悪役令嬢役を頼まれたので頑張ってはいるものの、何だか雲行きが怪しいですわ

えながゆうき

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神童イザベラ

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 あー、退屈だわ。せっかく自由に動けるようになったのに、やりたいことができないなんて。こんなにつらいことはないわ。
 
 高速ハイハイはできるようになったけど、基本的にこの部屋の外には出させてもらえないのよね。ドアノブまでは……立ち上がれば何とかなるかしら? でも、いつも私を監視するように使用人がいるのよね。それもメッチャ美人の使用人が。
 
 もしかして、この世界の住人はみんな美男美女ばかりなんじゃないのかしら? そんな疑問が浮かんできたわ。ひょっとして私の容姿は、四天王最弱クラスの世の中にありふれた容姿なのかも知れない。おお怖い、怖い。

 トントン、と扉をノックする音が聞こえる。この高さはルークお兄様ね! 待ってました! 私の貴重な情報源。ルークはあれ以来、魔法関連の物語を読み聞かせてくれるのよね。お陰でこの世界の文字が読めるかどうかの判断もすることができたわ。

 その結果、問題なく文字も理解することができたわ。これはひょっとして、誰も読むことができない古代文字なんかも読めるようになっているかも知れないわ。いつか試してみたいわね。
 もちろん、指先さえ自由に動けば文字も書けるはずよ。でもいまは……自分、不器用ですから。

 使用人が扉を開けると、そこにはやはりルークが立っていた。満面の笑みを浮かべているわ。いつもながらまぶしいわね。「翼が折れた漆黒の堕天使」の面影はもうゼロよ。それでもまだワンチャンス……あったらいいなぁ。

「イザベラ、今日はこの二冊の絵本を持ってきたんだ。どっちの絵本を読んで欲しいかな?」
 
 ルークは私の目の前に二冊の本を掲げた。いつもはすぐに私を膝に抱えた状態になるのだが、一体どういう風の吹き回しだろうか。もしかしてあれか? 正面から私の顔を見たい、とかいうそんな感じなのかな。まあいいや。
 
 片方は「初めて使う魔法」と書かれた本。表紙にはタイトルと著者名が入っているだけのシンプルなものになっており、中央に「一」の数字が書いてある。これはおそらく、この本が一巻であることを示しているのだろう。
 となれば、この先、二巻、三巻も登場することになるのかしら? うひひ。

 もう片方は白雪姫モドキの絵本だ。表紙には可愛らしいお姫様の絵と、動物たちの絵が描かれている。子供が好きそうな表紙だ。
 この世界にも似たような話があることに驚きだ。どうやら女神様は私が元いた世界を参考にしてこの世界を作ったみたいだった。そのため、他にも類似点は非常に多かった。
 
 いま一番興味があるのは魔法だ。早く使ってみたい。私は迷わず魔法の本を選んだ。
 そんな私の様子を見て、ルークはニヤリと笑った。
 やだ、何その感じ。まるで堕天使だわ。もしかして、私が何もしなくても闇の波動に目覚めちゃったのかしら!? ブラボー!

「やっぱりこっちの魔法の本を選んだね。イザベラは僕が言っていることを理解できるみたいだね。ひょっとして文字も読めるのかい?」

 ……謀ったなルーク! いつの間にそんな悪知恵を身につけたんだー! オーマイガッ!
 これはひょっとしなくてもまずいのではなかろうか。ここでごまかさなければ変な疑いがかけられてしまう。神童扱いされるのは非常に困る。私はお馬鹿なわがまま令嬢でいなければならんのだ。
 
 私はにへらと笑って首をかしげてごまかした。
 こうか~? こうがええんやろ~? 君の性癖は既に把握しているのだよ。分かっているのかルーク・ランドール!

「う?」

 コテン。それを見たルークから、ゆっくりと手が伸びてきた。顔がだらしなくゆがんでおり、口元がはわはわと波打っている。
 勝った! 私は思わずニヤリと笑った。
 
 でもこれはこれで、別の意味でまずいのではないだろうか?
 そのことに気がつき、急激にクールダウンした私。そんな若干引き気味の私を捕まえたルークは、頭とほほをなでまくってきた。ルークがこれ以上のシスコンにならないことを私は願った。
 でも……これはもうダメかも分からんね。


 ****


 一方そのころ――。
 天界で一人の人物が下界をのぞいていた。まるで少女のようなその姿は、見る人によってその姿を変えた。女神のようにも見えれば、悪魔のようにも見える。バケモノにも、小動物にもその姿を自由に変化させることができた。

 彼女がのぞいていたのは、下界を映すことができる大きな湖。水面は波一つなく穏やかであり、静に下界を映し出していた。

「一体どういうことなのよ!」

 辺りに大きな声が響いた。この場所には彼女しかいない。いくら大きな声を出しても誰からも文句を言われることはなかった。

「イザベラの母親は出産と同時に死ぬはずよ。なのに何で生きているの!? それにあんなに元気になって!」

 どうやら想定外のことが起こったらしい。それも、とんでもない事件が起こっているようである。それが、声の大きさからも分かった。
 
「あああ、何でイザベラとルークがイチャついているのよ。母を奪ったイザベラを逆恨みして険悪な関係になるはずでしょうが! 公爵は!? ああ、こっちは大丈夫そうね。イザベラへの溺愛っぷりは変わらないみたいだわ。このままイザベラに貢いで貢いで、貢ぎまくって公爵家の財政を破綻させてもらわなくっちゃいけないからね。大丈夫、まだ始まったばかり。まだ焦る時間ではないわ。それにしても、あの子は一体どういうつもりなのよ!」
 
 バシャン!
 少女は思わず、静かな水面を手で打った。
 瞬く間に水面に波紋が広がってゆく。しまった! と顔をしかめたがもう遅い。
 湖の水面はにわかにさざめき下界を映さなくなった。
 再び下界を映すまでにはしばらくの時間がかかることになるだろう。
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