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第二部漆 怜の場合④

第2話 呼び名について

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 それから、約三十分後。

 まだまだぎこちないが、れいはメアリーに支えてもらいながらも……何とか、リンクの上を滑れるようになっていた。

 右、左、右……と、ゆっくりだが確実に滑っていくと、つるんと時々行きそうになるが、メアリーが支えてくれたお陰でなんとかなっている。

 なので、メアリーから裕司ゆうじにバトンタッチしようと彼の方に向かった。裕司は秀司しゅうじと話しながら滑っていた。実に起用だと思った。


「シュー、裕司くーん! 怜ちゃん、滑れるようになったよー?」

「「おー」」


 近づいてから、裕司は怜と。秀司はメアリーの手をそれぞれ握った。

 そこからは、何周かカップルとして周回していく。メアリー達は余裕だが、怜はまだまだ初心者なので裕司に支えてもらいながらゆっくりと周回する。


「やー……こりゃ大変だ」

「コツ掴んじゃえば、大丈夫大丈夫」

「まだまだだねぇ?」

「それだけ滑れれば十分」


 と、会話しながら滑れるのだから、メアリーの指導のおかげもあって、良好なのだろう。


「秀司君と何話してたの?」

「あー……呼び名」

「呼び名?」

「俺もだけど、怜やんの呼び方……結婚したら、どうすんだとか言われた」

「……おぉ」


 たしかに。

 交際を始めたあとでも、特に問題がないとずっと『こもやん』と呼んでしまっていた。

 時々……きちんとした場では『裕司君』と呼ぶこともあったが、それはほとんどない。

 だからこそ、呼ぶタイミングを逃していた。恥ずかしいこともあったのだが。


(……呼び捨て、とか無理無理!)


 ひとつ差とは言え、呼び名以外の部分では敬語は外せても、呼び捨てはなかなかに勇気がいる。別のあだ名を考えようにも、今の呼び名がしっくりしているのもあるが。

 かと言って、同棲の先……結婚にもし行き着いたら、怜も『小森』を名乗るだろう。夫婦別姓などは考えたくもない。


「まあ。ゆっくりでいいよ」


 考えていたことが顔に出ていたのか、軽く頭を撫でられた。

 いつもの、裕司らしい気遣いに胸がほっこりする。

 たしかに……結婚もだが、関係性の進展もゆっくりでいい。

 ゴールの通過点のひとつを過ぎたのだから、次もまた自分達のペースで進めばいいのだ。


「さーて、怜ちゃんが楽しみにしてたお汁粉食べに行こう!!」


 五、六周したところでメアリー達がこっちに来たので、怜はちょうど小腹が空いていたから嬉しさ倍増になった。


「お汁粉!!」


 体も冷えてきたので、温かいものは尚嬉しい。スケート靴は一旦ロッカーに入れることにして、食堂らしい場所へ向かうことになった。
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