ぼくらのおわはじ

三澄 みそこ

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卯月之章 其二

032.蝶

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 話についていけないのは今に始まったことではないが、唐突に出された話題に、いよいよルーラは面喰ってしまった。

「な、何で俺の……」

「何が関係あるんだって思うよな。すまんが、順を追って説明させてくれ。まず___」


 最初に聞かされたのは、ルーラも既に知っている内容の確認だった。

 今から三年と少し前、中学校入学を控えた春休みから、ルーラはこの家で暮らすようになった。Acier・Felizアシエ フェリズは実母の兄と聞かされており、保志温音ほし はるねは母の義姉だ。その息子のRavin・Felizラヴィン フェリズは、甥にあたる。ルーラにとっては従兄。つまりルーラは現在、叔父家族のもとで世話になっている。


「……と、お前が家に来たとき、それだけは最初に言ったよな?」

「は、はい」

「では、少し思い出してみてほしい。そもそもルーラは何故、この家に来ることになった?」

 言われてみれば、とルーラは今更ながら思い至った。しかしそういえば今朝、入学式の最中にも似たようなことを考えた。両親の記憶がないと。ミリアに話しかけられてから、すっかり失念していた。

 何故、父と母は、自分を手放したのだろう。かなり重大な疑問のはずだが、それを忘れるとはいかがなものか。

 僅かに沈んだ気持ちで思考を巡らすルーラを見て、何やらアシエが神妙な顔つきをしていた。

「…質問を少し変えるぞ。この家に初めて来たときのことを、覚えているか?」

 アシエに問われ、ルーラは固まった。

(初めて来たとき……?)

 見知らぬ地。離された親元。普通に考えれば、当時自分は不安だったはずだ。印象にも残るだろう。



 なのに、少しも覚えていない。感じたであろう不安の気持ちさえも。



 強張ったルーラの表情に、アシエは察したように頷く。

「すまん、今ルーラを試した。ある人物に言われたことを確かめたくて」

 ルーラは「え?」とアシエを見つめる。アシエの鈍色の瞳が、すっと細められた。


「ルーラのお母さん……Phanuel・Felizファヌエル フェリズが、お前の記憶をと、ここにお前を連れてきたときに言っていたんだよ」


 Phanuelファヌエル。優しい響きだと思った。しかし、それが自分の母の名前だと言われても全くピンとこない。代わりに、何故そんなことを、という疑問が真っ先に浮かび、そして気付いた。ここ数日間の出来事と、先程のアシエの発言と併せて。

「もしかして、俺を永久手向花とこしえのたむけばなから遠ざけるために?」

「ああ、その可能性が高い。それを裏付けるものとして、今ファヌエル行方不明なんだ」

 ルーラは目を見開いた。アシエがもどかしそうに言う。

「当時、警察に行方不明届けも出した。しかし自宅はもぬけの殻だったらしく、連絡もつかないと。こうなるといよいよ、そのカルト宗教が怪しいじゃないか」

「………俺、そんな前から、巻き込まれていたの」

 露わになった新情報に恐れ慄いていたルーラだったが、ここでふと、新たに生まれた疑問を口に出してみた。

「お父さんは? 俺のお父さんは今どこに?」

 すると、アシエが逡巡した。何か困らせることを言ってしまっただろうか。すると、ようやく落ち着いたのか、ハルネが代わって答えた。

「あのね、義弟さんには会ったことがないの。顔も見たことなくて」

「えっそうなの? 結婚式とかでも?」

「そもそも私たち、ファヌエルさんが結婚してたことどころか、今どこで何をしているのかもずっと知らなかったのよ。アシエさんが言うには彼女、高校卒業と同時に家出して、それっきりだったみたいで」

 アシエが気まずそうに頭を搔いた。

「すまん……正直、兄妹仲はお世辞にも良いとは言えなかったんだ。実家暮らしだったときですら、まともに会話したことがなくて」

 だから突然訪ねてこられたときは、大層驚いたと。そのうえ結婚しており、しかも息子を預けていくなんて。


「だが」とアシエが付け加える。

「行方不明届を出したときに、住民票なんかも確認させてもらった。そこで配偶者は把握してる。黒瀬竜矢くろせ たつやっていう、一般職の男性みたいだった。けど、その人も現在音信不通だ」

 ふう、とアシエが溜め息を吐いた。父親も行方不明なのは心配だが、これでひとつはっきりした。


「やっぱり、俺が神童だなんて何かの間違いだよね」


 ルーラの言葉に、保護者二名は力強く頷いた。

「ルーラは一般家庭に産まれた子だ、間違いない」

「ああいう団体っていうのは、独自の価値観や世界観を持っているものなのよ。引きずり込まれちゃ駄目」

 そう言ってくれてようやく、ルーラは自分に軸が戻ってきた思いがした。まだまだ謎は多く、先行きも不安だが、自分のいるべきサイドが定められた。彼らは敵だ。近付いてはいけない。だって、母が記憶を封じるなんて大がかりなことをしてまで、自分を彼らから隠そうとしたのだから。

 良かった。自分は捨てられたわけではなかったのだ。


(……あれ?)

 自分の中でまとめに入ろうとして、気付く。


「そういえば、お母さんの固有魔法って何?」


 その質問にハルネは瞠目したが、アシエはルーラの意図を察したようだった。

「………変身メタモルフォーゼ。確かそうだった。本人は滅多に使うことなかったから、親か誰かから聞かされただけだが。自分の姿かたちを、好きなように変化させられる魔法だ」

 そこで驚きの声をあげたのは、ハルネだった。

「待って。固有魔法、てっきり精神干渉系のものだとばかり」

「俺も気付かなかった……いったいどうやって、他人の記憶を封じるなんて芸当を?」

 続いて困惑の声を漏らすアシエ。

 そして、



「___魔法じゃないとしたら」



「え?」と聞き返した2人の声は届かず、ルーラの中で情報が繋がり始めた。

 ルーラの記憶を封じた、母ファヌエルの未知なる力と_____本当の姿が不明の、謎の人物が。



(いやでも、アイツは男のはずだ!)

「あっあのさ! 俺のお母さんって、どんな人だったの」

 ルーラが前のめりになって問うと、アシエは一瞬虚を突かれた顔をする。しかし、答えてくれる。

「えーと、一匹狼って感じの印象だった。子どもの頃、実家で暮らしてた当時は。というか、こう…」

「言動が粗雑で、自分のこと『俺』って言ったりする?」

「え? 何故それを」

 _____なんということだ。

 何が起きているのかわからないという顔をする保護者二人に、ルーラは恐る恐る、気づいたことを伝えた。

「俺、今日、お母さんに会ってきたのかも」

「………どういうことだ?」

「記憶操作、できるかもしれないんだ。固有魔法がそうじゃなくても。まだ未知数だから憶測でしかないけど……永久手向花の信者は、”魔導”っていう特殊な力を使えるらしい。もしかしたらお母さんは、それを使って俺の記憶をいじったのかも」

「じゃあ、まさか、ファヌエルさんは今」

 はっと口を覆ったハルネに、ルーラはこくりと頷いた。



「きっと永久手向花にいるんだ。多分、洗脳されて、記憶を消された状態で」
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