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第二章
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「……。」
私は給仕をしていた手を止めた。
「何しているのよ。」
不機嫌そうな顔をする彼女を無視して、私は自分の胸を押さえる。
嫌な胸騒ぎがする。
こういう胸騒ぎがするときはたいてい何か起こっている時が多い。
そして、その勘はなかなかはずれないのだ。
私はこの感覚を信じて、ポットを机に置き、そして、誰に何も言わずに走り出す。
「なっ!」
後ろで何かと騒がれているが、私は丸っと無視をする。
何かが私をせかす。
急がないと手遅れになる。
でも、それが何か分からない。
メイヤは強い、油断さえしなければ負けはしない。
……。
ああ。
頭でよぎった言葉に私はため息を零しそうになる。
彼は強い。
そして、警戒心もある。
だけど、それは私が側に居る時に発揮される。
一人の時は結構自分に対して無頓着になってしまうのだ。
昔は弟にその悪癖に何度怒られていた事だろう。
最近は自分と共にいることが多かったので、その悪癖もなくなったものだと思った。
しかし、それが治っていなかったら…。
きっと、わずかな油断が彼の身に何かを呼び寄せてしまったのだろう、だから、こんな嫌な予感がするのだ。
確かに、私たちが死んだところでこの世界がどうなってもいいだろう。
だけど、一人この世界からいなくなって、残される私の気持ちはどうするつもりだろう。
そして、私は黒焦げにされた大地、倒れる二人の男を見つけ、その内の一人は息絶えている事に眉を寄せる。
「本当に、この人は…。」
辛うじて息をしているメイヤの近くで膝をつく。
顔色が悪い。
傷ついた腕の傷。
状態を見て何となく何があったか察する。
「《生命(レーベン)》」
私は水瓶を出し、そして、そこから、水を掬いだす。
この水は全ての命を癒す。
生きるものには傷を癒し、異常状態をなくす。
死せるものには安らかな浄化を。
今回は毒に侵されているので、解毒を、そして、幾分か体力を奪われているようなので、その回復を行う。
想定していたよりも強力な毒だったようで、一掬いの水では彼を癒す事は出来なかった。
二度、三度と水を与えると、顔色と呼吸が穏やかなものに変わる。
最悪な事態から抜け出せたようだった。
私はホッと息を吐き、久しぶりに使った能力の所為で、頭が重く感じ、倦怠感が押し寄せてくる。
正直このまま寝そべりたいが、地面に倒れ込むと汚れてしまうし、そもそも、死体がある空間で寝転がりたくもなかった。
気力で何とか耐えていると、彼の瞼が震える。
私の好きな色が姿を見せる。
「………ルナ?」
「ええ。」
「また、世話を掛けたな。」
「そう思うのなら、もっと気を付けて欲しいな。」
「……すまん。」
「口先で謝られても、困るんだよ。」
「……。」
私の口から出てくる不満の言葉は完全に拗ねたものだった。
「……。」
可愛くない私の態度に、メイヤは小さく笑い、そして、本調子ではない体を起き上がらせる。
「ルナ。」
横目で私はふらつく体を見るが、手を貸す事はしない。
「こっちを見てくれ。」
「や。」
「……ルーナー。」
「……。」
少し甘えたような彼の声。
絆されそうになるけど、ぐっと堪える。
彼は分かっているのだ、私が怒っていない事をそして、その心にある感情を――。
「……ごめん。」
無理をして体を起こし、そして、もたれかかるようにして私に抱き着く。
そのぬくもりに思わず涙が出そうになった。
でも、それをぐっと堪える。
「大丈夫だと思ったのに、こんなざまで。」
「……。」
「だから、泣くなよ。」
「……泣いて、なんか、ない…。」
否定の言葉を言ったのに、私の中のせき止められたそれが崩壊し、涙と嗚咽となって出始めた。
「……ん。」
ポンポンと優しく体を叩かれ、私の涙は止まらなくなる。
怖かった。
彼が死んでしまうのが。
死んだって、ちゃんと会えるのは分かっている。
でも、どんな形であれ、彼が死ぬのは嫌だった。
何度も彼をおいて逝ったのは私の方だけど、逆だけは耐えられなかった。
身勝手の願いだけど、先に逝くのは私がいい。
それか、同時に死ねればそちらの方がいい。
「大丈夫、お前のお陰で生きている。」
「……。」
私はジトリと彼を睨む。
「私のお陰で生きているという事態に陥る前に何とかならなかったの?」
「……完全に油断をしていた。」
「……ばか。」
私は彼の手をペシリと軽く叩く。
「簡単に死ぬんだよ。」
「そうだな。」
「死んでも会えるとしても、今は生きているんだよ。」
「そうだな。」
「ちょっとした怪我なら治せるけど、死んだら治せないんだから。」
「うん。」
「だから、死なないで…。」
「善処する。」
「……。」
確約はしてくれない彼に私は何とも言えない気持ちになる。
嘘でも言って欲しかった。
でも、嘘は吐いてほしくはない。
そんな気持ちが分かっているのか、彼は私に存在を知らせるようにギュッと抱きしめる。
しばらくの間私たちは互いに充電をする。
今後はこんな事態にならないように互いに気を付けるようにしようと、胸に刻みつける。
私は給仕をしていた手を止めた。
「何しているのよ。」
不機嫌そうな顔をする彼女を無視して、私は自分の胸を押さえる。
嫌な胸騒ぎがする。
こういう胸騒ぎがするときはたいてい何か起こっている時が多い。
そして、その勘はなかなかはずれないのだ。
私はこの感覚を信じて、ポットを机に置き、そして、誰に何も言わずに走り出す。
「なっ!」
後ろで何かと騒がれているが、私は丸っと無視をする。
何かが私をせかす。
急がないと手遅れになる。
でも、それが何か分からない。
メイヤは強い、油断さえしなければ負けはしない。
……。
ああ。
頭でよぎった言葉に私はため息を零しそうになる。
彼は強い。
そして、警戒心もある。
だけど、それは私が側に居る時に発揮される。
一人の時は結構自分に対して無頓着になってしまうのだ。
昔は弟にその悪癖に何度怒られていた事だろう。
最近は自分と共にいることが多かったので、その悪癖もなくなったものだと思った。
しかし、それが治っていなかったら…。
きっと、わずかな油断が彼の身に何かを呼び寄せてしまったのだろう、だから、こんな嫌な予感がするのだ。
確かに、私たちが死んだところでこの世界がどうなってもいいだろう。
だけど、一人この世界からいなくなって、残される私の気持ちはどうするつもりだろう。
そして、私は黒焦げにされた大地、倒れる二人の男を見つけ、その内の一人は息絶えている事に眉を寄せる。
「本当に、この人は…。」
辛うじて息をしているメイヤの近くで膝をつく。
顔色が悪い。
傷ついた腕の傷。
状態を見て何となく何があったか察する。
「《生命(レーベン)》」
私は水瓶を出し、そして、そこから、水を掬いだす。
この水は全ての命を癒す。
生きるものには傷を癒し、異常状態をなくす。
死せるものには安らかな浄化を。
今回は毒に侵されているので、解毒を、そして、幾分か体力を奪われているようなので、その回復を行う。
想定していたよりも強力な毒だったようで、一掬いの水では彼を癒す事は出来なかった。
二度、三度と水を与えると、顔色と呼吸が穏やかなものに変わる。
最悪な事態から抜け出せたようだった。
私はホッと息を吐き、久しぶりに使った能力の所為で、頭が重く感じ、倦怠感が押し寄せてくる。
正直このまま寝そべりたいが、地面に倒れ込むと汚れてしまうし、そもそも、死体がある空間で寝転がりたくもなかった。
気力で何とか耐えていると、彼の瞼が震える。
私の好きな色が姿を見せる。
「………ルナ?」
「ええ。」
「また、世話を掛けたな。」
「そう思うのなら、もっと気を付けて欲しいな。」
「……すまん。」
「口先で謝られても、困るんだよ。」
「……。」
私の口から出てくる不満の言葉は完全に拗ねたものだった。
「……。」
可愛くない私の態度に、メイヤは小さく笑い、そして、本調子ではない体を起き上がらせる。
「ルナ。」
横目で私はふらつく体を見るが、手を貸す事はしない。
「こっちを見てくれ。」
「や。」
「……ルーナー。」
「……。」
少し甘えたような彼の声。
絆されそうになるけど、ぐっと堪える。
彼は分かっているのだ、私が怒っていない事をそして、その心にある感情を――。
「……ごめん。」
無理をして体を起こし、そして、もたれかかるようにして私に抱き着く。
そのぬくもりに思わず涙が出そうになった。
でも、それをぐっと堪える。
「大丈夫だと思ったのに、こんなざまで。」
「……。」
「だから、泣くなよ。」
「……泣いて、なんか、ない…。」
否定の言葉を言ったのに、私の中のせき止められたそれが崩壊し、涙と嗚咽となって出始めた。
「……ん。」
ポンポンと優しく体を叩かれ、私の涙は止まらなくなる。
怖かった。
彼が死んでしまうのが。
死んだって、ちゃんと会えるのは分かっている。
でも、どんな形であれ、彼が死ぬのは嫌だった。
何度も彼をおいて逝ったのは私の方だけど、逆だけは耐えられなかった。
身勝手の願いだけど、先に逝くのは私がいい。
それか、同時に死ねればそちらの方がいい。
「大丈夫、お前のお陰で生きている。」
「……。」
私はジトリと彼を睨む。
「私のお陰で生きているという事態に陥る前に何とかならなかったの?」
「……完全に油断をしていた。」
「……ばか。」
私は彼の手をペシリと軽く叩く。
「簡単に死ぬんだよ。」
「そうだな。」
「死んでも会えるとしても、今は生きているんだよ。」
「そうだな。」
「ちょっとした怪我なら治せるけど、死んだら治せないんだから。」
「うん。」
「だから、死なないで…。」
「善処する。」
「……。」
確約はしてくれない彼に私は何とも言えない気持ちになる。
嘘でも言って欲しかった。
でも、嘘は吐いてほしくはない。
そんな気持ちが分かっているのか、彼は私に存在を知らせるようにギュッと抱きしめる。
しばらくの間私たちは互いに充電をする。
今後はこんな事態にならないように互いに気を付けるようにしようと、胸に刻みつける。
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