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第47話 俺、無理かもしんない

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 目を開けたらマチルダ・シティの自分の部屋だった。ベッドに横たわり、見覚えのある天井を見るという現状。
 身体を起こしたけれど、少しの違和感を覚えて自分の手を見つめると、まるで幽霊のように透けていた。
「え?」
 驚いて目を見開くと、メッセージウィンドウが開いた。
『肉体再構築中・完全復活まで残り五十九分』
 何だ、これ。
 肉体再構築中、というのは……もしかしたら、身体を丸ごと吹っ飛ばしたのがいけなかったんだろうか。それとも、死に戻りしたら毎回こうなるんだろうか。謎だ。
 それはともかく、サクラたちも心配しているだろうし、吹っ飛ばした場所のことも気になるし早く戻らねば――と思ってベッドから降りたものの、何故か部屋の外に出られない。どうやら完全復活とやらをしなければ、マチルダ・シティどころか自分のホームすら出られないようだ。ガッデム。

「はあ? 何一人で突っ走ってんの?」
 ペナルティ時間ともいえる一時間をシティで過ごした後、まっすぐ宿に戻ってサクラとカオルと再会した。宿の部屋の中で何があったのかと心配して俺を待っていたらしい二人に、魔物もどきの男とやりあった話から死に戻りまでを説明したら、サクラの目が吊り上がった。
「大体、お兄ちゃんって昔っからそう! 勝手に自分で判断して勝手に色々やってさ! わたしたちだって助けたいんだからね!? っていうか、一歩間違ったら危なかったよね!?」
「あー、でもまあ……」
 俺は必死に弁解の言葉を探す。「嘘をついたわけじゃないし? 俺一人の方が動きやすかったのは本当だからな? それに、今回はお前たちが一緒にいたらちょっとヤバかったかもしれない。敵はこっちの力を封じて、監禁した可能性だって」
「だから!」
 何で解んないかな、とサクラは乱暴に頭を掻き、怒りの眼差しと指を俺に向ける。「その万が一のことがあった場合、お兄ちゃん一人だったらどうやって逃げ出せたの、ってことだよ! わたしたちが一緒に行動していれば、誰か一人でも自由に動けたら魔術師によって封印だか監禁だかされても助けにいけるんだよ? 何のために三人でこの世界にいるの? 助け合いができないなんて納得いかないよ!」
「そうだよ、アキラ」
 カオルも今回ばかりはサクラに同意見のようで、鋭い目つきを俺に向けていた。「このまま、アキラと二度と会えなくなったらと考えるとさ……怖くない? サクラちゃんはアキラの妹なんだよ。心配するのが当然」

 ……そうか。
 俺は心臓を何かで掴まれた気がした。
 目の前の二人は本気で俺のことを心配してくれている。俺もこの二人に何かあったら厭だから、今回は一人で行動した。それも全部、彼らに危険が及ばないように――という俺の考えだったが。
 彼らのためじゃなくて俺のためだったな、と思い当たった。
 どうせ危険な場面にぶち当たるなら自分一人の方が気楽だ、という理由。

 逆にどうだろう。
 もし、サクラやカオルが俺に危険があるからと一人で敵と戦っていたら。
 それを後で知ったら、どう考えるだろう。俺を信頼できないのか、と怒りを感じなかっただろうか。悲しくならなかっただろうか。
 そう考えてしまえば、明らかに今回は俺の手落ちなのだ。

「ごめん。次はちゃんと相談してから動く」
 そこで、俺は居住まいを正して二人に頭を下げる。悪かったと自覚して反省しているなら、ちゃんとそれを伝えねば。そう思いながらサクラを見つめれば、それが伝わったのかサクラの双眸に浮かんだ険が和らいだ。
「次からはちゃんと言って」
「おう」
「解った?」
「解った」

 そして、俺はサクラにもう一度頭を下げる。
 そう、俺が吹っ飛ばした場所、助けた人たちのこと。きっと、あのプロレスラーのおっさんは応援を呼んだだろう。そして、あの惨状を見たはずだ。

 で、最終的に俺が何が言いたいかと言えば。
 吹っ飛ばしてしまった建物の屋根の修繕費を払う金がない。すみません、本当にすみません。土下座で許してもらえるならいくらでもするけれど、きっと無理だろう。
 さらに、下手に名乗り出て俺たちが普通の人間ではないということがバレるのも困る。あの後どうなったのか知りたいのも確かだけれど、もうこれは逃げるしかないという状況なのだ。
 しかし――。
 俺のゴスロリファッションは、この世界においてめちゃくちゃ目立つから、あのおっさんは俺を見たら絶対に『おまわりさんこいつです』状態になると思う。そう、見つかったらアウト。

「変装?」
 サクラが首を傾げたが、すぐに納得してくれたようで。
「ああ。それに、今回の敵……というか、あの魔術師が俺を犯すだのなんだの言ってたのが怖い。もうちょっと地味な格好になりたいんだ。お前のセンスで、いい感じの服を買ってきてくれないか? 俺、平凡になりたい」
「見た目からして、お兄ちゃんが平凡になるのは無理でしょ。でもまあ、買ってくる」
 サクラは呆れたように俺を見たし、カオルも目を細めて『何言ってんだこいつ』みたいな表情をする。まあ、見た目は美少女だから目立たないというのは無理……なんだろうか。

 サクラが部屋を出ていくのを見送って、ベッドの上に転がるとカオルももう一つのベッドに腰を下ろした気配がした。
「身の危険とか自覚薄そうだもんな、アキラは。ある意味、今回の件で意識してくれてほっとしたよ」
 カオルのその言葉に、俺は身体をひねって顔を向ける。
「上手く危険から逃げてきたから、そうなのかもなー」
 と、他人事のように返しながら、そういうお前はどうなんだと言いたくなる。っていうか、サクラとの関係が気になっていたことを思い出した。話を俺のことから逸らすのにちょうどいい話題である。
「で、お前は妹とどこまでいった。俺の前でも何か態度が変だし、とうとう恋人同士になったのか」
 そう直球で訊くと、カオルがベッドの上にごろごろと転がって悶える。その苦悶の表情から、決定的なところまでは行きついていないらしいと解る。
 カオルはそのまましばらくベッドの上で転がった後、ゆっくりと身体を起こしてこちらに向き直った。
「……正直に言うけどさ」
「うん」
「俺、サクラちゃんのこと、好きだよ」
「おー」
「でもさ、ちょっと不安もあるんだ」

 ずっと三人で仲良くやってきたから、恋人同士になるのは怖いんだとカオルは言う。友人関係なら、このままずっと平穏に暮らしていける。でも、恋人同士になったら……色々変わってしまう。だから、日本にいる時は意識して考えないようにしていたんだと言う。
 一度男女の関係となってしまえば、壊れてしまうものが絶対にあるから、と。

 まあ、解る気はする。
 でも、そこまで悩むことだろうか。
 だって、好き合っているなら別に俺は反対しないし。
 男と女としてちょっと付き合ったとして、何か違うなと思ったら別れればいい。長い付き合いだし、よっぽど変な別れ方をしなければ普通の友人関係に戻れるんじゃないだろうか。そこまで不安に感じることだろうか?

「いや、ほら。俺がサクラちゃんのことを意識したのは、結構前からでさ。男として彼女のことが好きだったわけ」
「うん」
「でもさ、今は違うじゃん。俺が女でサクラちゃんが男みたいな立場になっててさ。だからなんだろうけど、サクラちゃんがどんどん……男らしく攻めてくるんだよ」
「……うん、だろうな」
 あいつ、変態だし。カオルのことは気に入っているというか、意識しているというか、惚れている可能性あるから……。
 そりゃ、ノリノリで攻めるだろう。
「でさ」
 カオルの幼い顔立ちが、一気に赤く染まる。やべえ、猫幼女可愛い。尻尾がぐにぐに揺れるのも可愛い。
「守ってあげる、とか。色々……言われるわけだ。その、可愛いとか。食べちゃいたいとか」
「さすがの変態」
「俺、俺、無理かもしんない!」
 そこで、いきなりカオルがジャンプして俺の身体の上にのしかかる。小さいから重くないけど、さすがに見た目幼女が上に乗ってくると俺の心臓も暴れる。これで中身が男でなければ完璧なんだが。
 そして、カオルは泣きそうな顔で、上気した頬と潤んだ大きな目を俺に見せてくる。女の子にしか見えん!
「二人きりになると、こういうことされる! 胸を揉まれたり!」
「って言いながら俺の揉まないで」
「猫耳を甘噛みされたり! キスされたり!」
「キスは却下ー!」
 幼女の顔をがっしり掴んで遠ざける俺。中身が男同士でキスとか何の罰ゲームだ!
 しかしカオルは俺の上に跨った状態で、逃げようとしている俺なんかどうでもいいと言いたげに、両手で自分の頭を抱えて大声で叫ぶのだ。
「あんなでかいの、絶対入んないしー!!」
「何の話だ!」
「ち〇こだよ、ち〇こ!」
「幼女が放送禁止用語叫ぶな!」
「マジでかいんだよ! 本当、絶対無理だから! あんなでかいの、入んないから! サクラちゃんは慣れれば大丈夫だと思うって言うけど、絶対大丈夫じゃないし!」
「あの変態……」
 確かにサクラが裸族状態になった時、ちょっと見てしまった。うん、その時は特に意識しなかったけれど……アレが起き上がったらヤバいだろうなと今になって思う。
「女の子って、皆、こんなに不安になるもんなの!? マジ、エロ漫画みたいに壊れちゃうとか叫びそうになるもんなの!? でも絶対、無、理、だからー!」
「落ち着け! 落ち着いて話そう!」
「俺はどうしたらいい、アキラ! サクラちゃんは好きだけど、心の準備どころか身体の準備はどうしたらいい!?」

 うおお、と頭を抱えたまま悶えるカオルは、切実な悩みを抱えているようだけれども。
 全力で関わりたくない。下手に関わってサクラに恨まれたくないし、それ以上に理解したくない!

「アキラだって明日は我が身なんだからな! 一緒に苦しめ! 悩め! あの王子様に口説かれろ!」
「縁起でもないこと言うなー!」

 そんなことを言い合ってベッドの上でごちゃごちゃやっていると、サクラが荷物を抱えてドアを開けて俺たちを見た。
 そして開口一番、こう言うわけだ。
「何、わたしに黙って勝手に百合百合してんの!? スクショ機能がないって言うの、これで何回目だと思ってんの!?」

 この変態! お前は黙ってろ!
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