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第19話 蘇生薬は万能である

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「しかし!」
 アルトという青年が慌てたように叫んだのが聞こえて、俺は――いや俺もどこかの大天使が言った同じ台詞を口にした。
「怪我人は下がれと言っているんです!」
 一応、敬語だったが、多少乱暴な感じだったのは許して欲しい。

 魔物たちは俺たち三人を脅威と感じたのだろう。明らかな敵意をまき散らしながら、今にも飛び掛かろうと躰を低くさせ、じりじりとこちらに近づいてくる。

 ありがたいことに、短剣を投げ放ってもナイフホルダーには新しい短剣が復活するシステムらしい。そういや、サクラの拳銃も弾丸がなくなれば自動でリロードされる設定なんだとか。
 もう、敗北なんて言葉は俺たちには無縁じゃないだろうか。
「敵が人間じゃなければ、頑張れる気がする」
 俺の隣で、サクラが妙に格好つけたポーズでそう言っている。
「俺も俺も!」
 カオルが浮かれたようにそう頷いてから、ふと何かに気づいたように手を叩いた。「可愛らしさを演出するなら、『俺』って言うより『カオルも』って一人称を変えたらいいんじゃないかにゃ? あ、それともボクっ子か!?」
 ちょっと空元気っぽい雰囲気は漂うものの、辺りの凄惨さを忘れるには必要なことかもしれない。
 でも。
「果てしなくどうでもいい」
 俺は平坦な声でそう言ってから、一番躰が大きい狼に向けて地面を蹴った。
 サクラもカオルも、俺と同時に戦闘開始。それぞれが得意な必殺技、体技を駆使して、流れるような攻撃を繰り出していく。

 血の雨が降る、というのはこういうことだ。
 ただし、魔物の血は若干黒く、匂いも不快だ。そんなものを浴びたくなかった俺は、降り注ぐ血を避けながら新しい敵に向かう。
 俺たちを襲っていた魔物は、少しずつ減っていく。
「魔石ゲットにゃ!」
 と、カオルだけは死んだ魔物に必殺・猫パンチを食らわし、魔石を回収するのを忘れない。

 気づけば、大天使ミカエルも、その部下のアルトとやらもこの場から姿を消していた。どうやら俺たちの戦いぶりを見て、安心して逃げ出したのだと思われる。

 俺たちが殺した魔物は、地面へと倒れこんでいる。首を刎ねても、何故か蛇のような毛皮はしばらく蠢き続けていた。まるでその蛇は一匹一匹が意識を持っているかのように、必死に頭をもたげてこちらを威嚇する。
 それでも、魔物が死んで少し経つと、それも息絶える。
「逃げる蛇もいるみたいだ」
 俺が黒い蛇を見ながらそう呟くと、サクラも頷いた。
「多分、あれが魔女さんが言うところの穢れなんじゃない? 元々の魔物に憑りついているんだよ」
 そう言われてみれば納得で、よくよく観察してみれば、死んだ魔物からほんの少しだけ、黒い蛇が躰を切り離して地面の中へと潜り込んでいくのが見えた。

 この場の喧騒を聞きつけてか新しく魔物がこちらに姿を見せたが、それは狼そのものといった姿をしている。そして、地面の下から先ほどの黒い蛇が這い出てきたかと思えば、新しい魔物の足に喰らいついていくのだ。
 痛みに咆哮を上げつつ、蛇を振り払おうとするも――。
 結局、狼は黒い蛇を纏わりつかせた魔物へと変貌し、凶暴化して俺たちに襲い掛かってくる。
 なるほど、こういうことか、と俺は頷いた。
「倒せば倒すほど、あの蛇が減るんだな。そして、凶暴化する魔物が減る、と」
「多分ね。だから、敵は無限湧きじゃない。終わりが必ずあるってことだよ」
 サクラもどこか安堵したように言ってから、剣を一閃。
 心に余裕が出てきたせいか、「格好いいねえ」と茶化したように言葉を投げることもできた。

「よし、終わった!」
 死屍累々、魔物だった一部がそこら中に転がる中で、俺たちは安堵の息を吐く。
 もう蛇は地面の下から姿を見せず、さっきまでこの辺りを漂っていた厭な気配はすっかり消え失せている。
 とはいえ、血の匂いは酷いものだが。

「蘇生薬……」
 俺はここに来る前に見かけた死体を思い出し、眉根を寄せた。
 不当に奪われた命は助けたいが、結構時間が経ってしまった……だろうか。確か、一時間以内に使えば、って話だったはずだ。
 ――使いどころは気を付けろと言われたが。
 でも、なあ。

「それより、逃げたあの二人の方がヤバそうにゃ!」
 いつの間にか木の上に登ったカオルが、鋭く叫ぶ。
 え、と俺が顔を上げると、猫獣人は随分と遠い方向を見つめて顔を顰めていた。
「行こうか」
 サクラがそう言って走り出し、俺もそれに続く。頭上で木々が揺れているのは、カオルが木の枝をジャンプ台替わりにしているせいだ。

 耳を澄ますと、叫び声のようなものが聞こえてくる。
 また魔物が出てるのか。魔物は倒せば倒すほどコインがもらえるとはいえ、その過程で誰かが襲われて死んでしまうのは厭なものだ。

「……裏切るのか!」

 風に乗って、鋭い声が飛んでくる。
 そして、金属音。おそらく、剣が交わる音。

「お前たちは余所者だろうが!」
「どこのお貴族様か知らんが、大きな顔をするんじゃねえよ!」
「お前たちがまともに動けないから、仲間が死んだんだ!」

 悪意にひび割れた叫びと。

「身分など関係ないだろう! こちらは身を挺して戦った!」
「ギルドに報告します! そうすれば!」

 聞き覚えのありすぎる声が。

「お逃げください!」
「怪我人こそ下がれ……」

 そして、新たな悲鳴が上がる。
 この気配、魔物だ。

「……血の匂いに呼ばれたらしいぞ」
 俺は思わず、そう呟いた。小さくて誰にも聞こえないだろうと思ったが、サクラは聞き取ったらしい。
「怪我をして弱ってる相手を叩くのは、人間も魔物も同じ! 間に合わないよ!」
「先行くにゃ!」
 カオルがこれまでで一番の跳躍を見せ、まるで空を飛ぶようにして前方へ消える。
 俺も必殺技の空間移動を使う。しかし、昼間は弱体化している吸血鬼アバター、魔力消費が半端ない。ただ走っている時には感じなかった、貧血に似たような酩酊感が襲ってくる。
 それでも、とにかく必死だった。
 間に合え、間に合え、そう考えながら――。

 さっきの魔物とは違う、巨大なトカゲのような魔物。
 その魔物が現れた場所に到着したが、もうその場にいたはずの人間は蜘蛛の子を散らすように逃げてしまっている。
 怪我をして動きの鈍いアルトを庇ったのだろう、金髪の青年は魔物の巨大な前足で攻撃され、血を吐きながら剣を構えていた。
「ミカエル様!」
 アルトもまた剣を抜いて構えたが、そのすぐ目の前で金髪の身体がぐらりと傾いだ。
 とどめを刺そうと襲い掛かる魔物。
 その前に。

 カオルが上空から魔物に飛び掛かり、ナイフのように伸びた爪でトカゲの背中を切り裂く。その途端、トカゲの硬い鱗の合間から例の黒い蛇が湧き出てくる。カオルに反撃しようとその蛇が蠢いたが、そのカオルを助けるためにサクラも攻撃を始めていた。
 宙を踊るように舞うサクラの剣。
 さらに俺も続けて風の刃を飛ばす。
 瞬時に細かく切り刻まれていくオオトカゲ。瀕死のトカゲから逃げようとする黒い蛇も皆で切り裂く。
 そして、魔物の身体が地響きと共に地面に崩れ落ちたが――。
 ミカエルという青年もまた、完全に力尽きてその場に倒れこんでいたのだった。

「ミカエル様!」
 アルトが金髪の脇に跪き、必死に怪我の応急処置をしようとしていた。自分の足の怪我のことなど忘れたかのように、自分の服を剣で切り裂いてミカエルの腹へと当てている。
 見る見るうちに赤く濡れていく布の切れ端と、色を失っていく金髪の顔。医者でなくても解る。
 多分これ、致命傷ってやつだ。地面に広がった血の量が多すぎる。
「意識はあるか!?」
 彼らの傍に駆け寄ってそう叫んでも、金髪の目は開かない。呼吸すらしていないように思えた。まるで、人形のように。

 アイテムボックスの中を確認して、取り出した蘇生薬を彼の服の上から注ぐ。
 さらに、俺の横でサクラも自分のアイテムボックスから取り出した薬をアルトの足にかけた。アルトは自分にされていることなど全く気付いておらず、ただミカエルという青年だけを見つめている。そして、ぶつぶつと何か呟く。「……どう、陛下に謝罪すれば」とか、「死んで詫びなければ」とか――。

 しかし、俺の作った蘇生薬は万能である。
 引きずらなくてはいけなかったアルトの足の怪我もすっかり完治し、死んだかもしれないと思っていたミカエルの喉が僅かに上下して。
 はあ、と吐息がイケメンの口から漏れた。

「間に合った……」
 俺が肩を落として安堵と共に言葉を吐き出す。
 頭の中では、色々と言い訳をどうしようか考える。
 蘇生薬じゃなくて、怪我の治療薬って誤魔化せばいけるんじゃないか?
 大体、俺の薬のレシピに治療薬がないのがおかしい。畑のレベルを上げれば、そのうち作れるようになるんだろうか。そうすれば、こんなに悩むこともないのに。
 そんなことを色々考えている俺のすぐ傍で、致命傷の傷がすっかり塞がってしまったミカエルを見て、完全に思考が停止したと思われるアルトが口をぱくぱくと動かしている。

 そして、地面に倒れたままのイケメンは、何故か俺を見上げたまま言った。
「神の身許へ近づくことを、お許しください」

 いや、死んでないから!
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