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paiーパイ
「何? アリュスがここに来るだと? 絶縁したあいつが、ここに来るなど有り得ん! 馬鹿者、どうして今まで黙ってたんだ!」
「獣人国の高官からの申し出で断れなかったんです。申し訳ありません」
俺は、形だけは頭を下げる婿にイライラした。こいつを侯爵家の婿にするよう、この国の魔法省のトップから頼まれなければ、こんな7色の舌を持つ男など引き入れはしなかったのに。
そもそも、今偉そうに踏ん反り返っている男があの椅子に座れているのは、俺が妻の叔父を失脚させることに協力したからだ。だというのに、未だに俺のことを下僕かなにかのように馬鹿にしてこき使われている現状が腹立たしい。
いずれ、クアドリを追い出すつもりで、最初はあの悪魔の子の婚約者にした。爵位はどうとでもなる。いずれ、アレと一緒にオウトレスイリア国に放り出せば一石二鳥だと思っていた。
ところが、成長した愛する娘が、あの男と一緒になりたいと懇願してきた。
大切な一人娘をたぶらかした油断のならない男ではあるが、しっかりもののラドロウなら、みすみす侯爵家を乗っ取られはすまい。
苦渋の決断だったが、愛しい娘とクアドリの婚約を認めてやった。
アレをようやく後継者から外し、家から完全に追い出せた。とっくに路頭に迷って獣人どもに喰われているかと思いきや、のうのうと生きていたとは。しかも、こちらが無下にもできない高官や、俺を裏切った最初の妻の叔父まで連れてきただと?
なんという恥知らずで、どんな顔をしてここに来られるというのだ。その核パスタのようなたくましい精神に呆れる。
かつて心から愛したマインが産んだ、忌々しい白の悪魔。信じ切っていた彼女の裏切りの証。太陽のように輝くヘーゼルの瞳を見るたびに、裏切り者を思い出した。
※※※※
あの日、俺は裏庭にマインといた。使用人にも聞かれたくない大事な話があると呼び出されたのだ。ここは、彼女が魔法を駆使して大事に育てている草木や美しい花が咲き乱れている。
ほっと心が安らぐような風景の中で、俺はあいつから屈辱的な言葉を聞かされた。
『どこへ行くつもりだ』
『どこって、出ていけと言ったのはあなたでしょ? どこでも関係ないじゃない。あの子と一緒に出ていくわよ』
『アレは、書類上はこの家の跡取りだ。連れていくのは許さん』
『許すも、許さないも、連れて行くから。戸籍は、あとからなんとかなるし』
アレがこの家にいる限り、マインは出ていかないだろうと高を括っていた。俺を裏切り、他人の子を俺の子として育てようとする卑劣な女だ。だというのに、あの頃の俺は、なかなかあの女を憎み切れなかった。若気の至りというやつだったのだろう。離婚された女が生きていくには苦労が絶えない。それはあまりにも気の毒で、わずかに残った情が、この家に彼女を住むのを許していた。
『……あの男のところに行くのか?』
『あの男あの男って。ほんっとうに、しつこいわね。あなたのいう男なんて、この世のどこにもいないから。どの男性のことをあの男と言っているのかは知らないけれど、わたくしは、あなたを裏切ったことなど一度もないって言っているでしょう? それに、産まれたアイリスが白い髪だからって、馬鹿馬鹿しい迷信に踊らされて。あなたこそ、どうなのよ。あちらの家には、わたくしの元親友がいるじゃない。彼女に何を吹き込まれているのかはわからないけれど、いい加減、真実を認めたらどうなの?』
俺は、カーソの存在を知られていることに驚愕した。彼女は、俺が裏切られて傷ついているのを優しく包み込んでくれる女神のような女性だ。
目の前の、汚らしい裏切り者に、カーソを馬鹿にしたことに激怒した。
『わたくしを裏切ったのは、あなたのほう。あなたとカーソが、わたくしを裏切ったのよ。それなのに、よくもわたくしを浮気者だと言えるものね』
『……このっ! 男と女は違うだろう!』
『形成が悪くなると、すぐに大声をあげて暴力に訴える……それは、言葉で説明できない人がするものよ。こんな卑怯なことをするなんて、お義父様にそっくりね。あれほど、あの人のことを嫌がっていたのに、あの義父にしてこの子ありだわ』
『なんだとっ!』
カッとなり、思わず手が出た。だが、マインは即時に魔法で体を保護したので無傷だった。こんな女が、俺よりもはるかに魔法学に精通し、高度な魔法を操れるなど、世の中の理不尽を感じる。
怒りのせいで、頭に血が上る。視界まで真っ赤になってきた。すると、マインが俺に背を向けて歩き出したではないか。このまま行かせるわけにはいかない。
『待てと言っている!』
『え? きゃあああああっ!』
視界がゆがみ、マインの悲鳴が耳にこびりついた。怒りのあまり魔力が暴走してしまい、無意識に魔法を使っていたらしい。どんな魔法をかけたのかわからないが、気が付けば裏庭で俺一人が立ちすくんでいた。
『おい、どこに行った?』
俺が魔力暴走をしているうちに、あいつは家から出て行ったのだろう。
『ちっ、出て行ったか……。まあいい、悪魔の子の気配は家にある。アレさえいれば、この侯爵家は安泰だ』
いずれ、カーソが産む俺の本当の子に後継者は変更する予定だ。時間はかかるが、成人までになんとかなる。それまで、生かさず殺さず、アレのことは一切外部に漏れないようにしなければ。
俺は、裏切り者の存在を心から追い出し裏庭から出て行った。その時、ひときわ大きなユーカリの木が、風もないのに揺れた気がした。
paiーパイ:父
「獣人国の高官からの申し出で断れなかったんです。申し訳ありません」
俺は、形だけは頭を下げる婿にイライラした。こいつを侯爵家の婿にするよう、この国の魔法省のトップから頼まれなければ、こんな7色の舌を持つ男など引き入れはしなかったのに。
そもそも、今偉そうに踏ん反り返っている男があの椅子に座れているのは、俺が妻の叔父を失脚させることに協力したからだ。だというのに、未だに俺のことを下僕かなにかのように馬鹿にしてこき使われている現状が腹立たしい。
いずれ、クアドリを追い出すつもりで、最初はあの悪魔の子の婚約者にした。爵位はどうとでもなる。いずれ、アレと一緒にオウトレスイリア国に放り出せば一石二鳥だと思っていた。
ところが、成長した愛する娘が、あの男と一緒になりたいと懇願してきた。
大切な一人娘をたぶらかした油断のならない男ではあるが、しっかりもののラドロウなら、みすみす侯爵家を乗っ取られはすまい。
苦渋の決断だったが、愛しい娘とクアドリの婚約を認めてやった。
アレをようやく後継者から外し、家から完全に追い出せた。とっくに路頭に迷って獣人どもに喰われているかと思いきや、のうのうと生きていたとは。しかも、こちらが無下にもできない高官や、俺を裏切った最初の妻の叔父まで連れてきただと?
なんという恥知らずで、どんな顔をしてここに来られるというのだ。その核パスタのようなたくましい精神に呆れる。
かつて心から愛したマインが産んだ、忌々しい白の悪魔。信じ切っていた彼女の裏切りの証。太陽のように輝くヘーゼルの瞳を見るたびに、裏切り者を思い出した。
※※※※
あの日、俺は裏庭にマインといた。使用人にも聞かれたくない大事な話があると呼び出されたのだ。ここは、彼女が魔法を駆使して大事に育てている草木や美しい花が咲き乱れている。
ほっと心が安らぐような風景の中で、俺はあいつから屈辱的な言葉を聞かされた。
『どこへ行くつもりだ』
『どこって、出ていけと言ったのはあなたでしょ? どこでも関係ないじゃない。あの子と一緒に出ていくわよ』
『アレは、書類上はこの家の跡取りだ。連れていくのは許さん』
『許すも、許さないも、連れて行くから。戸籍は、あとからなんとかなるし』
アレがこの家にいる限り、マインは出ていかないだろうと高を括っていた。俺を裏切り、他人の子を俺の子として育てようとする卑劣な女だ。だというのに、あの頃の俺は、なかなかあの女を憎み切れなかった。若気の至りというやつだったのだろう。離婚された女が生きていくには苦労が絶えない。それはあまりにも気の毒で、わずかに残った情が、この家に彼女を住むのを許していた。
『……あの男のところに行くのか?』
『あの男あの男って。ほんっとうに、しつこいわね。あなたのいう男なんて、この世のどこにもいないから。どの男性のことをあの男と言っているのかは知らないけれど、わたくしは、あなたを裏切ったことなど一度もないって言っているでしょう? それに、産まれたアイリスが白い髪だからって、馬鹿馬鹿しい迷信に踊らされて。あなたこそ、どうなのよ。あちらの家には、わたくしの元親友がいるじゃない。彼女に何を吹き込まれているのかはわからないけれど、いい加減、真実を認めたらどうなの?』
俺は、カーソの存在を知られていることに驚愕した。彼女は、俺が裏切られて傷ついているのを優しく包み込んでくれる女神のような女性だ。
目の前の、汚らしい裏切り者に、カーソを馬鹿にしたことに激怒した。
『わたくしを裏切ったのは、あなたのほう。あなたとカーソが、わたくしを裏切ったのよ。それなのに、よくもわたくしを浮気者だと言えるものね』
『……このっ! 男と女は違うだろう!』
『形成が悪くなると、すぐに大声をあげて暴力に訴える……それは、言葉で説明できない人がするものよ。こんな卑怯なことをするなんて、お義父様にそっくりね。あれほど、あの人のことを嫌がっていたのに、あの義父にしてこの子ありだわ』
『なんだとっ!』
カッとなり、思わず手が出た。だが、マインは即時に魔法で体を保護したので無傷だった。こんな女が、俺よりもはるかに魔法学に精通し、高度な魔法を操れるなど、世の中の理不尽を感じる。
怒りのせいで、頭に血が上る。視界まで真っ赤になってきた。すると、マインが俺に背を向けて歩き出したではないか。このまま行かせるわけにはいかない。
『待てと言っている!』
『え? きゃあああああっ!』
視界がゆがみ、マインの悲鳴が耳にこびりついた。怒りのあまり魔力が暴走してしまい、無意識に魔法を使っていたらしい。どんな魔法をかけたのかわからないが、気が付けば裏庭で俺一人が立ちすくんでいた。
『おい、どこに行った?』
俺が魔力暴走をしているうちに、あいつは家から出て行ったのだろう。
『ちっ、出て行ったか……。まあいい、悪魔の子の気配は家にある。アレさえいれば、この侯爵家は安泰だ』
いずれ、カーソが産む俺の本当の子に後継者は変更する予定だ。時間はかかるが、成人までになんとかなる。それまで、生かさず殺さず、アレのことは一切外部に漏れないようにしなければ。
俺は、裏切り者の存在を心から追い出し裏庭から出て行った。その時、ひときわ大きなユーカリの木が、風もないのに揺れた気がした。
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