転生夫婦～乙女ゲーム編～

第二章

５ 《アルファード》

「……ミナはどうした。」

　メイカが同室になっているあの騒がしい女に声をかけた。

「荷ほどきに戸惑っているそうですよ、だから、皆さんは先に食べてくださいって。」
「お前は済んだのか？」
「勿論ですよ。」

　メイカが話しかけると嬉しそうに笑っている女だが、その目は決して笑っていない。
　肉食獣のそれだ。

「それにしても、どんくさいですよね、あの人。」
「……。」

　ヒースの手が一瞬びくりと止まる。
　それもそうだろう、彼はミナの有能さを知っている。
　それなのに、この女は言うに事欠いてどんくさい、あり得ない。

　ああ、可能なら、この女の首を刎ねたい。

　その全身を切り刻みたい。

　あいつを侮辱する奴は誰だって許さない。

「あー、お腹すきましたね。」
「そうだね。」

　固い声音を出すツェリベに女は媚を売るように笑っている。
　ああ、虫唾が走る。

「落ち着け、主。」

　メイカは殺気立つ俺に咎めるような視線を送る。

　大丈夫だ、まだ、落ち着いている。

　落ち着いていなければ、確実に殺しているよ。

　この女も。

　無能な部下も。

　そして、こんな集団しか集めなかった無能な王も。

　そして、自分たちの死を願っているあの義兄もな。

「……。」

　メイカは俺を一瞥して、ため息を零してから料理を食べ始めた。
　俺は同じ席で食べた。
　本当は使用人と主が一緒に食べるだなんてことはありえないが、今ここでそんな事をすれば目立つ。
　それだけは避けたかったので、俺も本来ならばミナも一緒の所で食事をするはずだった。

「ご馳走様。」

　俺は早く食べ終わり、この宿の人に声をかける。
　自分たちの部屋に食事を持ってきて欲しい事を伝え、そして、了承を取り付けた。
　きっと、彼女は食事に来れないだろう、あの女の嫌がらせで。

　ああ、本当に苛立つ。

　ここに魔族がいたら惨たらしく殺してやるのにな。
　それから、深夜になって彼女は部屋から追い出されて、俺たちが保護した。
　イザベラの事だからきっと外で野宿をしていただろう、そして、誰にも気づかれる事無く、それを繰り返し、いつかは体を壊す。

　彼女はそう言う人間だ。

　自分の痛みには鈍感で、傷ついている事すら気づかない。

　そんな彼女を俺は放っておける事が出来なかった。

　この腕にあるぬくもりを俺は絶対にどんな事をしても失いたくないと思った。

　俺に無意識に甘える彼女が愛おしくて、愛おしくて。

　こんな茶番劇をさっさと壊したいと思うのは当然だろう。