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ミエナイ・クサリ

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 ……あれ。
 僕は死んだ、はず。
 なんでまだ意識が残ってるんだろう?
 それに、ここは……。何にもない。

 これが死後の世界ってやつなのかな。

『おっ。来た来た』

 不思議な声が聞こえた。
 男性ともとれるし、女性ともとれる。若そうな声音だけど老人のようなしゃがれた声。
 ひどく曖昧な声の持ち主は後ろから僕に抱きついてきた。

『ようこそネバーランドへ!君をずっと待ってたよ』

 血の気が一気に引き、ハッと息をのんだ。
 その人?には顔が無かった。顔面にあるはずの鼻、それに目の窪み、耳さえもないのだ。
 フローリングのようにツルツルな球体が首に引っ付いているのだ。
 体も女性的な丸みはあるものの、男性的な力強さがある。
 全てが曖昧だ。

『君は神様というものを信じていないようだね。
 ん、これは失礼。私としたことが挨拶を忘れていた。
 私の名前はミカ。君の案内人だよ』

 僕が訝しんでいるのに気付いたのそう言った。
 僕も名前を言おうとするが、なぜか声が出せなかった。
 喉の途中で声がせき止められているようだ。

『ああ、君には発言権が下りていないんだ。
 それに大丈夫。
 君の考えていることは全部私に伝わっているから』

 考えていることが……?本当だろうか。

『ああ本当さ。あとタメ口?で構わないからね』

 なるほど、理解した。
 ほぼ拉致のようなこの状況で怪しいとは思うが、こんな不思議な所にいる以上考えても仕方ない。
 遠慮なくタメ口を使わせてもらう。
 君を待っていた、ということは僕のことを知っているの?

『もちろん!君のことは何でも知っているよ。
 なんで死んだのかも、君が何を後悔しているのかもね。
 なにせ、私は君たちの所でいう神様だからね』

 神様……。

『そ。神様。
 どうどう?凄いでしょ?』

 凄いかどうか良く……分からない。
 それじゃあ、これから僕は審判されるの?

『審判?ああ!審判。
 ……そうそう。審判審判』

 少し嘲笑が混じった言い方だった。
 審判の答えを僕は知っている。
 ──僕は、地獄行きだ。

『地獄、ねぇ。
 正直君が地獄行きか天国行きか、決めあぐねているんだ。
 君が地獄へ行きたいのならそれで良いだろとは言ったんだけどね?
 が聞かなくって……』

 そこで、と人差し指を上に向けた。

『君に一つチャンスを与えることにした』

 チャンス?

『そう。君は母、そして父に対して罪悪感を感じている。
 だから、君にはやり直しの機会を与えるんだ』

 やり直し……。どういうことなの?

『私の担当する……いや、君がこれから行くところで私の指示に従ってもらう。
 その対価として、君に過去を覗かせてあげる。
 人の持つ過去というモノは色褪せ、そして時期に消えるものだろ?』

 何が言いたいんだろう。

『君はまだ真実を見れていない。
 君自身が忘れ去った記憶をとり戻そう。審判はそれからだ』

 ミカは僕の目を見据えた。
 真実……忘れ去った記憶。

『そして、ミカのとっておきの~?アドバイス!ターイムっ!!!』

 ミカは僕にズイッと近づき、指を僕の胸に押し当てた。

『君は主人公の器ではないんだ。
 周りの人間を助けようと躍起になったところで救いなんてモノは存在しないと考えてくれ』

 んん?どういうこと?
 それに、一つ気になったことがある。
 それを聞いておきたい。

『それじゃあ転送の準備をちゃちゃっと』

 ねえ、ミカの目的って何なの?

『……』

 周りの人間を助けようとってことは、そんな状況に僕は身を置かれるってことだよね。

『……』

 僕に、何をさせようとしてるの?

『……はぁ。そうだよね。気になるよね。
 まあそれは向こうに行ってから教えるよ』

 答えてくれないのなら僕はいかない。

『どうしてかな?子供のワガママに付き合っている暇は正直無いんだ。
 それにその周りの人間よりも多くの人間が君の手によって救われる。
 それも君の人生の贖罪に成りえるんだよ』

 僕は、もう誰も不幸にしたくない。
 もう誰の心も殺したくない。

『……そうかいそうかい。また逃げるんだね。
 分かった。君をお望み通り地獄へ送ってあげるよ』

『ちょっと~!!ミカ!転生者いじめてるわね!』

『げぇ!?アル!?』

 翼の生えた猪が頭上から飛んできた。
 ミカは僕の後ろへ回り、僕を盾にする。

『いい加減にしなよ!皆イライラしてるんだから』

『私だって努力してるよ。
 でもこの子が目的を聞かせろって言って聞かないんだ』

 言い争う彼らの姿は摩訶不思議でこれが現実ではないことを再認識する。

『ねえあなた』

 アルという猪が僕を見上げる。

『目的が知りたいんでしょ?教えてあげる』

『ちょっと。まだそれは』

『うるさいな。ちょっと黙ってて』

 ミカは無い口をつぐんだ。
 アルの方が立場が上なのかな?

『あなたはこれからミレドアってところに転生するの』

 ミレドア……。
 国の名前だろうか。世界地理はよく分からないからどこの辺りなのかが分からない。

『その世界にはね』

 ん?待って……世界って?
 僕の問いにミカが変わりに答えた。

『平たく言えば異世界のことさ。
 ミレドアってのはその世界のしょう……名前のことさ』

 異世界……。
 本当にそんなのあるのか?
 目の前の猪を見ればあるかもと思えなくもないが未だに確信できない。
 これが僕の妄想である可能性が高いのも事実だからだ。

『そこは今、悪い奴に支配される可能性があるとされているんだ。
 そこで、君にはそいつを倒すための下準備をしてもらう』

 僕が倒すわけではないのか。

『できなくもないけど。あなたは主人公じゃない。
 止めておいた方が身のためね。
 そして、あなたが聞きたい人を助ける状況っていうのがこのこと』

『頭いい風にいうなよな。
 君はバカなんだから』

『……でぇい、うるさぁい!!』

『ぶふぅっ!!?』

 アルが、間に入ったミカの顎に頭突きをかました。
 その勢いのままアルは頭上で旋回した。
 落ちたり上がったり、とても雅とは言えない。
 アルは顎を擦りながら立ち上がるミカの頭の上に乗り、ニコリと笑いながら

『あなたは自分が両親を傷つけた悪い人間だって思っているんだよね。
 でも、誰だって人を傷つけるの。
 それは人間を人間たらしめることなの。
 あなたには私たちのお願いに応える中でそれに気づいてほしい』

『それが私たちの目的だ』

 それが事実だとして、どうして……どうして僕なんかにそこまで?
 僕より酷い目に遭っている人は他にもたくさんいるでしょ?
 ミカとアルは首を傾げた。

『それが君たちが私たちを神と呼ぶ理由だろ?
 なにも不思議じゃないと思うけど』

 ……。
 まだ半信半疑ではあるものの、なんとなく理解できた。
 たしかに、これは神様だな。

『お、ようやく笑ったね』

 僕は笑っていたらしい。
 たしかにここのところ笑えていなかったな。

『これで私たちのお願い。
 聞き入れてくれる?』

 ……分かった。あなたたちを信じてみる。

 そうと決まればとミカは大きく手を広げ、天を仰ぐ。
 そして大きな声で言葉を連ねた。

『我はミカ!ここに大いなる契約は結ばれた!
 彼は世界を破壊せんとする不届きな者どもを狩るための協力者である。
 ミカの名の下にアルトアからミレドアへ彼を向かわせる!!

 これに賛同する者は溢れるほどの祝福を!!
 彼の贖罪を認める者は彼に試練と刻印を!!

 繰り返す!
 我はミカ!天導てんどうのミカエル!
 この者に溢れんばかりの祝福。そして、試練と偉大なる刻印を!』
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