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第18話 馬車を守れ

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「そっちの二人は色々強いから、応援だけしておくわね」
 クリスタはサクラとカオルにぞんざいな言葉を投げた後、さっさと自分のツリーハウスの中に消えてしまった。
 だから俺たちは、適当に森の中を進むことにしたのだった。まだ時間はたくさんあるのだし、せっかくだから魔物の数匹くらい倒しておきたいし、ついでにマップも広げておきたい。 

 しかし。

「お前たち、こっちの世界に馴染みすぎだろ!」
 俺は森の中を走りながら、そう叫ぶ。
 魔人と猫獣人は好き勝手に走り回り、木の実がどうの、動物がどうの、お気楽な会話をしている。そして、たまにいちゃつく。カオルはさりげなく抵抗しているものの、サクラが一方的に幼女に絡んでいる図は、おまわりさんこいつです! と言いたくなった。
 俺にだって危機感ってものはないと思うが、こいつら二人は俺の上をいく。
 マイペースにもほどがあるんじゃなかろうか。
「お兄ちゃんだって馴染んでるじゃん。っていうか、あんまり乱暴に走るとパンツ見えるよ」
「見せパンじゃねーのかな、これ」
「そういうところが駄目! 女の子なんだから、もうちょっと羞恥心ってものを持ちなよ!」
 俺がミニスカートをめくりあげて中を覗き込もうとすると、サクラから鋭い叱責が飛ぶ。別に見せたっていいだろ、減るもんじゃねえし。
 俺が不満を露にした表情をしていると、カオルが遠くで笑う気配が伝わってきた。
 カオルは相変わらず、その敏捷さを利用して色々な木の上に登り、遠くの景色を窺っている。そして、何かに気づいたような声を上げた。
「それより、結構近くに広い道みたいなのが見えるにゃ」
「にゃ、が定着したな、お前」
「可愛いだろ?」
「あー、はいはい。で、道はどこに続いてる? 他に村みたいなところが見えるか?」
「森の木が途切れてるのは見えるけど、それ以外は見えない。でも……」

 と、そこでカオルの言葉が途切れた。
 その理由は俺もサクラも言われなくても気づいた。
 何か、聞こえた。

 何かがぶつかるような、そして獣の遠吠えのようなもの。

「魔物が戦ってるに百円!」
 サクラが浮かれたように叫び、先に立って走り出す。一瞬反応が遅れただけだというのに、サクラの姿は俺たちの前から消えてしまう。
「……早いね……」
 カオルが呆気に取られたように呟いた後、俺のことを木の上から見下ろしてきた。「とりあえず、サクラちゃんを追う? 多分……」
「大人数だな、あっちは」
 俺は苦笑して、カオルと一緒にサクラの後を追った。
 正直なところ、積極的に関わろうとは思えなかった。
 というのも、俺もカオルも鋭い聴覚を持っていて、獣の鳴き声と共に人間たちの声らしきものが聞こえていたからだ。
 遠くても、気配で解る。
 人間側はかなりの大人数だ。おそらく、協力して魔物と戦っていると思われた。
 俺たちが行っても、邪魔になるだけじゃないかと考えたんだが。

「あれ、もしかしてヤバそう……にゃ」
 隣を走るカオルが不安げに言い、俺もそれに頷いた。

 時折、地鳴りが聞こえている。
 木々が揺れる音と、何か形容しがたいものがぶつかり合っている気配。
 人間の悲鳴も聞こえた。
 俺たちが走れば、それはあっという間に近づいてきて。
 サクラの背中を森の中で見つけた。

「……ねえ、お兄ちゃん」
 サクラが、その場に立ち止まったまま強張った声で言った。「ここって、現実の世界だって……いった?」
 サクラが見ているものを、俺たちも見た。
 森の中、地面に生えている雑草の上に、人間が倒れていた。若い男性なのだろう、茶色い革の胸当てと、地味な色合いの服装。右手には抜いた剣を握ったまま、捻じれたような体勢で天を見上げていた。
 その目は焦点が合っておらず、腹は何かに切り裂かれたようで血で真っ赤に染まっている。生きているはずがない。何故なら、破れたシャツの下は――。

「ごめん。わたし……」
 サクラが後ずさり、俺の後ろへと逃げる。
 解ってる。
 俺だって人間の死体を見たのはこれが初めてだ。ホラーのアクションゲームなんかでは見たことがあっても、血の匂いまで感じたことはなかった。
 そして、先に進めば目にするんだろうと思える光景が頭に浮かぶ。
 それは決して、平和なものじゃない。
「お前は下がってろ。俺とカオルで行ってくる」
 少し離れたところで聞こえる喧噪は、俺たちが考えていたほど楽観的なものではなかった。
 カオルも顔色をなくしていたが、俺の言葉に頷いた。
「多分、人間が魔物に襲われてる。助けなきゃ、こうしている間にも……」
「駄目、わたしも行く」
 サクラが慌てたように俺を見た。「一人にしないで」
 ――それも、そうか。
 俺はサクラの声に潜む不安を嗅ぎ取り、その腕を軽く叩いた。
「解った。俺たちから離れるなよ?」
「うん」
 俺たちはそこで、いつもより緊張したままハイタッチを決めた。

 近づけば近づくほど、血の匂いは強くなった。そして困ったことに、俺の心臓も――どこか狂い始めていた。
 血の匂い。
 魔物の血の匂いもする。
 でも、人間の血の方が――美味しそうだと俺の中の吸血鬼が囁く。
 理性を保つためには、長引かせては駄目だ。俺は一人でそんなことを考え、意識を集中させる。
 そして、気が付けば目の前で複数の人間が魔物と戦っていた。しかし、あっという間に生きている人間の数は減っていく。それと同時に、仲間が死ぬのを見て恐怖に駆られ、その場を逃げ出す人間の姿もあった。

「アルト! 馬車を守れ!」
 そう叫んでいたのは、二十歳もいっていなさそうな若い青年だった。痩身長躯の美丈夫。短めの金髪が風に揺れているが、その頬は怪我をしているようで、髪の毛まで飛び散った血が赤く濡らしていた。
 長剣をかざし、他の人間を庇うように立った彼はさらに叫ぶ。
「私たちの任務は護衛! それを忘れるな!」
「ミカエル様も一緒でなければ下がりません!」
 アルトと呼ばれた青年は黒髪に黒い瞳をしていて、金髪男と同じくらいの年齢だろう。金髪と同じようによく鍛えられた肉体を持っているが、足に深手を負っているようで動きは鈍かった。
「怪我人は下がれと言っているんだ! これは命令だ!」
 彼ら二人以外の人間は、皆散り散りになって逃げていっている。この場に残れば魔物に殺されると解っているからだろう。
 そしてミカエルという金髪は、その場に残って囮になることを選んだようだった。
 それは、美しき自己犠牲。
 それをさせないようにしている黒髪。おそらく、金髪の部下。
「ミカエル様の命令を聞けるほど、大人しい性格じゃないので!」
 そう怪我人は笑うが、明らかに無謀でもあった。

 彼らが戦っているのは、狼を巨大化させたような魔物の群れだった。これもまた、蛇のような毛皮を持ち、息を吐くだけでその場の空気を黒く染めていくような悍ましい気配を持っていた。

 俺たちは辺りを見回し、瞬時に状況を確認する。
 どうやら、近くを馬車らしきものが逃げていっているようだ。小石を跳ね上げながら、ガラガラという音が微かに聞こえてくる。
 その馬車らしきものの周りには、護衛のためらしい人間が複数。
 そして、この場に残されているのは護衛の一部の人間、ということか。

 俺はカオルとサクラにだけ聞こえるように、小さく囁く。
「ここは、俺が手本を見せてやろう。お前たちは見学な」
 できるだけお気楽に聞こえるように俺はそう笑った後、地面を蹴って宙を舞い、彼らと魔物の間に割り込んだ。
 闘技場の戦闘と同じだ。
 そう、同じ。
 大丈夫、やれる。
 落ち着いて戦え。

 俺は背後に人間の困惑の声を聴きつつ、巨大な狼を見上げて笑った。
「こんにちは」
 そう、できるだけ何でもないことのように言ってから、闘技場でポーズを取るかのように胸を張って見せる。弱みを見せたら駄目だと直感で解っているからだ。
 そして、左足に付けているナイフホルダーから短剣を抜き、一番近くにいる狼に向けて投げつける。それはあっさりと狼の目に突き刺さり、魔物は苦悶の唸り声を上げた。
 それと同時に、他の狼たちが俺に襲い掛かってきた。

 しかし。

 吸血鬼アバターにはガチャでゲットした優秀な必殺技が色々とセットしてあるのだ。多分、この事実にこれほど安心したことはない。
 空気の刃を作り、それを魔物に放つだけで魔物の首や足が刎ね飛ばされる。
 宙を舞い踊る血は、とても――美しいと感じた。

「逃げてくれにゃ!」
 俺が戦っている間、カオルが素早く怪我人たちに近寄り、逃げるよう促してくれていた。唐突に降ってわいたような俺たちに驚き、言葉を失っていた彼らだったが、我に返ったように何か叫んでいる。
 君たちは誰だとか、私たちも戦うとか、色々な言葉が飛んでいたようだったが――。

「馬車を守れって言ってた?」
 そうサクラが真剣な声を発した。「ここはわたしたちに任せて、馬車とやらを守ってきてくれるかな?」
 そう言ったサクラの声は、先ほどまで感じていただろう恐怖を完全にどこかに押しやったのか、とても静かに響いていた。
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