11 / 16
第一章 『少年の革新》
第一章10 『嗚咽の響く食卓』
しおりを挟む「ただいま――‼︎」
「「おかえり!」」
レイト先生とも家の前で別れ、俺は家に帰ってきていた。
コウがリビングに向かうと、既に二人は食卓に並んでいた。机の上には鍋が置いていて、近くに具材も置いてある。どうやら、今日の晩ご飯は『鍋』らしい。
豚肉をしゃぶしゃぶするアレだ。
……美味しそう!
「もうご飯の支度は出来てるから、なるべく早くよろしくねっ!」
母さんは茶色の目を輝かせながらコウを急かす。その姿は、まるで少女のようだった。
――『迷うな、少年』。
一瞬、コウの頭にレイト先生の言葉が思い浮かんだが、コウは頭を振り、明るく返事を返した。
「分かったよ。すぐ支度してくる――」
……そうだ、確か大事な話があるって言ってんだ。ある程度、心の準備をしておかないと。
コウは自分の部屋に入り、着替え始める。
耳を澄ませば、近くて遠い所から、明るい笑い声が聞こえてきて、コウの頬は自然と緩んでいた。
*
「――コウ、話なんだが……」
「うん。話って……何?」
コウたちが鍋を楽しんでいる時、話は父の方から切り出された。
「ああ、話なんだが、――よく考えて聞いてほしい」
「……うん」
真剣な表情をする父の姿に、コウは無意識に固唾を飲み込む。
「これは、主に俺と母さんの二人の決断なんだが――。 コウ、剣術学院に行く気はないか?」
……え? 俺が剣術学院に?
父さんの言葉は、コウにとってかなり衝撃的な言葉だった。
鍋のグツグツという音すらも、この一瞬だけは、何も聞こえなかった。
ただ、コウの口からは一文字の言葉が溢れでる。
「――――え?」
「コウ、お前はこの村の為にこの三ヶ月間良く頑張ってくれた。それはとても感謝してる。 だけど、お前をずっと、此処に閉じ込める訳にはいかないんだ」
父の言う、「閉じ込める」という言葉が引っかった。別にコウは閉じ込められているなどと思っていない。コウ自身の意思で、今此処にいる。
「コウ、分かるわ。コウもコウ自身の意思で動いている、確かに私もそう思うわ」
「――だけど、俺は剣術学院に行くべきだ、そう言いたいんでしょう?」
続けて言う母の言葉を切り、コウは反発の意を込めて言葉を返した。
……だってそうだろう?
……ただでさえ人手が足りないのに、若者の俺がいなくなったらどうすんだ?
――こんなもの、勝手なわがままに過ぎない。そう、コウは結論付けた。
――剣術学院。
それは、14歳以上になると入学出来る所である。
一般的な剣術学院は四年制で、そこに入学した者は、それぞれの学院のやり方で指導を受け、一人前の剣士へと育てられる。
そして、剣術学院の卒業後には、学院で学んだことを活かした職業に就く者が多く、剣術学院を卒業したということは、大きなアドバンテージとなる。
中でも、魅力的な職業として有名なのは『騎士』で、学院での功績などによっては、かなりの好待遇を受けるだろう。
騎士団長や副長のような偉い立場に上り詰める者の大抵は、有名な剣術学院の卒業生だ。
それくらい、剣術学院というものは人生において、大きな恩恵を与えてくれる所である。
ただし、一つの学院当たりの入学試験を受けれる回数は生涯で一回のみ。同じ学院に二度も受験することは叶わない。
多大な人気を誇る一方、入学する為には剣士としての実力が必要だ。
「ちなみに聞くけどさ、どこの学院がいいかとかは考えてるの?」
「ああ、勿論だ。お前には、王都一の剣術学院――アストレア剣術学院に通ってもらいたいと思っている」
「――はぁ⁉︎」
机に手をつき、バンという音を響かせながら俺は立ち上がる。
……おかしい。よりによって、アストレア剣術学院を選ぶなんて……。
アストレア剣術学院は、王国一と呼ばれる程の剣術学院なのだ。コウ自身も何度か憧れた所だが、いざ入学するとなると話は変わる。
「コウ、一旦落ち着いてくれ」
「だけど――!」
……二人はどうかしてる。俺がこの村から離れるように企てるのもそうだし、アストレア剣術学院に行かせようとすることだって――。
「――じゃあ、コウ。 実際、お前自身はどうしたいんだ?」
「俺、自身……?」
「あぁ、そうだ。他人に流されて出た答えではない――自分だけの答えだ」
「――――」
コウだけの答え。コウの思い。コウの進む道。
確かにコウは、《時の狭間》での修練によって強くなったのかもしれない。
だけど――、
だけど、本当の強さ――心の強さは、成長などしていなかったのだ。
手に入れた強さには溺れなかった。私利私欲の為には剣を振るってこなかった。
……でも、それが何だ‼︎ 結局、俺は変わってなどいなかった!決して強くなどなかった!!
思わずコウは歯を噛みしめた。そして拳を強く握り、己の不甲斐なさを思い知る。
それでも、コウだけの答えはそう簡単には出てこない。喉元にも差し掛かっていない。
――自分だけの、唯一無二のものを導き出すのには、まだ時間と経験が足りない。
それは、紛うことなき事実だった。
だから、それを知り、実感したコウは――今のコウが出す答えは……、
「――俺、挑戦してみるよ」
前に進もうとする、一つの勇気だった――。
「――村のみんなからは、身勝手だって思われるかもしれない。二人にも迷惑をかけてしまうかもしれない。村の一大事に何やってんだって自分でも思ってる。 ――それでも、俺は挑戦したい。諦めたくない。前を向いて進みたい。今のままの俺では駄目だ、そう思うんだ。 だから――」
胸が空っぽになるんじゃないかというくらいに、コウの想いが弾け出る。目尻には微かに涙が浮かんでいる。
……俺一人じゃ、まだ何も成し遂げられない。前に進めない。自信を持って生きれない。
「――だから、協力してくれないか」
それは、か細い声だった。今にも消えてしまいそうで、弱々しい声。絞り出すかのように出されたその声には、複雑に絡みあった感情が宿っている。
「……あぁ、勿論だ。俺は全力でコウに協力するよ」
「……私もよ」
二人はそれを、その声を――コウの願いを掴み取って、導いてくれた。
――剣術学院に進み、自分を見つける為の、そんな物語へと。
「あり、がとう……」
コウは涙を拭い、嗚咽を漏らした。
コウのしゃくり上げる声が、食卓に響く。
涙を必死に拭って顔を上げたコウの視界には、涙を流す両親の姿が、コウの涙越しに見える。
嬉しそうに、悲しそうに、両親は泣いていた。泣き声を上げることがないように、静かに泣いていた――。
0
あなたにおすすめの小説
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる