伯爵令息は後味の悪いハッピーエンドを回避したい

えながゆうき

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リアのお誘い

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 うぬぬ、どうする、どうする俺!? 今から行くべきか? いや、まだだ。まだ焦る時間じゃない。お泊まり会は一ヶ月近くあるんだ。まだ焦る必要はないはずだ。
 部屋の中をうろうろしながら、リアと仲良くなりに行くかどうかを一人で悩んでいると、小さくドアをノックする音が聞こえた。

 だれだ、こんな時間に? まさか、リアが!? 俺は緊張に胸をときめかせながらドアを開けた。そこにはネグリジェを着たリアが亡霊のように立っていた。
 リアだけど、リアじゃない。

「だれだ、お前。リアをどうした? 返答次第ではタダではすまさんぞ」

 ビクリと震えると一歩後ずさった。危険は承知の上で手首をつかんだ。その瞬間、彼女の放つ空気がガラッと変わった。そこには俺の良く知るリアがいた。ただし、ガタガタと震えていたが。

「ふぇ、フェル、私、私ですわ。エウラリアですわ」
「……リア、どういうことだ?」

 油断はしない。俺は油断なくもう片方の手に持った杖を握りしめた。リアの視線が杖の方を向いた。顔色は青を通り越して土気色になっている。

「あの、部屋に入ってもよろしいですか?」

 それでもリアは引き下がらなかった。震える声でそう言った。何か理由があるのだろう。俺はリアを部屋に招き入れると、ドアを閉めた。

「フェルは幽霊がいると思いますか?」

 突然のリアの申し出に、正直なところ面食らった。いる、いないで言えば、いると思う。なにせ俺が前世の記憶持ちなのだから。幽霊がいても不思議ではない。

「いると思う」
「良かったですわ。実は私の部屋に幽霊が現れまして、その方が言うには湖に連れて行って欲しいそうなのです。フェルと一緒に」

 なぜ、とは聞かなかった。ここまでくれば大体想像がつく。間違いなくゲームのイベント絡みだろう。俺は一体いつまでゲームに縛られなくてはならないんだ。しかも、大事なリアを巻き込んでまで。

「フェル! そんな顔をしないで下さいませ。申し訳なく思ってますわ。私のせいでフェルまで巻き込んでしまって……」
「違う」
「え?」
「違う。リアを巻き込んでしまったのは俺のせいだ」
「……」

 しばらくお互いに黙り込んだ。しかし、このままでは何も解決しない。リアを解放するには湖に行くしかないのだ。

「それで、さっき表にいたやつがリアに取り憑いた幽霊か」
「それは誤解ですわ。この方が自らフェルと話したいと言ったので、体をお貸ししただけですわ」
「なんて危険なことを。そいつが悪い幽霊だったらどうするつもりだったんだ?」
「それは……申し訳ありませんわ。ですが、信頼できる方ですわ。だってこの国の最初の王妃様ですもの」
「なんだって?」

 初代王妃、そんな人物がこの館でさまよっていたのか。

「冗談ではありません。私はこの日が来るのをずっとここで待ちわびておりました」

 リアの雰囲気がガラリと変わった。なるほど、言われてみれば、国王陛下のような威厳を感じるな。だが、リアに取り憑いているのが許せない。

「あなたの大事な人に危害を加えるつもりは一切ありません。ですからどうか、その殺気を抑えて下さいませんか。リアさんが震えておりますわ」
「……」

 リアが人質に捕らわれている以上、大人しくしておくしかなさそうだ。俺は無言で先を促した。初代王妃は目を閉じてホッと息をはくと、なぜこのようなことをしたのかを話してくれた。

 ハッキリ言わせてもらうと、まったく理解が追いつかなかった。
 彼女いわく、何でも「大いなる悪」という存在が復活したらしい。そしてその悪を封印するために、「封印の指輪」が必要だそうである。そしてその指輪が眠っている場所が、あの湖だそうである。

 何という都合の良い展開。それよりも、乙女ゲームにそんな存在をぶち込んで来るとはたまげたなぁ。妹がやっていたあのゲームにも戦闘要素はあったのか?
 こんなことなら少しは興味を示しておけば良かった。まさかこんなことになるなんて。

「それではあなたを湖までお連れすればいいわけですね?」
「その通りです。あとは私が指輪のところまで導きますわ」

 指輪のところ、それは湖の主がいるところなのかな? そうなると、戦闘があったりするのだろうか?

「危険はありますか?」
「いえ、ありませんわ。指輪を取りに行くだけですから」

 本当かなぁ。まあ、行くしかないんだけどね。俺は彼女にコートを着させると、動きやすい服装に着替えた。着替えている間、熱い視線を感じたんだけど、気のせいかな?
 俺は「葉隠れ」と「忍び足」の魔法を使った。これで見張りから見つかりにくくなるはずだ。

 脱出経路を心配していたのは俺だけではなかったらしく、彼女も館から外まで続く秘密の通路を教えてくれた。お陰でだれにも気がつかれることなく湖にたどり着くことができた。


 桟橋にくくりつけてあったボートからロープを外す。自由になったボートはうれしそうに水面に揺らいでいる。
 今日が満月の夜で良かった。月明かりのお陰で周囲を照らす魔法を使わなくても十分に視野を確保することができた。
 彼女を慎重にボートに乗せると、氷の上を滑らせるようにボートを発進させた。

「ずいぶんとリアさんを大事になさっているようですわね。うらやましいですわ」
「当然です。それで、どちらの方角に進めばいいのか教えてくれませんか?」

 ボートをオールで漕ぐようなことはしない。推進力は魔法である。よく見ると分かるが、このボートは水面から少しだけ浮いているのだ。俺はボートを浮遊の魔法で浮かせて空を飛ばせていたのだ。

 彼女は静かにその方向を指差した。俺はそれに従って船を飛ばした。
 どれくらい時間が経過したのだろうか。岸からはかなり離れてしまっていると思う。ようやく目的地が見えて来た。
 その場所は俺でも分かる。水面がほのかに輝いているのだ。

「どうやって取りに行くのですか? まさか潜るわけじゃないですよね?」
「心配はいりませんわ」

 そう言って彼女がパンパンと二回柏手を打つと、小さなさざ波が起こり、ウナギのような生き物が現れた。いや、どこからどう見てもウナギだな。

「この生き物は?」
「レイクサーペントです」

 聞いたことがある! が、しかし、こんなに小さなサイズではなかったはずである。確か、二十メートル以上の巨体だったはずである。

「さあ、指輪を取ってきてちょうだい」
「キュウ!」

 可愛い。思わずほっこりとしていると、すぐに光り輝く指輪を咥えて水面から顔を出した。それを彼女が受け取ると、光が失われた。彼女の表情は分からないが、少し背中が丸くなったのが分かった。

「どうしました?」
「やはり指輪の宝石がなくなっていますわ」

 見せてくれた指輪には、確かに宝石がついていなかった。丸いリングに台座だけが残っている。
 彼女は意を決するかのようにこちらを見上げた。すごく悪い予感がする。ノーと答えたい。

「どうか代わりの宝石を見つけてもらえませんか? 宝石がなければ『大いなる悪』を封印することができません。どうかお願いします」

 頭を下げた。だがしかし、その体はリアのものである。勝手に人の体を使っておいて、勝手に頭を下げないで欲しい。
 俺が無言でいると、空気が変わった。どうやらリアに戻ったみたいである。

「フェル、私からもお願いしますわ。このことはこの国だけではなくて、この世界の盛衰に関わってくるかも知れませんわ。王妃様にお怒りかも知れませんが、どうか私に免じて許していただけませんか?」

 月明かりが映るリアの瞳は美しかった。俺はリアを両手で抱いて、その申し出を了承するしかなかった。
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