名古屋錦町のあやかし料亭〜元あの世の獄卒猫の○○ごはん~

櫛田こころ

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第4話 美樹②

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 どう言うことかわからないのだろう。空木うつぎとて、いきなりこんなことを言われてしまっては意味がわからない。

 だが、事実なので畳に額を擦りつける勢いで土下座するしか出来ないでいた。


「すみません。重ねて申し上げますが……僕は人間ではありません。あなた方の呼称で言うなれば、妖怪……その類の者なのです!」
「え!? そんな風に見えないくらいお綺麗……ですけど??」
「それは、人化……人間のように化けているからなんです。僕の場合は妖怪でも然程変化はないのですが」


 その証拠を見せるために、空木は顔を上げて呪文であるしゅ美樹みきの前で姿を変えた。薄青の髪に金の瞳。その変化を見て、流石にほうけていた彼女も顔を上げて……何故か煌びやかなものを見たかのように顔を輝かせた。


「……綺麗」
「え?」


 空耳ではない、本心からの言葉。

 つい、さとりとしての能力が発動して彼女の表層意識を読み取ってしまう。口にした言葉と同じく、美樹の心情も空木を賞賛する思いでしかなかった。


(何故……でしょうか)


 空木も、何も身に纏っていない素肌の彼女を見て……不覚にも綺麗と思ってしまう。お互い、顔を見合わせて、眺め合う時間がわずかか、少し長いかわからなかったが。

 気づいたら、お互いに手を伸ばしてそれぞれの利き手を握り……すぐに指を絡めた。それが当然のように、当たり前だと……空木は気づいたら、美樹の身体を抱きしめていた。何も身につけていないので、柔らかい素肌に心臓の鼓動が、痛いくらい高鳴っていくのがわかる。

 事後の朝であるのに、初めて触れたかのように……触り心地がよくていつまでも触れていたい気持ちになった。情事など、あやかし同士ではした事があるし、別段初めてではないのに。この人間の娘と触れ合うのは、彼女らと違った。

 だから空木は、美樹の顔を上げさせる。その表情は相変わらず、空木を煌びやかなものを見るように輝いていた。顔を寄せれば、可憐な表情に変わり……目を閉じて空木の唇を受け入れてくれた。

 しばらく唇を交わした後に、空木は確かめるために美樹から少しだけ顔を離した。


「僕は人間ではないんですよ? そして……あなたは僕と情を交わしたことで、人間ではなくなった。なのに、僕を恨まないんですか?」
「……恨みません」


 今度は、穏やかな微笑みを美樹は空木に見せてくれた。


「なんとなく……ですけど。空木さんは人間離れしているんだなって。それに私……妾子なので、家にとってはいらない存在なんです」
「……しかし、お金は?」
「とりあえず、不自由がない程度にと父親から押し付けられたものです。そんなものを、あなたの演奏のために使ってすみません」
「いえ。それはいいんですが」


 人間ではなく、正体不明にも等しいあやかしを拒んでいるようには見えない。むしろ、受け入れてくれているのに、空木は戸惑いを隠せないでいたのだ。


「私の……心の潤いだったんです。あなたの演奏が……あなた自身が。だから……人間で無くなっても、ご迷惑でなければ……あなたのお側にいたいんです」
「……美樹さん」


 つまりは、酒を共にしたのもこの現状も。彼女にとっては願ってもいなかったのだろう。以前の空木なら何かしらの方法を取っただろうに……美樹から与えられた言葉は、どれもが己の琵琶を奏でた時と同じく、繊細で心の潤いを空木の心に染み渡らせてくれた。

 その想いに、答えはとうに出ていた。

 今度は唇ではなく、美樹の額に唇を寄せた。


「空木さん?」
「では、あなたを……大切にするとお約束します。そして……僕の妻になってくださいませんか?」
「え!?」
「あなたも人間ではなくなったんです。永遠とわの時間を共に生きるのであれば……それに、僕もあなたをを求めています」
「……嬉しい!」


 そうして、美樹はあやかしではないが人間ではなくなり……名古屋の界隈の一角で二人は夫婦としての生活を始めた。

 美樹のいた華族の屋敷では、失踪したことにして……二度と戻ることはなく。そこから大戦の戦火などを乗り越えて現在。空木達は、春日井かすがいと呼ばれる愛知県の界隈に二人で生活をしていた。

 子供や子孫は他の地域や各地に散らばり……時々便りをもらうなどと血は広まっていく。そのひとつ、湖沼こぬま美兎みうらは、空木の血が薄くとも霊力が高い血族となっていたのだ。
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