ぼくらのおわはじ

三澄 みそこ

文字の大きさ
29 / 35
卯月之章 其二

028.お話

しおりを挟む
 座っていない方の座面をトントンと叩き、隣に座るよう促される。ルーラはそれには応じず、少し離れて正面に立った。正直ここへ来るまでにかなり体力を消耗したので、物凄く座りたい。しかし、何となく弱っているところを見せたくなかったのである。

 相手は一瞬、つまらなさそうに目を伏せたが、すぐ笑顔を作って尋ねてきた。

「一回は入るって言ってくれたよな。気が変わったのは何で?」

「その前に質問いいか。ラヴィンを放火魔に変えたのはお前か?」

 相手からの質問を遮り、ルーラは単刀直入に言った。無意識に語気が強まる。すると、相手はキョトンとして答えた。

「そうだけど。え、何か怒ってる?」

「あっさり認めやがったなお前! いや怒ってるっていうか、まず自分が何したかわかってんのか?!」

「何ってそりゃあ、魔法使いをあるべき姿に戻したんだよ」

「…はぁ?」

 怪訝な顔をしたルーラに、相手は語る。


「神社でも少し話したけど、魔法使いってのは人生に余計な価値を付加したがるんだ。人の役に立てだとか、功績を残せだとか。このまま魔法使いが蔓延る世が続けば将来、アイツらは自らの手で、この世を破滅へ導く。見ただろ、ラヴィン・フェリズの起こした凶行を。あれがいずれ、世界規模で起こる」

 当然の事実を教えるような調子で、言葉を連ねていく。

「でも、今はまだ誰もそのことに気付いていない。魔法使い達本人ですら。だから戻してやったんだ。いち早く自覚させるために。自分達が、有害な存在なんだって」

 雲が、太陽を覆い隠した。辺りが薄暗くなる。4月の初旬、日が差さないとまだ少し肌寒い。周囲の雑踏が、嫌に耳についた。

「どう、納得した?」

「…するわけないだろ」

 ルーラは相手を睨みつけた。

「あるべき姿? 話の飛躍も良いところだ。この世の破滅だの何だの、そんなお伽噺のために、ラヴィンや他の罪のない人達を犠牲にしたのか。凶行って、お前が無理矢理やらせたんだろうが。そっちのほうが余程有害じゃないか」

「どしたんルーラ、お前も魔法使いのこと嫌いだったろ? アイツらに自分の気持ちなんてわからないって」

「もう関係ない! ラヴィンとも最近は普通に話すよ。アイツほんとに普通だった。魔法の有る無しとか関係なく! 今までは変にそれに固着してたんだ。でももう気にしてない。だから、お前の言うサークルには入らない!」

 そこまで声を荒らげて、ルーラはようやく息を吸った。相手は、そんなルーラの様子を黙って見つめていた。何を考えているのかわからない。

「…じゃ、俺はこれが聞きたかっただけだから。もう二度と関わるな」

 そんな態度にも腹が立って、ルーラは踵を返そうとする。


「帰さないけど」


 低く、声が貫いた。

「ルーラはもう、俺達のところに片足突っ込んでるんだから」

 ルーラの足がピタリと止まる。相手は更に続ける。



「使っただろ、魔導。俺達の仲間の印」



 ゆっくりと振り返る。

 闇を映した瞳が、こちらを見据えていた。蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのことだろう。ルーラはその場から動けなくなった。

「隣、おいで?」

 再び座面を指で小突く。今度は大人しく従った。相手の顔を見れない。

「さっき俺達を有害呼ばわりしたことは、聞かなかったことにしてやるよ。きっとまだ、気が動転してるだけだよな? 魔法使いの暴走も見るの初めてだっただろうし、そのうえいきなりあんな凄まじい力が使えるようになってさ。……なぁ、わかるよな、ルーラ」

 ぐい、と顔を覗き込まれ、無理やり目を合わせられる。瞳の影があまりに濃くて、足を滑らせて落ちてしまいそうな気さえした。


「魔導を用いて、魔法使いを打ち負かしたんだ。お前はもうこっち側。認めろよ、なぁ」


 反論の余地は充分ある。

 ルーラは、ラヴィンを助けたかったのだ。倒そうとしたわけではない。もう彼を、魔法使いを嫌いだなんて思っていない。そっち側になんて行きたくない。しかし、言えなかった。太腿の上で握り締めた拳が、汗をかいている。体が動かない。


 すっかり萎縮してしまったルーラの肩を、ふいに相手が馴れ馴れしく叩いた。

「そんな堅くならなくていいって。ルーラは凄いことを成し遂げたんだよ? 初回からあれだけ魔導を使いこなしたんだから。やっぱ“神童”の為せる技なんかな」

「…し、んどう?」

 掠れながらも、やっとで声を出せた。すると相手は、何故かポカンと口を開けた。そして急に「そうだった!」と手を叩く。ルーラの身体が、驚きで大きく跳ねた。

「そういや、まだ何も詳細聞いてなかったな! いやーうっかりしてたわ、悪い悪い! そりゃわからないよな、怖いよな! つーか第壱枚様も、邪魔するくらいならそっちで説明しとけっての。ほんっと何であんなクソ女が幹部やってんだか…」

 ルーラが話に着いて行けずに戸惑っていると、また相手はニコニコとし始めた。

「わかったわかった、今から色々教えてやるからな。そしたら一緒に行こう! な、これでいいだろ」

「い、いや、俺は」

「まずこれ見て! 神社で言ってたビラ配りのやつ」

 何やら相手は素早くスマホを操作する。間もなく、ルーラのスマホから通知音がした。見ると、メッセージアプリに画像が届いている。

 全体的に桜色、アクセントカラーに紅色と金色を使用した、華やかなデザインでまとめられた広告だった。目立つところに「生きてさえいればいい。貴方はそれだけで尊い」という文章が載っている。



 そしてその下に、「永久手向花とこしえのたむけばなで、人生をあるべき姿に戻しましょう」とあった。



「…とこしえの、たむけばな?」

「それがの名前」

 ルーラの呟きを相手が拾う。次いで生まれた疑問も、すぐさま解消される。

「今まではサークルって表現してたけど、ほんとは宗教なんだよ。ほら、いきなり大仰なこと言い出すと、びっくりすると思ってさ。悪く思うなよ」

 そして「あの巫女は教団の幹部だよ、肩書きはね」と嫌味混じりの説明が続いた。聞きながら、サークルと言い換えたのは正しいとルーラは思った。現に今、教団と訂正されて一気に怪しさが増した。最初からそう説明されていたら、一度だって加入しようとは考えなかっただろう。

 また、画像には他にも、1時間程度で終わる体験セミナーの案内などが掲載されていた。このチラシを配っているとなると、中には軽い気持ちで足を運んでしまう人もいるかもしれない。

「で、ここからが本題。ルーラ、手向け花って何かわかる?」

「…桜の別名?」

「お、よく知ってるなぁ! そう、桜の花はこの教団の象徴だ。そして教団って言うからには勿論、信仰している神様がいる。これは思い当たるか?」

 問われて、ルーラはギョッとする。つい先程、この町の神社でそれを聞いたばかりだったからである。

「えっ…桜花御神…?」

「せいか~い! よく勉強してて偉いなぁ」

 頭をポンポンと叩かれる。気持ち悪さから身を捩りたいのを必死で堪えながら、ルーラは相手の話に耳を傾ける。

「名前を知ってるならこれも聞いてると思うけど、桜花御神はこの命鼓市の氏神様。だけど今、かの神はあの神社にはいない。今は、人間化身となって永久手向花を先導してくださっている」

「人間化身?」

「本来の神の姿のまま顕現することはできないからな。仮の姿で宣教師やってるってこと。それ用の名前もある。滅多なことじゃその名を口に出来ないから、普段はみんな“かの方”って呼んでるけど、ルーラは神童だからな。それも特別に許されるだろう」

「待って、だから神童って…」


「化身の名は、薬研 光司やげん みつじ様」


 数秒間、ルーラはフリーズした。「あぁ聞き間違いかな」と本気で考えていた。しかし、相手は更に続ける。

「かの方はその神力を以て、この世の未来を予知した。そして我ら教徒達に『生きてさえいればいい』と説き、神託をお与えになった。即ち、魔法に相対する力、魔導の使い手“魔導師”を増やすこと。そして、かの方の力を引く神聖な存在、“神童”を見つけ出し保護すること」

 相手が、ルーラを真っ直ぐ見つめた。

「その煌めく白銀色の髪も、完熟の柘榴みたいな瞳も、かの方と同じ。全部神から賜った、とっておきのもの。神童の証だ」

 止めと言わんばかりに、ルーラのスマホがまた鳴った。目線を落とすとそこには、1枚の写真が送られてきていた。例の体験セミナーの時の画像なのだろう、大勢の人を前に、少し遠くで演説をしているとみられる人が写っている。


 ルーラと同じ色の髪と瞳をした、袴を身に着けた初老の男性が、穏やかな笑みを浮かべて、そこに立っていた。



「ルーラ。お前は、我らが桜花御神の化身、ヤゲン様の子だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...