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北斗サイド

大掃除

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 もし、目の前にスピカが現れた時邪魔になるのは何だ。
 バ会長とあのアホ女だ。
 バ会長は幸いにも今年卒業だ。
 残るはあのアホ女だが、どうするか。
 成績が残念だから追い出す事は簡単だが、そうなると他の生徒が不安がるだろう。
 あと、あの女が自己申告している属性も問題だ。
 どうするか…。
 いっその事、あのバ会長があのクソ女を連れて行ってくれたら問題はないのだが……。

「連れて行く……?」

 ああ、そうか。
 口元がにやける。
 そうだ、別に俺が直接動かなくても問題はない。
 あのバ会長をどうにかして動かせばどうにでもなる。
 どして、あの女に辟易しているのは俺だけじゃない。
 まずは生徒会の連中を巻き込み、そして、あの女を追い出す。
後はそうだな、特に問題はないだろうけど、それでも、あのクソ女が色々やらかしているからあの女と同列と見てくる奴が出てくるかもしれない。
 それはどうするか…。
 ………そもそも、あいつはこの学園に入学できるのか?
 何かその前提で話を進めていたけど…。
 どうやって。
 やばい、何も考えていなかった。
 でも、あのクソ女がいるのは色んな意味でやばいから、さっさと退場してもらう。
 問題はスピカだ。
 どうする、探すにしても情報がほとんどないぞ。

「困った。」

 もっと姉貴から情報を引き出せばよかったと、後悔が襲う。
 でも、姉貴はきっと教えてくれないだろう。
 それだけは分かる。

「どうする…。」

 天を仰ぐが、いい案など思い浮かばない。

「お、赤塚。」

 面倒ごとに巻き込まれそうな予感がひしひしと俺に襲い掛かる。

「なんでしょうか。」

 振り返ると担任の先生がそこにいた。

「よかったな、お前の許嫁無事に復学できそうで。」
「は?はー…。」

 一体何の事だろう。
 許婚?
 そんなものは存在しないんだかが…。
 また、姉貴がやらかしたか?

「それにしても、休学中なのに、進級テストを受けようとするだなんてな、まあ、合格すれば二年になるからな。一緒になれるといいな。」
「ええ…。」

 一体何の話だ?
 身に覚え何て……。
 否定しようとして、何かが引っかかる。
 そして、思い出した。
 そうだ、スピカの力が発揮されたあの時に、誤魔化した言い訳だ。
 そういや、うちのクラスにずっと空席があった。
 どうする、あの時は誤魔化したが、否定しないと面倒なことになる。
 分かっているのに、口が動かない。
 否定してはいけないと頭のどこかで警鐘を鳴らしている。

「そんじゃ、頑張れよ。」
「はい。」

 結局俺は否定する事をせず、逆に肯定してしまった。
 確実に自分の首を絞めているはずなのに、何故かそこまで切羽詰まった気がしない。

「……あー、急ぎ進級試験を受ける奴の顔を確認しないとな…。」

 資料はどこに行ったっけ?
 あー、部屋に持ち込んで、後で…って回してたっけ。
 部屋…、書類…、山…。

「あっ…。」

 姉貴がそういや、机のプリントって。
 色々あって別の物と思ってたけど、違っていたのか?

「あー、くそ…もっと分かりやすいヒントをくれりゃいいのに。」

 苦々しい。
 でも、今考えるのは姉貴への不満ではなく、スピカへと続く手がかりだ。
 姉貴がどこまで見通せているのかなんて知らない。
 知っているのなら教えて欲しかった、でも、そうしなかったのは何か理由があるかもしれないし、ただ単に俺をからかっているだけかもしれない。
 まあ、俺は後者だと思うけど。
 絶対にスピカに会って、ちゃんと言うんだ。
 あの時の気持ちは嘘だと。
 お前が大切なんだ。
 そして、好きなんだと伝えたい。
 俺ははやる気持ちを押さえないまま、寮へと向かう。
 途中色んな奴に声をかけられるが、俺は寮に忘れ物をしたので取りに帰るとそれだけを言って先を急いだ。
 いつもだったら特に何も思わない距離も、今日は嫌に遠く感じた。
 そして、自室にたどり着いた時には季節に見合わないほどの汗を掻いてしまっていた。

「確か…。」

 この辺にあったと思い、探してみたらクリアファイルに入った資料がすぐに見つかる。
 サッと目を通し、そして、彼女の顔写真を見た。

「あっ…。」

 水滴が紙に落ちる。

「スピカだ…。」

 会いたい。
 会いたい。
 写真の彼女はスピカだった。

『仙奈 彩実』

 それがスピカの本名だった。
 少しく緊張した面持ちはよく知った彼女の表情の一つだ。
 愛おしくて、愛おしくて。
 気づいたら涙が零れていた。
 濡らしたら不味い事は分かっているのに、それでも、涙は止まらないし、体は動かない。
 彼女がこの学校に来る。
 じわりと心が温かくなる。
 多分何処かで会えないかもしれないという気持ちがあった。
 だから、気持ち半分で挑んでいた。
 でも、もしこの進級視線に彼女が失敗しても一年としてこの学校に通う可能性が出てきた。
 だった、膿はどうする?
 簡単な話だ。
 処理をすればいいんだ。
 慈悲なんていらない、どうせ、向こうが望んだことなんだ。
 だったら、全力で祝福してやればいいよな。
 絶対にスピカに見せられないような笑みを浮かべている自信がある。
 でもいいや。
 ここには彼女はいない。

「……。」

 服で涙を拭う。

「さあ、やってやろうじゃねぇか。」

 まずはあいつらを片付けて、そうだ、スピカの見舞いに行ってもいいだろう。
 情報を見ればまだ入院中で、テストを受けに来るまでまだ期間があるからな。
 下手に家に帰られると会いにくいしな。
 そんな事を考えていると、まるで見ていたかのように電話が鳴った。

「……。」

 俺は嫌な予感をひしひしと感じながら、携帯を見れば案の定姉貴だった。

「もしもし。」
『もう、何で今なのよ、こっちだって忙しい時なのに。』
「は?」

 電話に出た瞬間に怒鳴られ、俺の口から素っ頓狂な声が出てしまうのは仕方のない事だろう。

『時間ないし、一発で覚えなさい。』
「……。」
『見舞いに行くな、しかるべき時期があるまで絶対に動くな。』
「……はぁ?」
『いい、もし、破ったら、あんた酷い目に遭うから。』
「……。」
『掃除も完ぺきにして、待たないとあんたの未来は生き地獄になるんだからね、いい、絶対に動かない事っ!』
「……。」
『返事はっ!』
「分かった。」
『よし、じゃ、絶対に動くなよ、愚弟っ!』

 一方的な命令に俺は呆然となる。
 そして、理解した瞬間怒りが燃えがある。

「あのクソ姉…。」

 あの姉貴がこんなに念を押すという事は本当によくない事態になるだろう。
 せっかく燃え上がった気持ちに水をかけられくすぶる。

「この怒り、あいつらに向けるしかねぇじゃねぇか。」

 俺は八つ当たりの如くあいつらを追い込むことを決めたのだった。
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