ぼくらのおわはじ

三澄 みそこ

文字の大きさ
2 / 35
卯月之章 其一 

001.桜祭りと巫女の闇

しおりを挟む
 柔和な闇に包まれる夜の神社に、しゃん、と澄んだ鈴の音が響いた。


 年に一度の桜祭りに相応しく、御神木の桜、命鼓手向みつづみたむけは満開だ。一般的なソメイヨシノのおよそ3倍はあろう高さを誇るこの巨桜は、国花の開花と春の訪れを祝う町を、悠々と見下ろしているかのようであった。

 参道を進んだ先の本殿では、巫女たちが鼓のリズムに合わせて舞を披露している。しかし、観客の数は決して多いとは言えない。というのも、今日はあくまでも前夜祭で、市民たちが楽しみにしているのは、屋台が出揃う明日の本命祭なのである。やはり観客がいないと張り合いがないのか、巫女たちの顔には僅かに虚無感が滲んでいる。…一人を除いて。

「あっ、こんなところにいた。おーい、ルーラ!」

 観衆の背に、突然大きな声がぶつけられた。

 玉砂利を踏み、小走りでこちらにやってきたのは、濃い灰色の短髪に褐色の肌をした、大きな体躯の青年である。その人懐っこそうな金色の双眸に捉えられているのは、観衆の最後列にぽつんと佇む、ひとつの背中だった。

 キャップを目深に被り、さらにその上に真っ黒なフードを被っているという、おめでたい祭りにはいささか不釣り合いな服装。格好だけ見るとまさに不審者だが、貧弱そうな細いシルエットは、いかにも中学生といった風貌だ。俯き、下から睨むように巫女舞を鑑賞していたその人物は、声に反応しゆっくりと振り返り、ほんの少しだけ顔をあげた。


 頭を動かした拍子に、黒いフードの下から羽化するように零れ落ちたのは、白銀色の前髪。顎にまでかかるそれは、まるで月光を織ったかのように細く、柔らかい。隙間から覗く大きく真っ赤な瞳は、さながらみずみずしい柘榴のよう。中性的な体つきに、透き通るような白い肌。神様の最高傑作と言わんばかりの、絶世の美少年がそこにいた。


 名をルーラというその美少年は、自身の元へ駆け寄ってきた青年の足元を無言で見つめる。


「サホのやつ、まだ来てないっぽい。探し回ったけど見つからねーわ」

「……」

「つかお前、巫女舞見てんの? 面白いのか、これ」

 頭を掻きながらそう聞いてきた青年を、ルーラは白い目で一瞥し、再び背を向けてしまった。そして、髪の毛をフードの中にしまい直すと、ぼそりと言う。

「…ラヴィン、静かにしろ。喋ってるの俺たちだけ」

「ああ、ごめん。じゃああっち行かね? こんな人混みの中にいたらアイツも見つけにくいだろ」

「人混みって言うほどでもないだろ」

「言うな言うな。で、俺は全然わかんねぇけど、ルーラこういうのが好きなのか」

「いや別に………ただ」

 ルーラの視線の先には、惰性で披露される巫女舞がある。しかし、彼が注視していたのは舞そのものではなく、その舞い手のうちの一人であった。

 手に持った神楽鈴の角度に、足先の描く弧、さらには視線の軌跡に至るまで、他の巫女とは決定的な差がある。どこを切り取っても、寸分の狂いなくたおやかで、かつ洗練されていると感じる美しさ。どこかやる気がない巫女たちのなかで一人、その女性だけが、濃い焦げ茶の髪を揺らし、真剣に舞に打ち込んでいた。

 そんな彼女を、ルーラはじっと見つめながら呟く。

「本気で何かを頑張れるって、と思うから」

「……? うん、そうだな」

 含みを持たせた称賛は、青年、ラヴィンには伝わらなかったらしい。伝える気もなかった。

 数少ない観客のほとんどは、こういった伝統を重んじる高齢者だ。若者が興味を示すことの方が稀だろう。ルーラとて、とある人物が来るまでの暇潰し、そして現実逃避のために眺めていただけである。


 そのとき、ぶわりと夜風が吠え、観衆たちが髪や帽子をおさえて俯いた。ルーラもフードが脱げそうになったので、同じように俯こうとする。しかし、ふと動きを止め、眉をひそめた。

 同じ振り付けで舞っているはずの巫女たちの中に、微妙に別の方向を向いている者がいると気が付いたのである。その巫女は、ゆるりと回旋するのに合わせ、それとなく足を伸ばし___


 次の瞬間ルーラは、先程注視していた女性の体が、前のめりになったのを目撃した。


「___あ」


 女性がその場にどさり、と倒れこんだ。落ちた神楽鈴が、ガシャンッと悲鳴をあげる。風が止み、顔をあげた観客たちがにわかにざわついた。

 舞は女性を置き去りにして進んでいく。本番中とはいえ、同僚が転んでしまったのにもかかわらず、他の巫女たちは手を差し伸べるどころか、瞥見することすらしない。実は本当に見えていないのではとすら思うほどの、徹底的な無視だった。亡き者にされた女性は、顔を伏せたまましばらく動けずにいた。

 ルーラの背後で、ラヴィンが小声で「あちゃ~」と呟く。

「あんなゆっくりした踊りでも、ミスるときはミスるんだな。いや、ゆっくりだからこそバランス取り続けるのがムズいのかな。って、どした? ルーラ」

「………何でもない」


 他の巫女が、女性の足を掛けたのだ、とは言わなかった。

 うっかり振り付けを間違えたのでもなさそうだった。いったい彼女の何が気に食わないのか、足を掛けた巫女は、うっすらとほくそ笑んでいるようにすら見えた。周囲も全く気にする様子がない。明らかな差別、冷遇である。

 しかし、そう考えたところで、ルーラは何をするわけでもなかった。彼女らには彼女らにしかわからない事情があるのかもしれない。第一、自分には関係のないことだ。これ以上思案を巡らすのは得策ではないだろうと、ルーラはキャップを被り直す。そして小さく息を吐き、本殿をあとにしようとした。


 しかし、それは叶わなかった。

 それまで微動だにしなかった女性が、突然ばっと顔をあげたのである。ルーラは、怒りに歪む切れ長な翡翠の瞳に射貫かれたような心地を覚え、その場から動けなくなった。女性は空を睨み、素早く神楽鈴を拾うと、そこから弾けるように立ち上がった。

 その勢いで、女性はもう片方の腕を振り上げる。天に掲げた手のひらが、一瞬眩い光を放ったと思うと、突然辺りが明るくなった。


 観客が一斉に「おおっ」とどよめく。神社を照らしたのは、なんと炎を纏った桜の花弁であった。上空から無数にひらひらと降り注いでくるその光景は、まるで自身が宇宙を揺蕩っているかのような錯覚を覚える。手が届く星は、触れるとほんのり暖かい。

 女性は、何事もなかったかのように再び舞い始めた。足を掛けた巫女は、悔しがっているのか、焦っているのか、降り注ぐ花弁に隠されその表情は十分にうかがえない。しかし、それでいいのだろう。醜いものは、美しいもので覆ってしまえば、それは最初から無かったのと同じことだ。無いものは、考えなくていい。

 起死回生からの粋な演出に、観客は彼女に惜しみ無い拍手を送った。窮地から一転して、女性はこの神社の誰よりも輝いていた。


 ルーラは呆然としながら、手のひらで花弁を掬い上げた。燃え盛る花弁は、数秒もすると跡形もなく焼け消えてしまう。灰も残らない。

 綺麗で、後片づけも必要ない。時として自分を助け、大勢の人を喜ばせる、どこを切り取っても美しい力。


 それを、この世界では“魔法”と呼ぶ。


 じわり、墨が滲んでいくように、ルーラの心に影が差す。

(あぁ、すごいな。本当にすごい)

 ルーラは無意識にわき腹をおさえた。

魔法使いにんげん様は強くて、どんな逆境にも立ち向かっていけるんだな。俺には、できない)


 ルーラは、花弁の消えた空を見上げた。黒く湿っぽい、厚い雲に覆われただけの、驚くほど何もない夜空だった。


「遅くなっちゃったぁ、待った?」


 背後から声が聞こえたのは、そのときである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...