シャルルは死んだ

ふじの

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「いらっしゃいませー……って」
「お疲れ様」
「店まで来なくていいって言ってるのに。髪切るなら家でやるから!」
「ジルが元気に働いてるところが好きだから、見たくてね」

 にっこりと笑った僕の旦那様の表情に、自身の顔が熱くなるのを感じていた。旦那であるファビアン殿下は、後ろに立っていた女性を僕の方に紹介する様に立たせた。

「あと今日は、お客を連れてきた。私の母だ」
「こんにちは」
「え!あ!……え、こんにちは……お久しぶりです!」
「執事のジェロームから聞いたわ、なんでも白髪すら染められるんですって?もう何年も悩みで、染めて欲しくて今日は来たのよ」
「お、お任せください!」

 殿下のお母様……つまり王妃殿下!こんな至近距離でお会いした事が無かった僕は、しどろもどろになりながら散髪台の席に促した。そんな僕を見て、ファビアン殿下と王妃殿下はくすくすと笑った。



 僕がレガロの店を休業にし、王都にやってきてから半年が経った。この半年は目まぐるしくて、あまりにも色々な事があって……人生で一番忙しかったかもしれない。

 僕は四年ぶりに王都に足を踏み入れ、まずは自分の家族に会いに行った。皆怒るどころか泣いて喜んでくれて、生きていてくれて良かったと僕を抱き締めてくれた。おかげでわんわんともらい泣きをしたのは言うまでもない。いくら敗れた初恋に打ちのめされていたとしても、やっぱり家族にまでこんなに悲しませる事をするべきじゃなかった。馬鹿で無知な昔の自分に、再度辟易としてしまう。
 その後ファビアン殿下と一緒に、宮廷に向かった。国王陛下へ謝罪に行くためだ。
 そこで僕は突然家を飛び出し婚約披露を駄目にした事、迷惑を掛け王家に背いた事等、低頭平身でとにかく謝った。しかし最後に、こう言った。

「それでも、やっぱり僕はファビアン殿下の事をお慕いしています。どうか一緒になる事をお許しください」
「父上!元はと言えば私が悪いんだ。私がシャルルを軽んじていたせいで、彼を悩ませてしまっただけで……どうか私は王位継承権を捨てて構わないから、シャルルと共になる事を許して欲しい」
「殿下!」

 お互い自分が悪い、いや自分が悪いと言って譲らなかった。自分はどうなってもいいから相手の立場を確保して欲しいと延々とお互い言い続けていたら、国王陛下がバン!と持っていた扇子を叩いた。

「いい加減にせんかお前ら!惚気に来たのか!」
「まあまあ貴方落ち着いて。良いじゃないですか、お互いを思う若き恋って素敵で」
「うるさい!勝手にしろ」

 国王陛下は怒ったように足を鳴らして部屋を出て行ってしまった。唖然とする僕に、王妃殿下がホホホと笑った。
 かくして僕達は、国王陛下の「勝手にしろ」という言葉通り自由を手にしたのである。ファビアン殿下は幸いにも王位継承権剥奪とはならずに、今まで通り都市の整備に関わる仕事に就く事になった。殿下の言う通りあまり花形の仕事でも無く、国政の中心からは外れたままだ。しかし殿下は生き生きとされていた。

 僕の方はと言うと、形式上……書類上は『シャルル』になった。つまり、実家に戻ったのである。公爵家の子息、シャルル=クリスチアーノ・ラングロワが僕の正式な名前に逆戻りした。僕が殿下と夫婦として一緒になるためには、どうしてもそれが必要だったからだ。
 ただし、僕は貴族社会に戻る事は無かった。あくまで平民の『ジル』として今後も生きていくのだ。一度は王都から逃げ出した事にも変わりがないし、今更貴族の生活に戻る程僕はもう厚顔無恥では無い。
 僕は王都に住居を移し、理髪店も新たに王都で開店させた。地方都市レガロよりも王都は優れた理髪師が多い事もあり、最初は客入りもいまいちだった。しかしここでも僕の髪染めや多種多様な油、保湿剤を駆使したメニューで口コミでその評判が広がり、瞬く間に人気店へと躍り出た。そして更に幸いな事だが、レガロに残してきた僕の店は友人のアルノーが引き継ぐ事となった。彼は元々腕の立つ理髪師だし、当時から独立を考えているとも言っていた。それはちょうどいいとばかりに僕の店を譲り、髪染め液等の調合配分もきちんと伝授した。結果として向こうも繁盛しているらしい。お礼の手紙がアルノーと奥さんのコレットさんから届いたのが、つい先月の話になる。

 

「まあ、見て!ファビアン。髪が染まるだけでこんなにも若く見えるだなんて……!あなたが幼い頃の母の様でしょ」
「そうですね、母上の美しさに磨きがかかりました」
「嬉しいわ、ありがとうジル。さすが王都でもすっかり流行りの店主なだけあるわ」
「とんでもない!こちらこそ、ありがとうございます。次は店に来て頂かなくても、僕が宮廷に伺いますから」
「あら、いいのよ。私もファビアンと同じで、可愛いもう一人の息子が働いている所を見たいのよ」

 そう言われ、僕は恥ずかしくなって俯いた。王妃殿下は懐が深く、そしてとても愛情深い方だ。僕なんかを義理の息子と思って、可愛がって下さる。対する国王陛下は表面上僕には冷たいのだが、こうして野放しにして下さっているのが温情だろう。

 笑顔で代金を置いて帰って行った王妃殿下を見送り、ファビアン殿下と向き合う。

「今日も仕事終わりに迎えに来るよ」
「うん。ありがとう」
「明日から領地視察でしばらくジルに会えないかと思うと、寂しいよ」

 そう言ってファビアン殿下は、店の中にも関わらず僕をそっと抱き締めた。嬉しいやら恥ずかしいやらで硬直してしまうが、殿下の服を掴み「僕も」とだけ小さな声で言った。

 離れていた期間が長いからなのか、ファビアン殿下は僕への愛を周囲に隠さなくなった。おかげですっかり王都では第二王子のファビアンは元貴族の理髪師と恋仲だ、と噂が出回ってしまった。今では殿下と僕がこうして店内で抱き合っていても、他のお客さんは誰一人として驚かずに普通にしてくれている。
 最近ではやっと殿下の事をファビアンと呼び、敬語でなく話せるようにもなった。僕達は止まったままだった時間を取り戻すかの様に、夫婦として歩みを進めている。

 自分の店を持ち、夢を追い続けながら恋人まで傍に居てくれる事が叶った。名ばかり貴族なため殿下と正式に結婚披露の催し等をする事は無いが、それでもこうして何も諦めずに居られるなんて……夢のようだと思う。
 いや、夢じゃない。全ては殿下が何を捨ててでも僕を選ぼうとしてくれた事、優しい殿下のご両親や僕の家族のおかげだ。家を飛び出してしまった四年前の事は後悔していないが、それでも迷惑をかけてしまった僕をこんなに暖かく迎えてくれる人々に、これからは感謝して生きていきたい。

「じゃあ、また後程」
「うん。今日は家でゆっくりしよう」
「そうだな」

 夫は僕の額に優しくキスを落とすと、店を出て行った。

 僕は幸せな気持ちのまま、新たに入ってきたお客さんに笑いかけて「いらっしゃいませ!」と元気に声を掛けるのだった。
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