上 下
85 / 204
座敷童子 弐

第1話 真穂と海峰斗①

しおりを挟む

 名古屋中区にあるさかえ駅から程近いところにあるにしき町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三きんさんとも呼ばれている夜の町。

 東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。

 そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。

 あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。

 小料理屋『楽庵らくあん』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。







 座敷童子の真穂まほには、現在住まいが二つある。

 錦の界隈のマンションが本拠地ではあるが、もうひとつは守護に憑くとこの春以降に決めた湖沼こぬま美兎みうと言う人間の女の自宅。

 彼女に憑く契約を成してからはあまり界隈の自宅に戻らずでいたが、昨夜は違った。

 諸事情で恋愛事には臆病になっていた、その美兎と……彼女が想いを寄せていた元獄卒であり、閻魔大王の補佐官の一端でもあった猫人の火坑かきょう

 その二人が、おそらく……いや、絶対想いを交わせて付き合う事になった。情事については、火坑が美兎を思って進めてはいずとも共寝くらいはしているはず。

 あやかしが人間と情交してしまうと、男であれ女であれ人間は不老長寿の肉体へと変化してしまうのだ。いにしえより、それは変わらず。血族とは言え、真穂の縁戚である季伯きはくはかなり座敷童子などの血が薄い。

 真穂の子ではなく、真穂の兄妹の子供の子孫だ。兄妹達と違い、人間のように老いた姿を彼は気に入っている。

 とにかく、火坑は美兎を気遣って情事までには及んでいないはずだ。でなければ、未だに真穂のスマホとかにLIMEでの通知が何もないわけがない。


「今日は土曜だしー? 二人っきりにさせてあげようかしら?」


 界隈だが、火坑がいるので多少真穂が離れていても問題はなかろう。なら、少しばかり遠出をしようかと決めた。

 ……人間界に。

 あやかしの姿ではなく、人間の年頃の女へと化けていく。

 会いたい相手がいたからだ。栄を少し抜けて、隣の矢場町やばちょうへと赴き。途中ナンパされかけたが全て無視。しつこい人間には、実力行使で股間を蹴り上げた事で黙らせた。


「……まったく、暇な奴らね?」


 その憂い顔を見られて、徒弟のように逆ナンみたく人間の女も群がられるが、これには適当にはけるようにと指示した。男にもだが、女を魅了する気はないのに、時々だがあやかしの美貌は邪魔だ。

 真穂には、ひとり相手して欲しい人間がいると言うのに。

 その相手に会いに行くべく、やっと辿り着いた時は少し息が上がってしまっていた。女達をはける理由を言うのが色々大変だったからだ。

 店の前で何度か深呼吸をしてから、真穂は扉の持ち手に手を伸ばす。


「こんにちは、湖沼・・さん?」
「いらっしゃい、さかきさん」


 美兎の面影が少しある、ひとりの人間の男。

 湖沼海峰斗みほと。美兎の兄であり、この店の若きスタイリストだ。そして、真穂にある日からカットモデルを頼んだ人間なのである。
しおりを挟む

処理中です...