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動揺の辺境伯
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皆が僕を慕ってくれているとはいえ、僕の姿は変わる事はない。人と会う事も、話す事すら辛い時が多くなった。誰も悪くないというのに、普通の人間の彼らを妬んでしまい、いつしか、執務室と自室を往復する日常を繰り返していた。魔の森に行き、魔物を討伐する時くらいしか外には出た事はなかったのである。
ここ辺境は、常に魔物の脅威にさらされている。昔から、危険な田舎だからここに嫁ぎたい女性などほとんどいなかった。
それでも、昔の僕の姿なら、王都であのまま暮らし出会った女性と愛を育んで、ついて来てくれる人もいただろう。だが、この姿になってからご令嬢は、姿を露わにしないように帽子を被っていいても、僕を見て青ざめるか、悲鳴をあげるか、もしくはその両方で、時には失神された。
噂が噂を呼び、いつしか僕は魔物よりも悍ましい呪われた異形として恐れられ、多額の借金を持つ家ですらお金目当てに僕の所に娘を嫁がせようとする者はいなかった。
領地の人々も、僕を尊敬してくれてはいても、やはりバケモノの妻には誰も名乗りをあげる事はない。
いっそ、平民でもと伯父上は思っていたみたいだけれど、無理やりだとか嫌々妻に差し出されるような、誰も喜ばない結婚生活を送るなんて考えられなかった。
僕だって、僕を嫌いな女性には近づく事すら出来ないし、何よりもその人が憐れだったから。だから、まともな結婚なんて、人生すらまともではない僕には無縁の事だと思っていた。
自分を好いてくれる女性なんて、この世にいない。
そう、誰よりも僕自身がわかっていた。わかっていたのに、僕に妻が出来ると聞かされた時は心が躍った。
彼女が王家の命で僕の妻になる経緯はどうであれ、決まった時に贈られた絵姿を毎日見ては胸を熱くドキドキさせる日々。私室では勿論の事、執務室にも持って入り仕事をした。
(本当に可愛いなあ……。こんなにも可愛い子が、本当に僕の? 夢じゃないよな。王子に不敬をして婚約破棄された罪人だっていうけれど、そんなのどうでもいい。これから、僕と一緒に暮らしてくれる女の子が出来るんだ)
可愛らしい令嬢がここに来てくれると知らせを聞いてから、少なからず期待をしていた。
罪状は、王子が浮気したのだから、そりゃあ、彼女だっていい気はしなかっただろう。悪評も届いていたが、誰かがバヨータージユ公爵を疎んで好き勝手に広めた悪い噂話かもしれないと思った。
バヨータージユ公爵は娘を溺愛していたのだから、その気になれば国外に逃亡できるだろう。なのに、こんな自分の所に来てくれるのだから、本当は心優しい子なのだと。
ひょっとしたら、頭巾越しなら、側にいてくれるんじゃないか。お互いの事を知った上で、いつか、本当の夫婦になれたら、なんて、周囲の幸せな家族の姿を、僕と彼女と産まれてくる可愛い子どもになぞらえては、頭巾で隠れた口元がニヤついた。
僕の浮ついた気持ちは、周囲にだだもれだったようで、皆は我が事のように喜んでくれた。
ただ、元々流れていた彼女の悪い噂が、調査したマシユムールの報告を受けて真実だとわかると、誰しも複雑な表情をしていた。
それでも、僕の妻を迎えるからにはしっかり準備をすると張り切っているシュメージュや、一部の侍女たちの手によって、本邸の自分の隣にある部屋で住めるように準備していた。
予定よりも早く領地に彼女はやってきた。
突然すぎる来訪に、心構えが全く出来ていなかった僕は、執務室でそれを聞いた時、もしも彼女に王都で散々経験したように、嫌悪の表情を浮かべられたり怖がられたらと動揺した。
「ぼ、僕は会えない……」
「旦那様……。ですが、王都からここまで折角来てくださったのですから、慣例通りに奥様を迎えに行って差し上げないと……」
シュメージュが、尻込みする僕を説得しようと声をかけてきた。
彼女に会いたいのに、どうしても会う事ができない。会いたくないって思うのに、やっぱり会いたくて、僕はどうにかなりそうになった。
「嫌だ……、僕は、……行きたくない!」
「主様のお気持ちは、私がよく知っています。お任せを」
そうだ、僕には小さな頃から一緒にいて、誰よりも僕の事を理解してくれているマシユムールがいる。
この時、僕は、やってきた妻の事で、色んな気持ちが入り乱れすぎていて冷静な判断が出来ていなかった。
けれど、僕の代わりに、彼女を歓待してくれるというマシユムールの言葉が、混乱している心に一筋の光をもたらした啓示のように思えて任せたのである。
(ああ、マシユムールに任せて上手くいかなかった事などない。きっと大丈夫だ。彼女は僕と会って話をしたいと言ってくれるだろうか。僕をどう思っているのか、早く、早くマシユムールの報告が聞きたい)
自分では会う勇気すらない臆病者のくせに、彼女の良い言葉だけを聞きたいと、マシユムールが帰って来るのを、今か今かと待ちわびる。心のどこかで、「絶対に会いたくない」という彼女の言葉は聞きたくないと、そのほんのわずかな気持ちを、不安が嘲笑うかのようにひと塗りで変えた。
魔の森で、巨大なフレースヴェルグと単騎で向かい合っているほうがマシだと思えるほど、たったひとりの女の子の事で心が入り乱れ息もうまく出来ない。
「旦那様、今更なのですが……。奥様にいい感情を持っていないマシユムールが行くより、私の方が良かったのではありませんか? 彼は旦那様の事となると、なんと言いましょうか、直情的で短絡思考になりがちですし……」
僕はこの時、シュメージュの言葉を受け止めるだけの余力がなかった。一秒ごとに、僕の胸からドクドクと嫌な血潮が流れ出す。
そして、僕の愚か身の程知らずにも抱いた小さな期待は、マシユムールの報告で砕け散った。
「一緒に来たあの男は情人に違いありません」
彼女は僕の妻になる気はこれっぽっちもなく、愛する男とここに来たというその事だけが、僕の心に大きな剣となり突き刺さったまま取れなくなったのである。
ここ辺境は、常に魔物の脅威にさらされている。昔から、危険な田舎だからここに嫁ぎたい女性などほとんどいなかった。
それでも、昔の僕の姿なら、王都であのまま暮らし出会った女性と愛を育んで、ついて来てくれる人もいただろう。だが、この姿になってからご令嬢は、姿を露わにしないように帽子を被っていいても、僕を見て青ざめるか、悲鳴をあげるか、もしくはその両方で、時には失神された。
噂が噂を呼び、いつしか僕は魔物よりも悍ましい呪われた異形として恐れられ、多額の借金を持つ家ですらお金目当てに僕の所に娘を嫁がせようとする者はいなかった。
領地の人々も、僕を尊敬してくれてはいても、やはりバケモノの妻には誰も名乗りをあげる事はない。
いっそ、平民でもと伯父上は思っていたみたいだけれど、無理やりだとか嫌々妻に差し出されるような、誰も喜ばない結婚生活を送るなんて考えられなかった。
僕だって、僕を嫌いな女性には近づく事すら出来ないし、何よりもその人が憐れだったから。だから、まともな結婚なんて、人生すらまともではない僕には無縁の事だと思っていた。
自分を好いてくれる女性なんて、この世にいない。
そう、誰よりも僕自身がわかっていた。わかっていたのに、僕に妻が出来ると聞かされた時は心が躍った。
彼女が王家の命で僕の妻になる経緯はどうであれ、決まった時に贈られた絵姿を毎日見ては胸を熱くドキドキさせる日々。私室では勿論の事、執務室にも持って入り仕事をした。
(本当に可愛いなあ……。こんなにも可愛い子が、本当に僕の? 夢じゃないよな。王子に不敬をして婚約破棄された罪人だっていうけれど、そんなのどうでもいい。これから、僕と一緒に暮らしてくれる女の子が出来るんだ)
可愛らしい令嬢がここに来てくれると知らせを聞いてから、少なからず期待をしていた。
罪状は、王子が浮気したのだから、そりゃあ、彼女だっていい気はしなかっただろう。悪評も届いていたが、誰かがバヨータージユ公爵を疎んで好き勝手に広めた悪い噂話かもしれないと思った。
バヨータージユ公爵は娘を溺愛していたのだから、その気になれば国外に逃亡できるだろう。なのに、こんな自分の所に来てくれるのだから、本当は心優しい子なのだと。
ひょっとしたら、頭巾越しなら、側にいてくれるんじゃないか。お互いの事を知った上で、いつか、本当の夫婦になれたら、なんて、周囲の幸せな家族の姿を、僕と彼女と産まれてくる可愛い子どもになぞらえては、頭巾で隠れた口元がニヤついた。
僕の浮ついた気持ちは、周囲にだだもれだったようで、皆は我が事のように喜んでくれた。
ただ、元々流れていた彼女の悪い噂が、調査したマシユムールの報告を受けて真実だとわかると、誰しも複雑な表情をしていた。
それでも、僕の妻を迎えるからにはしっかり準備をすると張り切っているシュメージュや、一部の侍女たちの手によって、本邸の自分の隣にある部屋で住めるように準備していた。
予定よりも早く領地に彼女はやってきた。
突然すぎる来訪に、心構えが全く出来ていなかった僕は、執務室でそれを聞いた時、もしも彼女に王都で散々経験したように、嫌悪の表情を浮かべられたり怖がられたらと動揺した。
「ぼ、僕は会えない……」
「旦那様……。ですが、王都からここまで折角来てくださったのですから、慣例通りに奥様を迎えに行って差し上げないと……」
シュメージュが、尻込みする僕を説得しようと声をかけてきた。
彼女に会いたいのに、どうしても会う事ができない。会いたくないって思うのに、やっぱり会いたくて、僕はどうにかなりそうになった。
「嫌だ……、僕は、……行きたくない!」
「主様のお気持ちは、私がよく知っています。お任せを」
そうだ、僕には小さな頃から一緒にいて、誰よりも僕の事を理解してくれているマシユムールがいる。
この時、僕は、やってきた妻の事で、色んな気持ちが入り乱れすぎていて冷静な判断が出来ていなかった。
けれど、僕の代わりに、彼女を歓待してくれるというマシユムールの言葉が、混乱している心に一筋の光をもたらした啓示のように思えて任せたのである。
(ああ、マシユムールに任せて上手くいかなかった事などない。きっと大丈夫だ。彼女は僕と会って話をしたいと言ってくれるだろうか。僕をどう思っているのか、早く、早くマシユムールの報告が聞きたい)
自分では会う勇気すらない臆病者のくせに、彼女の良い言葉だけを聞きたいと、マシユムールが帰って来るのを、今か今かと待ちわびる。心のどこかで、「絶対に会いたくない」という彼女の言葉は聞きたくないと、そのほんのわずかな気持ちを、不安が嘲笑うかのようにひと塗りで変えた。
魔の森で、巨大なフレースヴェルグと単騎で向かい合っているほうがマシだと思えるほど、たったひとりの女の子の事で心が入り乱れ息もうまく出来ない。
「旦那様、今更なのですが……。奥様にいい感情を持っていないマシユムールが行くより、私の方が良かったのではありませんか? 彼は旦那様の事となると、なんと言いましょうか、直情的で短絡思考になりがちですし……」
僕はこの時、シュメージュの言葉を受け止めるだけの余力がなかった。一秒ごとに、僕の胸からドクドクと嫌な血潮が流れ出す。
そして、僕の愚か身の程知らずにも抱いた小さな期待は、マシユムールの報告で砕け散った。
「一緒に来たあの男は情人に違いありません」
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