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「お嬢様、どうして止めたんですか? 私ひとりでも絶対に勝てたのに」
「そうですよ。筆頭執事をコテンパンにぎったんぎったんにしてやれば、周囲の視線も変わって来るのに」
「わたくしを思って、行動してくれてありがとう。でも、あのね……。わたくしはここに、恐怖政治を強いるために来たわけじゃないの。出来れば、辺境伯爵様だけでなく、ここに住む人たちと仲良くしたかったの。一生ここに住むんだから、歓迎されたかったんだから。ふたりとも、散々言っていたんだから知ってるでしょ? でも、あれほど嫌われていたら、もう無理でしょうねぇ……」
呪われた彼に嫁ぎたいという女性はいないだろうし、お金や名誉のためとはいえ、異形と結婚させるような貴族もいなかったはずだ。娘を完全にコマとして扱う者ですら、彼に嫁ぐ事で自身も呪われたらたまったものではないと考えているくらいなのだから。ある事ない事、彼にかけられた呪いの噂のせいでひとりも婚約者すらいなかったから、わたくしがこうしてここに来る事が出来たのである。
(あんなに嫌われているのを目の当たりにすると、結構キツイわね……。失礼すぎる対応だったけれど、ここの人たちの本心が来て早々分かった事は、良かったのかもしれないわ)
ちょっとどころか、もう家が懐かしい。本気でもう帰っちゃおうかなと考えて首を振る。王都に戻っても、どうせまたいいようにこき使われるだけだし、名目上とはいえ、辺境伯の妻となったわたくしは好奇と嫌悪の視線にさらされるだろう。父と兄にとっても、それは喜ばしくない。
王都の家でこもりきりになるくらいなら、広大な(荒地だけど)大自然があるここで自由気ままに過ごしたほうがよっぽど楽しく過ごせるだろう。
「お嬢様……、婚姻はなんとか果たせそうですが、もう一つの契約が……このままでは、辺境伯の後継者を産む事など夢のまた夢では?」
「いっそ、子種だけ貰うために、俺が忍び込むなりなんなりしましょうか? ついでに、ここの弱みも探してきますよ?」
そう言えば、ばたばたしていたから、ふたりにはヤーリ王子にかけられた契約印について、くわしく説明していなかった。
「ふふふ、二人とも大丈夫よ。そもそも、今回の事は、辺境伯爵様がわたくしと結婚してくれなくても全く問題はなかったのだから」
わたくしが、にーっこりと満面の笑顔でそう言うと、一体どういう事かと二人は目を見合わせた。家で父たちと話した内容を彼らに伝えると、「じゃあなんでこんな所に来たんですか」と聞かれたけれど。
王都でも領民のために働くのは大歓迎だったから、忙しくても公務をこなしていた。けれど、周囲の貴族たちとのやり取りにいい加減うんざりしていたもの事実。
色んなしがらみから解き放たれて、もう一度うーんと背筋を伸ばした。
「あー、それにしてもたいくつ。いつまで待たせるのかしら」
「お嬢様、はしたないですよ」
「こうなったら早く誰にも邪魔されない場所に行って好きにしたいですよね! 俺の仕事も激減するから、やっと部屋にこもってあれこれできる!」
「ほんとよ。トーンカッソスも思う存分自分の趣味に没頭できるし、ウールスタだってこんな敵陣の中で無理に調整役をしなくていいのよ? ふふふ、わたくしだって、辺境伯夫人としての仕事もしなくていいなんて。こんな平和な日がくるなんて最高じゃない!」
辺境伯の異形になったというその姿は知らないけれど、実直で優しく、魔の森のスタンピードすら辺境の騎士団の先陣を切りものの見事に抑えたという英雄だ。
父からは、首から上だけ、ほんの少々見慣れた見目をしていないだけで、あれほど素晴らしい誠実な男はいないと散々聞かされていた。わたくしを、本当ならヤーリではなく、彼と婚約させたかったほどだという。
兄も、一度会った事があるらしい。その兄も、父と同じく彼を誉めていて快く送り出してくれた。
辺境伯は、魔力が乏しいらしい。だから、きっと鍛え上げられた逞しく美しい肉体を持つ方に違いない。妻として迎え入れられた後は、たとえ相思相愛にならなくとも、父が気に入る人とならきっとそこそこ幸福度の高い人生になるだろうとそう思っていたのがこの体たらく。
(とりあえず、離れて過ごすにしても情報を得ないとね!)
「うーん、ねぇ、トーンカッソス。ここでのわたくしの悪評を調べて来てくれない? あなた得意でしょ?」
「いいですよ。ちらっと見たところ、ここの女の人たちも魅力的だったし」
「そのうち、女性に刺されるかもしれませんね?」
「ウールスタさん、それはないですよ。俺だって恋人になったら一筋で大事にしてますし。いつも俺がフラれてるんですから」
「まあ、どんまい?」
「お嬢様まで! 今度こそ、理想のお嫁さんを探しますからね!」
「はいはい、どんまい」
「ウールスタさん、最初からフラれる前提でどんまいとか言わないでくださいよ!」
長い待ち時間が過ぎた頃、ようやくマシユムールが契約書を抱えて戻ってきたのであった。
「そうですよ。筆頭執事をコテンパンにぎったんぎったんにしてやれば、周囲の視線も変わって来るのに」
「わたくしを思って、行動してくれてありがとう。でも、あのね……。わたくしはここに、恐怖政治を強いるために来たわけじゃないの。出来れば、辺境伯爵様だけでなく、ここに住む人たちと仲良くしたかったの。一生ここに住むんだから、歓迎されたかったんだから。ふたりとも、散々言っていたんだから知ってるでしょ? でも、あれほど嫌われていたら、もう無理でしょうねぇ……」
呪われた彼に嫁ぎたいという女性はいないだろうし、お金や名誉のためとはいえ、異形と結婚させるような貴族もいなかったはずだ。娘を完全にコマとして扱う者ですら、彼に嫁ぐ事で自身も呪われたらたまったものではないと考えているくらいなのだから。ある事ない事、彼にかけられた呪いの噂のせいでひとりも婚約者すらいなかったから、わたくしがこうしてここに来る事が出来たのである。
(あんなに嫌われているのを目の当たりにすると、結構キツイわね……。失礼すぎる対応だったけれど、ここの人たちの本心が来て早々分かった事は、良かったのかもしれないわ)
ちょっとどころか、もう家が懐かしい。本気でもう帰っちゃおうかなと考えて首を振る。王都に戻っても、どうせまたいいようにこき使われるだけだし、名目上とはいえ、辺境伯の妻となったわたくしは好奇と嫌悪の視線にさらされるだろう。父と兄にとっても、それは喜ばしくない。
王都の家でこもりきりになるくらいなら、広大な(荒地だけど)大自然があるここで自由気ままに過ごしたほうがよっぽど楽しく過ごせるだろう。
「お嬢様……、婚姻はなんとか果たせそうですが、もう一つの契約が……このままでは、辺境伯の後継者を産む事など夢のまた夢では?」
「いっそ、子種だけ貰うために、俺が忍び込むなりなんなりしましょうか? ついでに、ここの弱みも探してきますよ?」
そう言えば、ばたばたしていたから、ふたりにはヤーリ王子にかけられた契約印について、くわしく説明していなかった。
「ふふふ、二人とも大丈夫よ。そもそも、今回の事は、辺境伯爵様がわたくしと結婚してくれなくても全く問題はなかったのだから」
わたくしが、にーっこりと満面の笑顔でそう言うと、一体どういう事かと二人は目を見合わせた。家で父たちと話した内容を彼らに伝えると、「じゃあなんでこんな所に来たんですか」と聞かれたけれど。
王都でも領民のために働くのは大歓迎だったから、忙しくても公務をこなしていた。けれど、周囲の貴族たちとのやり取りにいい加減うんざりしていたもの事実。
色んなしがらみから解き放たれて、もう一度うーんと背筋を伸ばした。
「あー、それにしてもたいくつ。いつまで待たせるのかしら」
「お嬢様、はしたないですよ」
「こうなったら早く誰にも邪魔されない場所に行って好きにしたいですよね! 俺の仕事も激減するから、やっと部屋にこもってあれこれできる!」
「ほんとよ。トーンカッソスも思う存分自分の趣味に没頭できるし、ウールスタだってこんな敵陣の中で無理に調整役をしなくていいのよ? ふふふ、わたくしだって、辺境伯夫人としての仕事もしなくていいなんて。こんな平和な日がくるなんて最高じゃない!」
辺境伯の異形になったというその姿は知らないけれど、実直で優しく、魔の森のスタンピードすら辺境の騎士団の先陣を切りものの見事に抑えたという英雄だ。
父からは、首から上だけ、ほんの少々見慣れた見目をしていないだけで、あれほど素晴らしい誠実な男はいないと散々聞かされていた。わたくしを、本当ならヤーリではなく、彼と婚約させたかったほどだという。
兄も、一度会った事があるらしい。その兄も、父と同じく彼を誉めていて快く送り出してくれた。
辺境伯は、魔力が乏しいらしい。だから、きっと鍛え上げられた逞しく美しい肉体を持つ方に違いない。妻として迎え入れられた後は、たとえ相思相愛にならなくとも、父が気に入る人とならきっとそこそこ幸福度の高い人生になるだろうとそう思っていたのがこの体たらく。
(とりあえず、離れて過ごすにしても情報を得ないとね!)
「うーん、ねぇ、トーンカッソス。ここでのわたくしの悪評を調べて来てくれない? あなた得意でしょ?」
「いいですよ。ちらっと見たところ、ここの女の人たちも魅力的だったし」
「そのうち、女性に刺されるかもしれませんね?」
「ウールスタさん、それはないですよ。俺だって恋人になったら一筋で大事にしてますし。いつも俺がフラれてるんですから」
「まあ、どんまい?」
「お嬢様まで! 今度こそ、理想のお嫁さんを探しますからね!」
「はいはい、どんまい」
「ウールスタさん、最初からフラれる前提でどんまいとか言わないでくださいよ!」
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