ぼくらのおわはじ

三澄 みそこ

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序章

000.命日にして誕生日

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 頭上で美しく咲き誇る桜が、男の目には大層憎たらしく映ったので、彼はここを墓場に選んだ。果実のごとく死体が生れば、この能天気な春の花の王を少しは汚せるだろうと踏んで。


 胸を締め付けて止まないこの感情を、はたして何と表現したものか。しかし男の中にはたったひとつ、はっきりとした意志があった。


「魔法なんて、無ければ………」


 ぶわり、夜風が吠える。男の絞り出すような呟きと、様々な思いを孕んだ表情は、風の音と桜吹雪にかき消された。


 この世の人々は、この男の心情など知ったことではないといった顔で、また朝を迎える。人と話して、食べて、働いて、夜が来たら眠る。そしてまた朝が来る。当然にそれらを繰り返す。望まなくとも、特別何かを考えなくとも、勝手に光が射す。

 生きてさえいればいつか幸せになれる。そう言って彼らは笑うが、それは彼らにとって「生きること」が最低限、嫌でも満たされるからこその考え方だ。

 それに対し男は、誇張でも何でもなく毎日が命懸けだった。「今度こそ朝日を拝めないかもしれない」と、何度も本気で考えた。それでも今まで必死で食らいついてきた。努力し、思考を巡らせ、反省と改善を繰り返した。そこまでしてやっと光を見れた。


 努力して、努力して、努力して。

 努力して努力して努力して努力して努力して。

 しかし、それももう終わりだ。


 男はひょいと桜の枝に縄をかけた。根本のおあつらえ向きの岩に登り、首を通す。高台のここからは、町がよく見渡せた。夜の柔和な闇に包まれる町は平和そのもので、きっとこんな小汚ない初老の男が一人死んだところで何も変わらない。


 そう、変わらないのだ。変えられるはずなかった。

 もう疲れた。



 袴からのびる男の足はとうとう宙ぶらりんになって、やがて動かなくなった。



___________________________________________




 暫く経った頃、男はふいに縄をほどき、ざっと着陸した。そして、心底信じられないと言うように、目を見開いた。



『___彼が、来ない?』
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