死という最高の終焉

masato

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死という最高の終焉

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三日後に死ぬ。

僕は昨日夢の中でそう宣告された。

誰かは分からなかったが、うっすらと外形だけはとらえられていた。

いや誰かというよりは寧ろ何かだ。夢の世界の出来事など現実とは全く関係ない。夢の世界と現実の世界は乖離的だという人が多数かもしれないし、どちらかというと僕もこっち側の人間だったが、この夢を見てからそうとも言い切れなくなった。

この夢を見た翌朝、僕の体そしてそれらから情報を受け取った脳は確信した。

間違いなく死期が近いと。

大半の人だったら、この状況に陥った途端恐怖に慄き正常ではいられなくなるだろう。

しかし僕の心情は違った。とてつもない幸福感に包まれ、まるで宙を浮いているのではと錯覚するほどの高揚感にも襲われた。精神が体の中にあるのではなく、自由に空中を飛び回っているような感覚だ。分かりにくい表現かもしれないが確かにそう感じたのだ。

今までにない幸福を味わった僕。

この産物はどのような経緯で僕の心へと供給されてきたのか、そんなことも一瞬気にはなったがもうどうでもいい。とりあえず今断定できる事、それは死期が近いということだ。

夢での出来事など信じていいのか正直分からないが、体は死の間近さを自分に訴えてきている、そして人生の残り時間は三日だという夢を見た。そのような出来事が重なったら誰でも点と点を線で結ぶのが必然だ。

この三日間という短いような将又長いような時間をどのように生きるのか。せめて最後くらいは自分らしい無理のしない生き方をしよう。



僕は影のような存在だ。時々在るのか無いのか、居るのか居ないのか分からなくなる。

周りにとっても自分にとっても。

どうやら僕はこの世界にとってあまり必要ないらしい。いや運命が僕に試練を与えてくれているのだろうか。後者ならば少し嬉しいがおそらく前者なのだろう。

物心ついた時から僕は人を全く信用できなかった。友達であろうと兄弟であろうと、たとえ親であろうとも。

今考えても人間は全く信用できない。その考えが逆に強まっているくらいだ。

多分この思想がどこか自分の態度に表れているのだろう。

生涯僕の人間関係は稀薄なものだった。もともと人から好かれないという特性も相まって。

逆に僕から言わせてもらうと、他人を心の底から信用することほど難しくそして辛く苦しいことはない。人間なんて自分の利益のためならすぐに裏切る、そんな生き物をどうやったら信用できるというんだ。信用して裏切られた時の苦しみはどう無くせというんだ。

考えると腹が立ってくるから、こんなどうでもいいことを考えるのはよそう。そんなことどうだっていい。今の僕には最早全く関係ない。死んだらすべてが無くなるんだ、苦しかったことも辛かったこともすべて。三日後にはこんな幸せな出来事が待っている。あぁなんて幸せなんだ。



こんなことを考えていたら、時刻が朝の十時を回っていた。

「とりあえず外に出よう」。

何も持たずに家を出た。もう戻るつもりは無い。

外は雲一つない快晴。仄かな菜の花の匂いがする。僕は家の近くの土手を歩くのが好きだった。唯一非日常へ逃げられる感覚がしたからだ。

お世話になったこの土手を人生最後の出発点とする。

土手に一歩足を踏み入れた。力強くでも無く、かといって全く脱力しているわけでも無い。とても心地のいい力の入れ方で、全神経の落ち着きを感じながら第一歩目を幸福の始発点へ踏み入れた。

何時にも増して大地の温かさ、匂い、風を敏感に感じる。まるで何か見えない偉大な力にやさしく包まれているような感じだ。この感覚を楽しみながら、昼間照りつける日の光と戦いつつ僕は歩みを止めずに進む。



現代の忙しない社会の中にいると、身近な幸せに気付かなくなる。近くの土手を歩くだけで、こんなにも幸せを感じるというのに。欲の少ない生活というのは本当に素晴らしい。真に幸せになれる感覚を摑めそうになる。しかし、それには全く届かないと自覚しているけれど。

それにしてもいい天気だ。今日は休日ということもあり、地域のサッカー、野球チームがグラウンドで練習に励んでいる。その活発さを目にするとなんだか生きる活力が自分に供給される感覚に陥る。

これから死ぬ人間には余計なお節介だよ。

それにしてもこの充実感は何なのだろう。人生の真っ只中に居た頃の、あの息苦しい何かに縛られている感覚は何だったのだろう。今考えても明確に何かは分からない。ただそれが僕を苦しめるとても大きな要因であったことは確かだ。

あの頃の僕は、そいつが齎す怒りを何処にぶつけていいのかも分からずただひたすらに苦しんでいた。唯一逃れられる手段は「死」しかなかった。しかし僕は死ぬ勇気もない臆病な人間のため、その手段を実行することはいつまでも出来なかった。

生きる意欲に満ちている人間には甚だ何を言っているのか分からないだろうし、この心情を否定し生きろ生きろと無責任な声援を送る者が大半だろう。その声援がさらに苦しさを増幅させているとも知らずに。

世の中は十人十色が認められない。協調性があり明るく素直な人になれと小さい頃から植え付けられ、それを達成できなかった者は世の中から見放される。

「常識」を持てと常識人を装った人たちは言うが、その「常識」が何であるかをその人たちは詳細に説明しない。おそらく彼らも「常識」とは何かを分かっていないのだろう。「常識」という言葉で自分の思い通りの人間に当てはめたいだけだ。

この世に正しい人なんていない。正しい生き方なんて誰にも分かるはずないのだから。

ただ頭では分かっていても、本当の自分を貫き通して生きるのは難しい。自分の正しさを貫き通すのは難しい。「常識」という悪魔が存在するから。



思考を巡らせて歩いていたら、周りの状況が全く掴めなくなっていた。もう日が沈んでいる。

一人の時間が多い人間は思考能力が向上する傾向にあると思う。これらの力は孤独に生きる人間に生きる希望を与えてくれる。生きる唯一の意味を与えてくれる。

万年一人で生きてきた僕にとってはとても重宝な力である。この力を使っていると時間の感覚がなくなる。生きていることさえも分からなくなる。この感覚に陥るのが僕はとても好きだった。

いったん休憩しよう。辺りは真っ暗だ。

土手の傾斜に腰かけた。

死後、僕の魂はどうなるのだろう。純粋な疑問が頭に浮かんだ。

天国、地獄の概念が本当に存在するなら僕は地獄よりなのだろうか。悪事は行っていないが悪心は常常持っていた。真っ暗な世界は好きだが時々僕を不安にさせる。

まぁいいか。楽観的に行こう。いや、行くしかない。

人生の評価が死後に下されるのなら今は知る術がない。どんな結果であろうともそれが自分だ。受け入れ受け止めるしかない。不安になっても仕方ない。今の自分を不安にさせた過去の自分が悪いのだ。生きる「不安」も今となっては「反省」に置き換わる。

この反省を吟味することしか今の自分にはできない。

時間はまだ十分にある。目を逸らさずに見てみよう。

人生の最中に居た時の自分の醜さを。



僕はとても残酷な生き物だ。無意味に他の生物を平気で殺す。ただ、これらの本能で生きている生物は、生きているのと死ぬのどちらが幸せなのだろうか。もしかすると僕が一瞬で殺してあげた方が幸せになれるのではないか。

そういう自分を慰めるような言い訳も思いついたが、言い訳をしたところで罪が消えるわけではない。卑怯な正当化はよそう。今は正直に語るべきだ。

僕は平気で嘘をつく。何の罪悪感も感じずに。

人を騙してもなんとも思わないし、まんまとひっかかるとざまぁみろとまで思う。

また、他人の不幸を見ると安心するし、嫉妬なんて日常茶飯事だった。

人とはこういう生物なのか将又自分が悪人なのか。

自分だけが悪人ならばまだましだが、人間すべてがこの特性を持ち合わせているのならば絶望的だ。

このような生物が日々協調しながら生きているのだから、苦しみが生じるのも必然、また死にたくなるのも必然なのではないか。

僕は他人の利益に貢献したくない。他人が喜ぶことをしたくない。なのに自分の喜ぶことは沢山してほしい。自分の利益にはどんどん貢献してくれと他人に思う。

僕は謙虚で優しい人を目指していた。しかしその理想像を自分でとことん裏切ってきた。

こんな僕が気楽に生きてよいのだろうか。幸せを感じてよいのだろうか。その葛藤がまた自分を苦しめる。



気がつくと、日の光が辺りを照らし始めていた。

なんだかとても体が軽い。

空腹感とは違う、まるで臓器が全て無くなったような。まるで血液がすべて抜き取られたような感覚だ。

しかし体の調子は決して悪くない。むしろ史上最高に良いくらいだ。

脳内で何かが分泌されている。

あらゆる苦しみを全て和らげてくれるような、あらゆる恐怖から僕を遠ざけてくれるような感覚に誘ってくれる物質が。

気づいたら地面に倒れていた。全く倒れたことに気づかなかった。体を強く打ち付けたみたいだが全く痛みを感じない。

だんだん心臓の拍動がおさまっていくのを感じる。意識が遠のいていく。

脳が溶けているという表現が正しいのか定かではないが、僕が表現するとしたらこうだ。そして溶けた脳の部分が幸せな物質へと変化し、僕の体の隅々まで供給される。

なんて幸せなんだ。

人生から逃れられる上にこんなに気持ちいい思いまでして。

何か代償があるのではないかと疑問に思ったが、もしかすると人生という苦しみを乗り越えたご褒美なのかもしれない。多分これが死ぬ直前の過程なのだろと本能的に理解できる。

死ぬのは明日のはずだと少々脳裏によぎったが、まぁ運命とはこんなものだ。いつも自分の思い通りにはいかない。いってくれない。



最後に、死ぬ直前の僕が今人生に苦しんでいる人に無責任な助言をしたい。人間、最後には何かかっこつけて言い残したくなるものなのだ。





「死」とは軽いものだ。

大半の人は死を重く悲しいものだという。死は望んではいけないことだという。

しかし僕は言いたい。

「死にたければ死んでいい、楽になっていいんだ」と。

他人の価値観なんてごみくずみたいなもの自分に何の関係もない。無視していい。

ただ、、明日、いや今すぐにでも死のうと思っている人に、死ぬ前に一つやってほしいことがある。死ぬことなんて何時でもできるのだからいいだろう。

まず身の回りの物を全て捨ててしまう。嫌なこと、苦しかったこと、今までの自分の価値観、嬉しかったこと、楽しかったこと、今持っているもの、未来に手に入れられるもの全て。

そして零になった自分でもう一度世界をよく見てみるといい。

あまりの滑稽さに笑えてくるかもしれないし、さらに絶望して死への願望が強まるかもしれない。ただそんなこともうどうだっていいじゃないか。死のうとしたんだから。いや、君はもうすでに死んだんだ。

死んだ君が、他人から、世間から、社会からどう見られようが関係ない。寧ろ、そんな自分を見てくれているだけで、感じてくれているだけで幸せなことだ。

だったらもう何にもとらわれず、死ぬまで好きなように生きればいい。寿命はいつか来る。心臓はいつか自然に拍動を止めるんだから。

途中でまた死にたくなったらその時は躊躇なく死ねばいい。

ただ、どうしようもない今の世の中に気を遣う君は優しく、そして賢い人間だ。

その君が幸せに死ねないのは、僕としては腹立たしい。

だったら本当の自分の思い、自分の生き方を貫き通して自分勝手に生きていいのだ。

何も気にしなくていい。

自分の幸せの感じ方、自分が経験したかった事、自分の考えのみを大切にして生きていいのだ。



そしたら、今よりも断然充実した「死」を味わえる。

最高の終焉になるだろう、、、。





もう身体がびくともしない。意識が朦朧としてきた。

脳は正常に機能していない。記憶がどんどん消去されているのがわかる。ただ、幸福感はずっと保たれたままだ。

この先どうなるのか。

十割の幸せと十割の好奇心を抱いて、僕は幸せな世界へと旅立った。



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