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初恋は甘く、手が届かない?
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「イヴォンヌ様! 一体どういう事ですの?」
翌日、朝食を寮で食べているとミレーヌとリリアーヌが血相を変えて駆け寄って来た。
「おはようございます」
「「おはようございます! って、挨拶どころじゃございませんのよ?」」
二人の息はぴったりで、こんな風に慌てふためく様子が珍しくてイヴォンヌは目を丸くした。
「ど、どうかなさいましたの?」
「どうかしたのはイヴォンヌ様でしょう? な、なな、なぜ、あの男との噂が流れているのですか!」
「ようやくイヴォンヌ様にもと安心したと思えば、よりにもよってあの人だなんてぇ!」
「ちょ、ちょっとお待ちになって? 一体どういう事なんです? あの人ってどなたなのですか?」
「「いつの間に、サヴァイヴ様なんかとご婚約をされたっていうんですかああああ!」」
二人の叫びは、同じ部屋にいる令嬢たちにも聞こえ、ざわついていた食堂がぴたっと静まり返った。数瞬の後、より一層のざわめきと黄色いというよりは、本気の悲鳴まで聞こえる。
「やっぱり、昨日の噂は本当だったのかしら。いやああ! 憧れのイヴォンヌ様があんな……!」
「いくらなんでも違いますわよ! わたくしたちのイヴォンヌ様があんな……!」
「でも、他らならぬミレーヌ様とリリアーヌ様が仰って……。嘘……、嘘に決まっています! イヴォンヌ様があんな……!」
──ええ? ヴァイスと婚約? 何のこと? それにしても相変わらず嫌われて恐れられているわね。いい気味だわってそんな事思っている場合じゃないわ!
イヴォンヌは、心の中で普段は絶対思わないような他者を貶める感情を抱いた。ずっと自分を傷つけ、最近ではイラだたせ続ける相手に対して誠意を持つ理由はないとばかりに悪態をつく。
「イ、イヴォンヌ様が、昨日、サヴァイヴ様に颯爽と抱きかかえられ、そのままお二人で一室にこもられたとか……」
「サヴァイヴ様が時折、愛おしそうにイヴォンヌ様を見つめて、く、くく、唇を落としたとか」
「「なんで、よりにもよって、あんな恐ろしい人なんかと!」」
「は? え? ええええ?」
誰よりも驚愕し悲鳴を上げたのは、噂の中心人物の一人であるイヴォンヌその人だった。いつも冷静で声を荒げたり感情を波立たせる事がない淑女の見本中の見本である彼女の叫びに、友人たちはどうもおかしいと首を傾げる。
「あら? 単なる噂、ですの? でも、見たという生徒たちがいますのよ?」
「ええ。昨日の夕食はその話でもちきりで……。どういう事なのでしょう」
「……」
イヴォンヌはこのまま気絶したいほど衝撃を受けた。そう言えばそうだ。温室で気を失って自室までの道は生徒たちの目につく。
きっとかなりの脚色はされているだろうが、サヴァイヴが求婚をしている事はすでに知れ渡っており、そんな中、一向に相手を決めないイヴォンヌを抱いて歩いている姿なんて、恰好の噂の的だろう。
「わたくし、見ましたの……。あの、恐ろしいサヴァイヴ様が、嘘のように優しく微笑んでイヴォンヌ様を抱き上げて歩いていましたわ」
「わたくしも……。時々立ち止まり、その……。イヴォンヌ様に顔を近づけて……。その……、イヴォンヌ様も抵抗なさっておられませんでしたし、侍女のソフィアさんや侍従のクロヴィスさんも止めなかったのでてっきり……」
「そのまま寮の私室に入った後、サヴァイヴ様が夕刻のかなり遅い時間までイヴォンヌ様のお部屋にいらしていたみたいですし……」
あちらこちらから耳に聞こえてくる学生たちの声が耳にはいり眩暈がしそうだ。
──ああ、なんてこと……
彼に完全に嵌められたかもしれない。ああ見えて、彼は辺境で戦を繰り返し、この学園でもなんだかんだといって抜け目なく過ごしていた策略家でもあったではないか。おそらく、わざと保険医のいる学校内の部屋ではなくイヴォンヌの私室を選んだ時点で、すでにこうなる事を狙っていたに違いない。
「あの、み、皆様……。サヴァイヴ様は、足をくじいたわたくしを、ですね。その……」
頭と心が完全に混乱している。真っ白になり上手く言葉が出せない。
「足をくじいて……? でもさっき、普通に階段を降りて……」
──しまった……! そうだ。十分寝たし、夜中に軽食もすませたから普段よりも軽やかに歩いたんだったわ!
「あ、あの、あの……」
もうダメだ。誤魔化せないと目を閉じて俯いたその時、食堂に凛とした声が響き渡った。
「皆様、何の騒ぎです?」
カッサンドラが、この騒動の報告を受けて鎮めるためにここに来たようだ。未来の王子妃になる女性に対して、女子生徒たちは一斉に彼女に頭をさげた。
「イヴォンヌ様、おはようございます」
「カッサンドラ様、おはようございます。お騒がせして申し訳ございません」
因縁のある二人の対峙に周囲はごくりと唾を飲み込んだ。
「イヴォンヌ様、足を痛めているというのに、無理をして歩くのはよくはありませんわね。痛みが酷くなっていませんか? 治療を致しますから、少々わたくしに時間をくださらない?」
「カッサンドラ様、お気遣い感謝いたしますわ」
イヴォンヌは、心配そうに見つめる友人たちに微笑む。
「二人とも、心配してくださってありがとうございます。カッサンドラ様とは辺境にある領地と隣国の事で、時々ではありますが懇意にさせていただいておりますの」
「まあ、そうだったのですね。流石未来を担うお二方ですわ」
「カッサンドラ様、イヴォンヌ様、わたくしたちが騒いだせいで申し訳ございません……」
「ふふふ、ミレーヌ様にリリアーヌ様。イヴォンヌ様は素晴らしいご友人を得られたようですわね……。よろしければ、わたくしもその仲間に入れて頂けませんこと?」
「「勿体なきお言葉ですわ。是非とも喜んで」」
カッサンドラの登場ですっかり場の雰囲気が変わった。イヴォンヌはそっと立ち上がり、今更わざとらしいが少々足を引きずる演技をしながら彼女と二人食堂を出たのであった。
翌日、朝食を寮で食べているとミレーヌとリリアーヌが血相を変えて駆け寄って来た。
「おはようございます」
「「おはようございます! って、挨拶どころじゃございませんのよ?」」
二人の息はぴったりで、こんな風に慌てふためく様子が珍しくてイヴォンヌは目を丸くした。
「ど、どうかなさいましたの?」
「どうかしたのはイヴォンヌ様でしょう? な、なな、なぜ、あの男との噂が流れているのですか!」
「ようやくイヴォンヌ様にもと安心したと思えば、よりにもよってあの人だなんてぇ!」
「ちょ、ちょっとお待ちになって? 一体どういう事なんです? あの人ってどなたなのですか?」
「「いつの間に、サヴァイヴ様なんかとご婚約をされたっていうんですかああああ!」」
二人の叫びは、同じ部屋にいる令嬢たちにも聞こえ、ざわついていた食堂がぴたっと静まり返った。数瞬の後、より一層のざわめきと黄色いというよりは、本気の悲鳴まで聞こえる。
「やっぱり、昨日の噂は本当だったのかしら。いやああ! 憧れのイヴォンヌ様があんな……!」
「いくらなんでも違いますわよ! わたくしたちのイヴォンヌ様があんな……!」
「でも、他らならぬミレーヌ様とリリアーヌ様が仰って……。嘘……、嘘に決まっています! イヴォンヌ様があんな……!」
──ええ? ヴァイスと婚約? 何のこと? それにしても相変わらず嫌われて恐れられているわね。いい気味だわってそんな事思っている場合じゃないわ!
イヴォンヌは、心の中で普段は絶対思わないような他者を貶める感情を抱いた。ずっと自分を傷つけ、最近ではイラだたせ続ける相手に対して誠意を持つ理由はないとばかりに悪態をつく。
「イ、イヴォンヌ様が、昨日、サヴァイヴ様に颯爽と抱きかかえられ、そのままお二人で一室にこもられたとか……」
「サヴァイヴ様が時折、愛おしそうにイヴォンヌ様を見つめて、く、くく、唇を落としたとか」
「「なんで、よりにもよって、あんな恐ろしい人なんかと!」」
「は? え? ええええ?」
誰よりも驚愕し悲鳴を上げたのは、噂の中心人物の一人であるイヴォンヌその人だった。いつも冷静で声を荒げたり感情を波立たせる事がない淑女の見本中の見本である彼女の叫びに、友人たちはどうもおかしいと首を傾げる。
「あら? 単なる噂、ですの? でも、見たという生徒たちがいますのよ?」
「ええ。昨日の夕食はその話でもちきりで……。どういう事なのでしょう」
「……」
イヴォンヌはこのまま気絶したいほど衝撃を受けた。そう言えばそうだ。温室で気を失って自室までの道は生徒たちの目につく。
きっとかなりの脚色はされているだろうが、サヴァイヴが求婚をしている事はすでに知れ渡っており、そんな中、一向に相手を決めないイヴォンヌを抱いて歩いている姿なんて、恰好の噂の的だろう。
「わたくし、見ましたの……。あの、恐ろしいサヴァイヴ様が、嘘のように優しく微笑んでイヴォンヌ様を抱き上げて歩いていましたわ」
「わたくしも……。時々立ち止まり、その……。イヴォンヌ様に顔を近づけて……。その……、イヴォンヌ様も抵抗なさっておられませんでしたし、侍女のソフィアさんや侍従のクロヴィスさんも止めなかったのでてっきり……」
「そのまま寮の私室に入った後、サヴァイヴ様が夕刻のかなり遅い時間までイヴォンヌ様のお部屋にいらしていたみたいですし……」
あちらこちらから耳に聞こえてくる学生たちの声が耳にはいり眩暈がしそうだ。
──ああ、なんてこと……
彼に完全に嵌められたかもしれない。ああ見えて、彼は辺境で戦を繰り返し、この学園でもなんだかんだといって抜け目なく過ごしていた策略家でもあったではないか。おそらく、わざと保険医のいる学校内の部屋ではなくイヴォンヌの私室を選んだ時点で、すでにこうなる事を狙っていたに違いない。
「あの、み、皆様……。サヴァイヴ様は、足をくじいたわたくしを、ですね。その……」
頭と心が完全に混乱している。真っ白になり上手く言葉が出せない。
「足をくじいて……? でもさっき、普通に階段を降りて……」
──しまった……! そうだ。十分寝たし、夜中に軽食もすませたから普段よりも軽やかに歩いたんだったわ!
「あ、あの、あの……」
もうダメだ。誤魔化せないと目を閉じて俯いたその時、食堂に凛とした声が響き渡った。
「皆様、何の騒ぎです?」
カッサンドラが、この騒動の報告を受けて鎮めるためにここに来たようだ。未来の王子妃になる女性に対して、女子生徒たちは一斉に彼女に頭をさげた。
「イヴォンヌ様、おはようございます」
「カッサンドラ様、おはようございます。お騒がせして申し訳ございません」
因縁のある二人の対峙に周囲はごくりと唾を飲み込んだ。
「イヴォンヌ様、足を痛めているというのに、無理をして歩くのはよくはありませんわね。痛みが酷くなっていませんか? 治療を致しますから、少々わたくしに時間をくださらない?」
「カッサンドラ様、お気遣い感謝いたしますわ」
イヴォンヌは、心配そうに見つめる友人たちに微笑む。
「二人とも、心配してくださってありがとうございます。カッサンドラ様とは辺境にある領地と隣国の事で、時々ではありますが懇意にさせていただいておりますの」
「まあ、そうだったのですね。流石未来を担うお二方ですわ」
「カッサンドラ様、イヴォンヌ様、わたくしたちが騒いだせいで申し訳ございません……」
「ふふふ、ミレーヌ様にリリアーヌ様。イヴォンヌ様は素晴らしいご友人を得られたようですわね……。よろしければ、わたくしもその仲間に入れて頂けませんこと?」
「「勿体なきお言葉ですわ。是非とも喜んで」」
カッサンドラの登場ですっかり場の雰囲気が変わった。イヴォンヌはそっと立ち上がり、今更わざとらしいが少々足を引きずる演技をしながら彼女と二人食堂を出たのであった。
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