ぼくらのおわはじ

三澄 みそこ

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卯月之章 其一 

013.愚行

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 ラヴィンの姿が視界から消え、ドサドサッと転がり落ちていく音がした。

「ラヴィン…!」

 届かないと分かっていながら咄嗟に腕を伸ばした。その腕を巫女が掴み、ゆっくりと、しかし反抗を許さまいとする力で下へと抑え込んだ。彼女はルーラの目を見て言う。

「さぁ、今のうちに。本殿の横に裏道があります。そこから雑木林を通って、大通りに出るのです」

「いや、俺は…っ」

 今のラヴィンは怪物だ。ここに留まるのが危険なのは大いにわかる。ルーラは、魔力が暴走すると、伴って身体能力の上限値もおかしくなることがあると、いつだったか学校の授業で習ったのをふいに思い出した。

(ラヴィンの魔力は今、暴走してるのか…! でも何で急に)

 魔法の暴走が原因の犯罪や事故は、日々後を絶たない。しかしだからって、それを命を奪うことで解決するなんて。


 _____何故駄目なんです。


 巫女の問いが、脳内で反響している。ルーラは絞り出すように巫女に問い返した。

「お、俺が逃げたら…あいつを殺すのか」

 巫女は事も無げに答えた。

「えぇ、そうです」

「駄目だ」

「何故?」

「犯罪だからだよ! 当たり前だろ!」

 すると、巫女は哀れみの目をルーラに向けた。

「魔法使い共が勝手に作った規則に、縛られる必要なんてないのに…」

「は?」

「では聞き方を変えます。……何故、なのですか?」

 巫女は語気を強めた。ルーラは目を見開き、巫女を見つめた。

「嫌……?」

「貴方様だって、望んでいたのではないのですか。此奴の死を」

 内容がすぐに飲み込めず硬直したルーラに、彼女はさらに畳み掛ける。

「此奴のことを、ずっとよく思っていなかったのでしょう。嫌いだったのでしょう。事実、此奴の隣にいる貴方様はずっと苦しそうだった。居なくなってほしいと考えたことが、一度くらいはあるはずです。そしてそれは何も恥ずべきことはない、当然の考えにございます」

「な、何、言って」

「魔法使いは悪。そして魔法使いが蔓延るこの世界もまた悪。此奴を始末することで、貴方様がこの理不尽な世界のことわりから解放されるというのなら、喜んで。…それが、我らの使命でもあるのですから」

 ルーラは言葉に詰まってしまった。意味深な単語をいくつか聞いたが、それらを気にする余裕もなかった。

「…ラヴィンが、嫌い………」

 嫌い、という単語は思った以上に刺々しく、咀嚼するとチクチクと痛み、そして苦かった。

「ご理解いただけたのなら、早くこちらへ」

 巫女が急かす。圧に屈してしまいそうになる。けれど、足は動かない。

(俺は…………)

 巫女から苛立ちが伝わってくる。怖い。しかし、無性にここから逃げたくない。悩ましくて苦しくて、息が詰まりそうだ。

(俺はどうしたいんだ………俺は、ラヴィンを_____)


 そのとき、ルーラの肌に熱が蘇った。

 いつの間にか俯いていたルーラは、はっとして顔をあげて、そして思わず口を覆った。

「ッあが………ッ!!」

 階段下に突き落とされたラヴィンが、二人が話し込んでいる間に再び登ってきていたのだ。そして目の前にいた巫女を押し倒し、燃え盛る両手でその首をギリギリと締めていた。

「小賢しいッ……!! ぐ、汚らわしい、手で、触るなァ…!!!!」

「巫女さん!!」

 ジュウジュウと、明らかに大丈夫ではない音と焦げ臭い匂いがする。ルーラは咄嗟に杓子を両手に2本ずつ構えて、ラヴィンに水をぶっ掛けた。またしても炎が僅かに剥がれ落ちる。覗いた瞳は先程よりも生気を失っているように見えた。

 しかし手水所の水は、確かに数秒なら鎮火させられるが、またすぐに火の手は元に戻ってしまう。これではいたちごっこだ。そうこうしている間に、ラヴィンは巫女の白い首筋に爪を突き立て始めた。

「ぐッ、あぁぁぁぁぁ…ッ!!!!」

 巫女は濁った悲鳴をあげた。彼女は女性にしては背が高く、体格も大きい。しかし相手がラヴィン、それも魔力が暴走した状態とあってはそれも無力に等しく、いくら暴れても覆いかぶさった体はびくともしない。

「だめ、だ……」

 声が掠れた。もう、どうすればいいのかわからない。

 プシッ、と巫女の肌が裂けた。

「やめろ……………」

 巫女が仰け反る。ラヴィンは首から手を離さない。皮膚の内側の肉が、灼熱に侵食されていく。鮮血が溢れたそばから焼き付けられて、赤黒く固まっていく。

「もう、やめろよ____」



 ラヴィンの目尻に、何かが光った。



 ルーラは杓子を放り出すと、足を踏み出した。倒れるように。ラヴィンが自分を追いかけていたときのように。そうやって重力を使って勢いをつけて、



 _____ラヴィンに向かって、突進した。



 どさりと、右肩からラヴィンにぶつかる。限りなく至近距離から、飽くほど聞いた音と、胸焼けするほど嗅いだ匂いがした。加え、それまで逃れてきた痛みと熱が、今まで堰き止められていた分を取り返そうとするように、一気にルーラに襲いかかった。

 ルーラは炎に包まれた。そのままラヴィンと共に倒れ込む。自分の叫び声が遠くに聞こえた。肌が千切れそうな、熱いなんて言葉では片付けられない地獄で、ルーラは地面をのたうち回った。

(熱い熱い熱い熱い!! 怖い、怖い、誰かッ…!!)

 辛くて、苦しくて堪らない。何故こんな真似をしてしまったのだろう。水が欲しい。手水所はどこだ。ルーラは意識朦朧としながら、薄っすら目を開けた。



「る、ら、ごめ」



 炎に包まれた瞳からボロボロと大粒の涙を溢して、ルーラの顔を覗き込むラヴィンが、視界を覆っていた。ポタリ、ポタリと雫がルーラに落ちる。呆気にとられて、一瞬痛みを忘れた。彼の背景、ルーラの真上には、命鼓手向が咲き誇っている。


 わからない。何故彼が泣いているのか。何を考えているのか。潤沢な魔力と幸せを生まれ持った、人生の安泰を約束された奴ではなかったのか。何故こんなにも、ルーラに負けず劣らず苦しそうなのか。

(そうだ…ラヴィンだけじゃない。俺だって、他人の気持ちなんてわからない。魔法使いだとかそうじゃないとか、そんなの関係ない……)


 ラヴィン。


 女子に呼び出されたので付き添ってほしいと相談したら、手放しで喜んだラヴィン。

 溢れる魔力でルーラに火傷を負わせ、心底申し訳無さそうな態度を見せたラヴィン。

 怪物に成り果て、大泣きしているラヴィン。

 今、ルーラに、泣きながら謝ったラヴィン。


 ごそ、とポケットの中で何かが擦れた。それがスマホと、コンビニで拾った絆創膏であることを思い出す。

 放火魔はコンビニから出てきた。その放火魔はラヴィンだった。ラヴィンは、魔力が暴走する直前までコンビニで買い物をしていたのではなかろうか。まったくの勘でしかないが、この絆創膏を購入した人物が誰なのか、ルーラには何となく感じ取れた。

 スマホのアルバムの、あの写真。ラヴィンはこの命鼓手向の下で、それはそれは嬉しそうにルーラの肩を掴んでいた。


(ああ、そうか………)


 ラヴィンはずっと、ルーラのことを理解しようと、魔力の有無の壁を越えて歩み寄ろうとしていたのではないか。それをわかるわけがないと決めつけて、突っぱねていたのはルーラの方だ。



 そのとき、巫女が首元を押さえてふらりと立ち上がった。ひとつ咳き込むと、心酔したようにルーラを見る。

「自分を犠牲に、私を助けて………なんと清らかで、尊い御心なのか………」

 その言葉に、ルーラは違和感を覚えた。

(巫女さんを、助けた…?)

 ルーラはパーカーのポケットに手を突っ込んだ。そして彼が歩み寄ろうとした証を、ぎゅっと握り締める。

「あぁ、美しき神童よ。暫しの辛抱を……今、私が、その魔法使いを退けて__」

「違う」

 ルーラは、右肩の痛みに歯を食いしばりながら言い放った。巫女が驚き、ピタリと動きを止めた。

 痛み以上に、今ここで訴えたい思いがあった。呼吸するのも辛いが、ルーラは必死で言葉を捻り出した。



「俺は、醜い」
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