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卯月之章 其二
033.ぼくの行先
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記憶操作は言わずもがな、洗脳という概念も既出。3年前から今日にかけて起こった事件が、それらが決して馬鹿げた空論ではないことを物語っていた。
あり得るのだ、十二分に。
しかし自分でそう言っておきながら、ルーラはまたも「あれ?」と違和感に気付く。
「どうしてお母さんだけが、そこまで用意周到に囲われてるんだ? 俺の、神童の母親だから……いや、だからそれは違うって話で」
アシエの額に冷や汗が滲んだ。
「これこそ馬鹿げた話なんだが……ファヌエルはな、ルーラそっくりなんだよ。つまり、ドのつく美人だ」
アシエはごくりと喉を鳴らした。
「色素こそ、Felizの家系特有の黒髪褐色だけどな。顔立ちはほんと、ルーラにそのまんま遺伝したなっていう感じの超美形。俺の両親は……つまり祖父ちゃん祖母ちゃんはな、長男の俺そっちのけで、妹ばっかり天使だなんだと持て囃してたよ」
「そ、それが不仲の原因?」
「まあそんなところだ。ただ、美しいものってのは時に人を狂わせる。ファムファタルっていう言葉もあるくらいだし。そういう理由で、カルト宗教ひとつ虜にしてたって言われても正直、納得できてしまう。ファヌエルの力は計り知れない」
机上の空論だけどな、とアシエは最後に補足しつつも、本人の中では殆どそれで確信している様子だった。
「ルーラが神童なんて呼ばれる所以も、もしかしたら容姿のことを指しているだけかもしれん」
正直、ルーラ本人は自他の容姿に全くの無頓着のため、そう言われても腑に落ちず、「はあ…」と気のない返事をするしかなかった。
ルーラの気持ちを察してか、ハルネが苦笑いする。
「ファヌエルさんについての話は、義両親からも聞いてるけれど、容姿以外にも頭一つ抜けて優れているところがたくさんあったみたい。そういうところが特別視されて捕まってしまったというのは、大いにあり得るわね」
言いながら彼女は緊張してきたようだった。
「同じように、ルーラのことも捕まえてどうこうしようっていうつもりなら…」
彼女は涙を堪えるように、ギュッと目を瞑った。そして両手を祈るように組んで、うんうんとひとり頷く。
「親族総出で殴り込みに行くことも辞さないわ。警察の応援も呼んで、物理と司法の両方から叩いてやるんだから」
「叔母さん?」
ほわほわとした穏やかな人だとばかり思っていたが、こういう冗談も言う面もあるのだとルーラが気付きを得る横で、アシエが噎せていた。何だろうと思っていると、彼はルーラに何かを誤魔化すように言う。
「とかく、ルーラよ。お前は今後ひとりで出歩く時間を極力減らせ。今日だって、ラヴィンがいたから危険を逃れられたんだろう?」
「う、うん…」
「しかしラヴィンにしろ、叔父さんと叔母さんにしろ、四六時中お前を守っていたいのはやまやまだが、限界がある。それぞれの生活もあるからな」
だから、と彼は手を叩いた。
「友達を増やせ」
「わ…」
「ルーラお前、今までずっとぼっちだっただろ? 高校デビューだよ、高校デビュー。この機会に同級生でも先輩でもいいから、仲のいい人を作れ。それだけで犯罪者はお前に手を出しにくくなるから」
「でも、それって巻き込まれる同級生たちに迷惑が…」
「迷惑だと思わない人たちも絶対にいる。これから出会うその人たちが、お前の本当の友達になる。それに、ヤバい奴らに狙われてるからって青春を棒に振るなんて、あってはいけない」
アシエはにやりと笑った。
本当の友達、という言葉にルーラは歯の浮く思いがした。しかし、入学早々に代表スピーチなんかを任されてしまったのだ。クラスメイトにも早速、顔を名前を覚えてもらえただろう。駆け出しは確かに悪くなかったのかもしれない。
「学校行事も部活も、これからたくさん経験するんだ。何もせず終わっていくなんてあまりに虚しいじゃないか。生を謳歌しろ、ルーラ。わけわからんカルトが直視できないほど、眩しい青春を送ってやれ」
「そこまで言われると逆に緊張するんですけど」
「そうだルーラ、お前部活動は何に入るつもりなんだ? というか中学は何やってたっけ」
「……速記部…」
「なにそれ…」
高校の部活動。正直なにがあるのかすら知らない。1年生の年間計画表を思い出すと、部活動見学が再来週あったと思う。ただ、その直前に別のイベントが書いてあったような。
「あ、オリエンテーション」
ルーラははっと顔をあげた。
「おっ叔母さん。軍手ってあったっけ。来週、1年生でバーベキューだ」
「…そういえばそうだったわね! ルーラは大人用だと大きいかしら」
ぽんと手を叩いたハルネは、ふわりと微笑んだ。
「楽しんできなさいな。お父さんの言う通り、変なカルトに怖気づいてたら勿体ないわ。折角の高校生活なんだもの。私たち大人が動くから、ルーラにはルーラにしかできないことを精一杯やってほしいわ」
____そうだ、高校生だ。
今朝も入学式で考えた。桜祭りの夜を経て、ルーラの世界は大きく色を変えた。知らない人と喋り、やったことのないことに挑戦し。見るもの、聞くもの、全てが新鮮で瑞々しいのだ、今は。
(今考えてわからないことは、これ以上悩んでも拉致が明かないか)
何故、自分が魔導を使えたのか、だとか。結局、袴の男性の正体はなんなのか、だとか。
謎は尽きない。しかし始まったばかり。
窓の外で、少しずつ低くなりつつある太陽が輝いている。ルーラは大きく息を吸い込んで、まだ見ぬ高校生活に、体感初めて期待という感情を抱いたのだった。
あり得るのだ、十二分に。
しかし自分でそう言っておきながら、ルーラはまたも「あれ?」と違和感に気付く。
「どうしてお母さんだけが、そこまで用意周到に囲われてるんだ? 俺の、神童の母親だから……いや、だからそれは違うって話で」
アシエの額に冷や汗が滲んだ。
「これこそ馬鹿げた話なんだが……ファヌエルはな、ルーラそっくりなんだよ。つまり、ドのつく美人だ」
アシエはごくりと喉を鳴らした。
「色素こそ、Felizの家系特有の黒髪褐色だけどな。顔立ちはほんと、ルーラにそのまんま遺伝したなっていう感じの超美形。俺の両親は……つまり祖父ちゃん祖母ちゃんはな、長男の俺そっちのけで、妹ばっかり天使だなんだと持て囃してたよ」
「そ、それが不仲の原因?」
「まあそんなところだ。ただ、美しいものってのは時に人を狂わせる。ファムファタルっていう言葉もあるくらいだし。そういう理由で、カルト宗教ひとつ虜にしてたって言われても正直、納得できてしまう。ファヌエルの力は計り知れない」
机上の空論だけどな、とアシエは最後に補足しつつも、本人の中では殆どそれで確信している様子だった。
「ルーラが神童なんて呼ばれる所以も、もしかしたら容姿のことを指しているだけかもしれん」
正直、ルーラ本人は自他の容姿に全くの無頓着のため、そう言われても腑に落ちず、「はあ…」と気のない返事をするしかなかった。
ルーラの気持ちを察してか、ハルネが苦笑いする。
「ファヌエルさんについての話は、義両親からも聞いてるけれど、容姿以外にも頭一つ抜けて優れているところがたくさんあったみたい。そういうところが特別視されて捕まってしまったというのは、大いにあり得るわね」
言いながら彼女は緊張してきたようだった。
「同じように、ルーラのことも捕まえてどうこうしようっていうつもりなら…」
彼女は涙を堪えるように、ギュッと目を瞑った。そして両手を祈るように組んで、うんうんとひとり頷く。
「親族総出で殴り込みに行くことも辞さないわ。警察の応援も呼んで、物理と司法の両方から叩いてやるんだから」
「叔母さん?」
ほわほわとした穏やかな人だとばかり思っていたが、こういう冗談も言う面もあるのだとルーラが気付きを得る横で、アシエが噎せていた。何だろうと思っていると、彼はルーラに何かを誤魔化すように言う。
「とかく、ルーラよ。お前は今後ひとりで出歩く時間を極力減らせ。今日だって、ラヴィンがいたから危険を逃れられたんだろう?」
「う、うん…」
「しかしラヴィンにしろ、叔父さんと叔母さんにしろ、四六時中お前を守っていたいのはやまやまだが、限界がある。それぞれの生活もあるからな」
だから、と彼は手を叩いた。
「友達を増やせ」
「わ…」
「ルーラお前、今までずっとぼっちだっただろ? 高校デビューだよ、高校デビュー。この機会に同級生でも先輩でもいいから、仲のいい人を作れ。それだけで犯罪者はお前に手を出しにくくなるから」
「でも、それって巻き込まれる同級生たちに迷惑が…」
「迷惑だと思わない人たちも絶対にいる。これから出会うその人たちが、お前の本当の友達になる。それに、ヤバい奴らに狙われてるからって青春を棒に振るなんて、あってはいけない」
アシエはにやりと笑った。
本当の友達、という言葉にルーラは歯の浮く思いがした。しかし、入学早々に代表スピーチなんかを任されてしまったのだ。クラスメイトにも早速、顔を名前を覚えてもらえただろう。駆け出しは確かに悪くなかったのかもしれない。
「学校行事も部活も、これからたくさん経験するんだ。何もせず終わっていくなんてあまりに虚しいじゃないか。生を謳歌しろ、ルーラ。わけわからんカルトが直視できないほど、眩しい青春を送ってやれ」
「そこまで言われると逆に緊張するんですけど」
「そうだルーラ、お前部活動は何に入るつもりなんだ? というか中学は何やってたっけ」
「……速記部…」
「なにそれ…」
高校の部活動。正直なにがあるのかすら知らない。1年生の年間計画表を思い出すと、部活動見学が再来週あったと思う。ただ、その直前に別のイベントが書いてあったような。
「あ、オリエンテーション」
ルーラははっと顔をあげた。
「おっ叔母さん。軍手ってあったっけ。来週、1年生でバーベキューだ」
「…そういえばそうだったわね! ルーラは大人用だと大きいかしら」
ぽんと手を叩いたハルネは、ふわりと微笑んだ。
「楽しんできなさいな。お父さんの言う通り、変なカルトに怖気づいてたら勿体ないわ。折角の高校生活なんだもの。私たち大人が動くから、ルーラにはルーラにしかできないことを精一杯やってほしいわ」
____そうだ、高校生だ。
今朝も入学式で考えた。桜祭りの夜を経て、ルーラの世界は大きく色を変えた。知らない人と喋り、やったことのないことに挑戦し。見るもの、聞くもの、全てが新鮮で瑞々しいのだ、今は。
(今考えてわからないことは、これ以上悩んでも拉致が明かないか)
何故、自分が魔導を使えたのか、だとか。結局、袴の男性の正体はなんなのか、だとか。
謎は尽きない。しかし始まったばかり。
窓の外で、少しずつ低くなりつつある太陽が輝いている。ルーラは大きく息を吸い込んで、まだ見ぬ高校生活に、体感初めて期待という感情を抱いたのだった。
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