸ばしたこのCCピースの先端を、あっちの先端に取り付ければ…」
 斎藤さんは、たった今延伸された最後の梯子ピースの先端側に向かって、ゆっくり降りていく。
 そして、ついに、その瞬間が訪れた。斎藤さんが、最後の梯子ピースを向こう側のブリッジの先端と合体させたのだ。
「よし、連結したぞ!」
「おー、やったー、完成だー」
 俺は、感極まり、大きな声を上げた。斎藤さんも、興奮した状態で、梯子ピースに掌を何度も叩きつける。それから、斎藤さんは、興味が抑えきれないのか、向こう側の梯子ピースを伝って、天空ブリッジを降り始めた。
「斎藤さん、興奮しすぎだよ。危ないよー」
 そういう俺も、興奮が収まらず、斎藤さんの後を追うように移動を開始した。   
(下の方はどうなっているんだろう?)
 流行る気持ちを抑えながら、ただし、バー踏み外さないように慎重に、天空ブリッジを降り始める。
(さらさら)
 と、そのとき、俺は、一瞬、遠くから違和感のある音を聞いたような気がした。
(ん、何かな、幻聴?)
 いったん興奮を鎮め、耳を澄ましてみる。
(さらさら)
 確かに聞こえてくる。後ろを振り返った。が、天空ブリッジには、何も変化はない。
(さらさらさら)
 音は、少しずつ、はっきり聞こえるようになってきた。
(さらさらさらさらさら)
 俺は、首を下げ、空の下の方を眺めた。そして、驚くべき光景を見た。天空ブリッジが、下の方から風化していた。まるで砂が風でまき散らされるかのように――。
「天空ブリッジが消滅している!?」
(さらさらさらさらさらさらさらさらさらさら)
 風化の先端は、下から上に向かって徐々に上昇しているようだ。
「大変だ、斎藤さん、天空ブリッジが消滅し始めた!」
 俺は、下にいる斎藤さんに向かって叫んだ。斎藤さんは、未だ興奮した状態で、全く状況に気付いていない様子だ。両手両足を使って、天空ブリッジを下り続けている。
「天空ブリッジが消えているって!」
 俺は大声で叫んだ。だが、斎藤さんは、俺の声が聞こえないのか、左手でバーをつかんだまま、右手を耳に当てる仕草をした。そして、また、天空ブリッジを下り始める。
 その間も、天空ブリッジの風化は、下から上に進行している。既に、斎藤さんの位置から数メートル下までが消滅していた。
(さらさらさらさらさらさらさらさらさらさら)
「危ないって、早く戻らないと!」
 俺は精一杯の声で叫んだ。声が届いたのか、斎藤さんは、いったん動きを止めた。だが、斎藤さんは、俺に向かってガッツポーズを返すだけで、状況に全く気付いていない。
(さらさらさらさらさらさらさらさらさらさら)
 そしてついに、斎藤さんが足を置いているバーにまで風化が伝播してきた。俺はただ、固唾を飲んで斎藤さんを見守ることしかできない。そして、驚愕の光景を見た。
 バーの消滅と同時に、斎藤さんの足が消滅し始めたのだ。
「えっ、えっ?」
 風化の進行は一向に止まらず、無情にも斎藤さんの体が天空ブリッジのパーツとともに下から消滅していく。
(さらさらさらさらさらさらさらさらさらさら)
「斎藤さーん!」
 俺は絶望的に叫んだ。が、何の効果もなかった。無情にも斎藤さんは完全に風化し、消滅してしまった。
 俺は、もはや成すべくもなく、絶望に打ちひしがれた。

 だが、それでも風化は終わっていなかった。依然として、風化の先端が進んで来る。
(さらさらさらさらさらさらさらさらさらさら)
「な、なんだとー!」
 あと数十メートルで、俺のところにも達しそうだ。俺は、恐怖のあまり後ずさりした。バーから足が外れ、落ちそうになった。慌ててバーを掴んで、体を支えた。そして、天空ブリッジを一目散に戻り始めた。
 死に物狂いで両手両足を交互に動かして、梯子のバーを掴み、バーを蹴り、天空ブリッジを登る。だが、恐怖でうまく進めない。体力も限界に近付いてきた。
「あっ」俺は慌てすぎて足を踏み外してしまった。下半身がバーとバーの間に挟まり、身動きできなくなった。
(もうだめだ……)
 最後にゆっくりと後ろを振り向いた。
 すると――。
 驚いたことに、風化は止まっていた。
 俺はやっとのことでバーをよじ登り、態勢を整え、天空ブリッジに腰を下ろした。心臓がまだ、ばくばくしている。
 少し落ち着いてから、天空ブリッジの先の方を見た。数十メートル先に、先端が見える。どうやら、風化は、斎藤さんが最後に梯子ピースを取り付けた辺りで終わったようだ。
(ふー)俺は、深く息を吐いた。気持ちの整理が必要だった。
 だが、その瞬間、俺は自分の体がどんどん沈んでいることに気づいた。いや、俺だけではない。天空ブッリジ自体が、徐々に角度を変え始めている。高月側における先端の支えを失った天空ブリッジが、そのまま、地表に向かって落下し始めたのだ。
「うわー」
 徐々に天空ブリッジの落下の速度が増していく。
 俺は、必死に天空ブリッジのバーにしがみついた。だが、自分の体が信じられないほどの落下速度に達した時、俺は意識を失ってしまった。
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