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第25話 幕間3 シェルト
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――長い夢を見ていた。
「すまない、シェルト。今までありがとう」
我が主、フェルディナント様の声が遠くに聞こえる。
目を開いているのか閉じているのか解らない暗闇の中で、私にとって唯一の存在であるフェルディナント様の声は道しるべのようなものだ。その声がする方へ向かえばいい。そこに主がいる。
「世界を救うために私は消滅するというが、別にそれはどうでもいいことだ。シルフィアが共に消滅するということは、ある意味、幸福なことなのだ」
――ああ、これはフェルディナント様の最期の記憶だ。
「我々二人がこの世界に魔力となって溶け合うこと。もう二度と離れずに済むこと。それこそが私が望んでいたことなのかもしれない。だから、お前は気にしなくていい。お前に『悲しい』という感情があるのかどうか解らないが、それでもあえて言うなら私の死を悲しまなくてもいい。そういうことだ」
悲しいという感情は解らない。いつだって私の意識は冷えていた。私の中心には仕えるべきフェルディナント様がいて、それで充分だった。怒りだとか悲しみだとか、人間ならば持つであろう感情も、私には必要ない。
私の存在意義は確固としたものとしてここにあるからだ。
「だからシェルト、お前はいつかこの世界に新しい黒竜が生まれたとしたら、私の時と変わらず忠誠を誓って欲しい。真面目なお前のことだから、きっと新しい黒竜とも上手くいく。お前だから任せられる」
それがあなた様の命令ならば。
従わなくてはならない。
他の何を犠牲にしたとしても。
そして私は長い年月を超えて目を開ける。いや、瞼などないのだから目を開けたのではなくて意識の覚醒だ。
意識がこの世界に戻ってきて初めて見たものは、自分の白骨化した腕だった。神殿の形を保てなくなった洞窟の中で、わたしは起き上がる力もほとんどないまましばらく風の音を聞いていた。
そんな中、僅かな物音がする。
「……うー」
誰かの――幼い呻き声だ。必死に上半身を起こそうとして何度も失敗しながら、ゆっくりとその声の方に顔を向けると、小さな赤子がごつごつした地面の上に倒れていた。赤子のすぐ傍には祭壇があり、割れた卵の殻が散らばっている。
黒竜神の復活。生誕。
「フェルディナント様?」
辛うじて絞り出した声は掠れていた。それでも、目の前にいる赤子から魔力が発せられていて、自分の身体にも伝わってくると意識ももっとはっきりする。身体を動かすのが楽になり、何とか立ち上がることができた。
「またお会いできて光栄です、フェルディナント様」
私が彼の前まで歩いていき、そっと跪いてその小さな身体を見下ろす。白い肌に黒い髪、頭部に生えた小さな二本の角。
「……あー、おまえ、だれ?」
赤子はうつ伏せに倒れていたが、すぐに身体を横に回転させて仰向けになると、私を見上げて顔を顰めた。舌足らずな発音と、以前の――凛とした成体のフェルディナント様とは全然違う、幼さが目立つ。肉体的な幼さではなく、その瞳の中に浮かぶ精神的な年齢だ。
「……おれ、なにをしてんの? ここ、どこ?」
新しいフェルディナント様はその形の良い目だけで辺りを見回し、じたばたと手足を動かした。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけだが、『違う』という意識が頭の奥に芽生えた。
理性でそれを押し殺したものの、私の記憶にあるフェルディナント様と違いすぎて受け入れがたい事実は間違いなかった。
「俺、なんて言葉は似合いません。私、とどうかおっしゃってください」
「あ? わたし、なんてにあわないと思うけど」
「……フェルディナント様、何か記憶はありますか? 覚えていることは?」
そう訊くと、赤子は苦し気にその可愛らしい顔を歪ませた。そして結局、力なく首を横に振った。
「わからない」
「そうですか。でもご安心ください。私が全てこれからのことをお教えします。あなた様はこの世界の神であり、強大な力を持つ存在です。私があなた様の手足となり、動きましょう」
復活されたばかりのフェルディナント様の身体は、まだ未熟だった。
神殿の中には竜の心臓を実らせる神木があったが、食させるにはまだその果実は小さい。一度その実をもいでしまえば、新しい竜の心臓が果実となるまで時間がかかる。食べるならせめて、もう少し大きく育ってからではないといけない。
私は自分の肉体の復活は後回しにして、フェルディナント様の生活が豊かになるよう、神殿の中を構築し始めた。
フェルディナント様の寝室、風呂や洗面所、書庫。
赤子の姿のフェルディナント様の行動範囲は狭い。しばらくの間は書庫から持ち出した本を読んでもらっていたが――。
「おれ、そとを見たい」
退屈したのか、ソファの上で彼は不満げに言う。眉間に皺を寄せ、苛立ちをソファを手で叩くことで示す彼。やはり、黒竜神としては未熟だ。
「今はまだお待ちください。何もせず休んでいれば、フェルディナント様の身体の成長も早まります。早く成体になって、半身の白竜神とお会いになってください」
「はくりゅう……なに?」
怪訝そうに私を見つめるフェルディナント様の目は無邪気とも言えた。
少しだけ、苦々しい思いが胸の中に芽生える。
本当に『子供』なのだ、この方は。それでも忠誠は誓わねばならないが――。
私は昔も抱いたことのない複雑な思いを胸に芽生えさせつつも、冷静さを装った。そして、彼にこの世界のこと、黒竜神様と白竜神様のこと、年に一度の逢瀬のことなど説明をした。
フェルディナンド様はつまらなさそうにそれを聞き、黙り込んでしまった。
何もしないまま日は過ぎた。
神殿の外では幾度太陽が上がり、落ちたのか。
フェルディナンド様も私も少しずつ魔力が復活してきている。フェルディナント様の短かった髪の毛があっという間に伸び、少しだけ身長も伸びた。人間で言うところの年齢は解らないが、それでも外に出るには幼すぎる。
フェルディナンド様の成長を優先して魔力を温存しているため、神殿はまだ洞窟といった様相から抜け出せない。それでも、フェルディナント様はそれを気にした様子はなく、ただ読書をしていたが。
「おれの半身とかいう女の子は、元気なのか?」
ふと、ソファに横になって本を読んでいたフェルディナント様が小さく訊いてきた。
「……おそらくは」
私は何の根拠もなくそう言うが、実際のところ、白竜神様なら何事もなく過ごしているだろう。おそらく、彼女の傍には私と同じ守護者が控えているだろうからだ。きっとこちら側と同じように、過保護に守られている。
――尊敬できる存在だろうか。
僅かに不安という感情を覚えた。これは初めての感情かもしれない。奇妙な居心地の悪さが伴う。
「様子を見ることはできないのか?」
ソファに起き上がり、興味津々といった瞳が私に向けられると、少しだけ――いやかなりの焦燥感に駆られた。私の魂に刻まれた、主の命令を聞くようにという思いだ。
「空間を歪めることになりますが、少しだけならお見せできると思います」
そう言って私は小さなフェルディナント様を腕に抱き、神殿の中を移動する。神木の傍にある池を媒介にすれば、おそらく南の竜の神殿の内部を映し出すことも可能だろう。
そして、魔法を使って池の中に映像を映し出す。今の私には魔力の消費が激しすぎて眩暈すら覚えるが、それでもフェルディナント様のためなら、と胸の中が熱くなった気がした。
「……可愛い」
フェルディナント様の声に熱がこもった。
池に映し出された映像は、まだ幼い――とはいえ、フェルディナント様より少し成長した姿の白竜神様だ。白い薄絹のような服を身に纏い、楽しそうに何か話をしている。白竜神様――シルフィア様の傍にいる守護者もまた、とても楽しそうに何か言葉を返しているようだった。声は聞こえないが、それでも二人の親密さが伝わってくるような平和な空気は感じられた。
「この子が俺の恋人になるんだ?」
私の腕の中で、フェルディナント様が池の方へ小さな手を伸ばす。決して触れられない距離にいる、幼い女の子へと。
「いつになったら会える? いつになったら話せる?」
その問いの返事は少し悩んでしまう。
いつかはお互いが本当の魔力を取り戻し、成長した姿で会うことも可能だろう。
私はふと、池の傍らに葉を生い茂らせる神木に目をやった。すると、以前よりもずっと大きく育った竜の心臓が葉の間に見えた。これなら充分だろうか。フェルディナント様が強大な魔力を得るために。
「失礼します」
私はそこで、神木から果実をもいで彼の手の中に落とした。怪訝そうに受け取った木の実を見下ろし、首を傾げる彼に私はそれを食べるように促す。そして、それを口にした幼子は一気に身体の成長を速めた。
「すっげえ」
口の悪いところが玉に瑕と言うべきだろうか、フェルディナント様は驚いたように両手でその顔を撫でている。背中の中央まで伸びた黒い髪の毛は美しく、しなやかに伸びた手足も人間のものとは違う光沢を放つ。頭に生えている角も長さを増して、彼の身体から放たれる魔力が一気に増大したことにより、私へと伝わる魔力も増えた。
ただ、まだ成体と呼ぶには若い。
もう少し、果実が熟すのを待った方がよかったかもしれないが仕方ない。
「人間で言うところの、十代半ばって感じかなあ」
フェルディナント様は地面に足を下ろし、池を覗き込んだ。もうそこにはシルフィア様の姿はなく、普通の水しかない。しかし、鏡のようにフェルディナント様の整った顔立ちを映していて、それを見た彼は嬉しそうに笑った。
「これなら、あの子も気に入ってくれるかな。俺のこと、好きになってくれるかなあ」
きらきらとした瞳を私に向けた彼は、乱暴に髪の毛を掻き上げた。魅力的な笑顔ではあるけれど――。
「それよりまず、服を作りましょうか」
私がフェルディナント様の身体を見下ろし、ずっと裸だったままの彼にそう言うと、さらに彼は笑みを強めて力強く拳を握ってポーズを取る。男らしさを見せたつもりなのだろうが、それほど筋肉質ではない彼のことだ、あまり迫力はなかった。
私が魔法を使って彼に似合う黒い服を作成すると、それを意気揚々と着こんだ彼は私の顔を覗き込んで見上げてくる。
「なあ、頼みがあるんだけど」
「何でしょうか、我が主様」
「あの子が可愛いから不安なんだ。悪い虫がついたらヤバいだろ?」
「悪い虫……」
「あれだけ可愛いと、変な男が言い寄るかもしれない。それを防いで欲しいんだけど」
さすがに、白竜神様に言い寄る人間などいないだろう。万が一彼女に目を付ける人間がいたとしても、彼女の守護者がそれを防ぐのが目に見えるようだ。
「かしこまりました。魔力に余力がある限り、努力いたします」
私はそう言って静かに頭を下げる。
フェルディナント様の姿形は昔と同じまま、しかし魂の形は違う。それが解っていても彼は私の主である。だから、彼が望むなら私はそれを叶えるしかないのだ。
「すまない、シェルト。今までありがとう」
我が主、フェルディナント様の声が遠くに聞こえる。
目を開いているのか閉じているのか解らない暗闇の中で、私にとって唯一の存在であるフェルディナント様の声は道しるべのようなものだ。その声がする方へ向かえばいい。そこに主がいる。
「世界を救うために私は消滅するというが、別にそれはどうでもいいことだ。シルフィアが共に消滅するということは、ある意味、幸福なことなのだ」
――ああ、これはフェルディナント様の最期の記憶だ。
「我々二人がこの世界に魔力となって溶け合うこと。もう二度と離れずに済むこと。それこそが私が望んでいたことなのかもしれない。だから、お前は気にしなくていい。お前に『悲しい』という感情があるのかどうか解らないが、それでもあえて言うなら私の死を悲しまなくてもいい。そういうことだ」
悲しいという感情は解らない。いつだって私の意識は冷えていた。私の中心には仕えるべきフェルディナント様がいて、それで充分だった。怒りだとか悲しみだとか、人間ならば持つであろう感情も、私には必要ない。
私の存在意義は確固としたものとしてここにあるからだ。
「だからシェルト、お前はいつかこの世界に新しい黒竜が生まれたとしたら、私の時と変わらず忠誠を誓って欲しい。真面目なお前のことだから、きっと新しい黒竜とも上手くいく。お前だから任せられる」
それがあなた様の命令ならば。
従わなくてはならない。
他の何を犠牲にしたとしても。
そして私は長い年月を超えて目を開ける。いや、瞼などないのだから目を開けたのではなくて意識の覚醒だ。
意識がこの世界に戻ってきて初めて見たものは、自分の白骨化した腕だった。神殿の形を保てなくなった洞窟の中で、わたしは起き上がる力もほとんどないまましばらく風の音を聞いていた。
そんな中、僅かな物音がする。
「……うー」
誰かの――幼い呻き声だ。必死に上半身を起こそうとして何度も失敗しながら、ゆっくりとその声の方に顔を向けると、小さな赤子がごつごつした地面の上に倒れていた。赤子のすぐ傍には祭壇があり、割れた卵の殻が散らばっている。
黒竜神の復活。生誕。
「フェルディナント様?」
辛うじて絞り出した声は掠れていた。それでも、目の前にいる赤子から魔力が発せられていて、自分の身体にも伝わってくると意識ももっとはっきりする。身体を動かすのが楽になり、何とか立ち上がることができた。
「またお会いできて光栄です、フェルディナント様」
私が彼の前まで歩いていき、そっと跪いてその小さな身体を見下ろす。白い肌に黒い髪、頭部に生えた小さな二本の角。
「……あー、おまえ、だれ?」
赤子はうつ伏せに倒れていたが、すぐに身体を横に回転させて仰向けになると、私を見上げて顔を顰めた。舌足らずな発音と、以前の――凛とした成体のフェルディナント様とは全然違う、幼さが目立つ。肉体的な幼さではなく、その瞳の中に浮かぶ精神的な年齢だ。
「……おれ、なにをしてんの? ここ、どこ?」
新しいフェルディナント様はその形の良い目だけで辺りを見回し、じたばたと手足を動かした。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけだが、『違う』という意識が頭の奥に芽生えた。
理性でそれを押し殺したものの、私の記憶にあるフェルディナント様と違いすぎて受け入れがたい事実は間違いなかった。
「俺、なんて言葉は似合いません。私、とどうかおっしゃってください」
「あ? わたし、なんてにあわないと思うけど」
「……フェルディナント様、何か記憶はありますか? 覚えていることは?」
そう訊くと、赤子は苦し気にその可愛らしい顔を歪ませた。そして結局、力なく首を横に振った。
「わからない」
「そうですか。でもご安心ください。私が全てこれからのことをお教えします。あなた様はこの世界の神であり、強大な力を持つ存在です。私があなた様の手足となり、動きましょう」
復活されたばかりのフェルディナント様の身体は、まだ未熟だった。
神殿の中には竜の心臓を実らせる神木があったが、食させるにはまだその果実は小さい。一度その実をもいでしまえば、新しい竜の心臓が果実となるまで時間がかかる。食べるならせめて、もう少し大きく育ってからではないといけない。
私は自分の肉体の復活は後回しにして、フェルディナント様の生活が豊かになるよう、神殿の中を構築し始めた。
フェルディナント様の寝室、風呂や洗面所、書庫。
赤子の姿のフェルディナント様の行動範囲は狭い。しばらくの間は書庫から持ち出した本を読んでもらっていたが――。
「おれ、そとを見たい」
退屈したのか、ソファの上で彼は不満げに言う。眉間に皺を寄せ、苛立ちをソファを手で叩くことで示す彼。やはり、黒竜神としては未熟だ。
「今はまだお待ちください。何もせず休んでいれば、フェルディナント様の身体の成長も早まります。早く成体になって、半身の白竜神とお会いになってください」
「はくりゅう……なに?」
怪訝そうに私を見つめるフェルディナント様の目は無邪気とも言えた。
少しだけ、苦々しい思いが胸の中に芽生える。
本当に『子供』なのだ、この方は。それでも忠誠は誓わねばならないが――。
私は昔も抱いたことのない複雑な思いを胸に芽生えさせつつも、冷静さを装った。そして、彼にこの世界のこと、黒竜神様と白竜神様のこと、年に一度の逢瀬のことなど説明をした。
フェルディナンド様はつまらなさそうにそれを聞き、黙り込んでしまった。
何もしないまま日は過ぎた。
神殿の外では幾度太陽が上がり、落ちたのか。
フェルディナンド様も私も少しずつ魔力が復活してきている。フェルディナント様の短かった髪の毛があっという間に伸び、少しだけ身長も伸びた。人間で言うところの年齢は解らないが、それでも外に出るには幼すぎる。
フェルディナンド様の成長を優先して魔力を温存しているため、神殿はまだ洞窟といった様相から抜け出せない。それでも、フェルディナント様はそれを気にした様子はなく、ただ読書をしていたが。
「おれの半身とかいう女の子は、元気なのか?」
ふと、ソファに横になって本を読んでいたフェルディナント様が小さく訊いてきた。
「……おそらくは」
私は何の根拠もなくそう言うが、実際のところ、白竜神様なら何事もなく過ごしているだろう。おそらく、彼女の傍には私と同じ守護者が控えているだろうからだ。きっとこちら側と同じように、過保護に守られている。
――尊敬できる存在だろうか。
僅かに不安という感情を覚えた。これは初めての感情かもしれない。奇妙な居心地の悪さが伴う。
「様子を見ることはできないのか?」
ソファに起き上がり、興味津々といった瞳が私に向けられると、少しだけ――いやかなりの焦燥感に駆られた。私の魂に刻まれた、主の命令を聞くようにという思いだ。
「空間を歪めることになりますが、少しだけならお見せできると思います」
そう言って私は小さなフェルディナント様を腕に抱き、神殿の中を移動する。神木の傍にある池を媒介にすれば、おそらく南の竜の神殿の内部を映し出すことも可能だろう。
そして、魔法を使って池の中に映像を映し出す。今の私には魔力の消費が激しすぎて眩暈すら覚えるが、それでもフェルディナント様のためなら、と胸の中が熱くなった気がした。
「……可愛い」
フェルディナント様の声に熱がこもった。
池に映し出された映像は、まだ幼い――とはいえ、フェルディナント様より少し成長した姿の白竜神様だ。白い薄絹のような服を身に纏い、楽しそうに何か話をしている。白竜神様――シルフィア様の傍にいる守護者もまた、とても楽しそうに何か言葉を返しているようだった。声は聞こえないが、それでも二人の親密さが伝わってくるような平和な空気は感じられた。
「この子が俺の恋人になるんだ?」
私の腕の中で、フェルディナント様が池の方へ小さな手を伸ばす。決して触れられない距離にいる、幼い女の子へと。
「いつになったら会える? いつになったら話せる?」
その問いの返事は少し悩んでしまう。
いつかはお互いが本当の魔力を取り戻し、成長した姿で会うことも可能だろう。
私はふと、池の傍らに葉を生い茂らせる神木に目をやった。すると、以前よりもずっと大きく育った竜の心臓が葉の間に見えた。これなら充分だろうか。フェルディナント様が強大な魔力を得るために。
「失礼します」
私はそこで、神木から果実をもいで彼の手の中に落とした。怪訝そうに受け取った木の実を見下ろし、首を傾げる彼に私はそれを食べるように促す。そして、それを口にした幼子は一気に身体の成長を速めた。
「すっげえ」
口の悪いところが玉に瑕と言うべきだろうか、フェルディナント様は驚いたように両手でその顔を撫でている。背中の中央まで伸びた黒い髪の毛は美しく、しなやかに伸びた手足も人間のものとは違う光沢を放つ。頭に生えている角も長さを増して、彼の身体から放たれる魔力が一気に増大したことにより、私へと伝わる魔力も増えた。
ただ、まだ成体と呼ぶには若い。
もう少し、果実が熟すのを待った方がよかったかもしれないが仕方ない。
「人間で言うところの、十代半ばって感じかなあ」
フェルディナント様は地面に足を下ろし、池を覗き込んだ。もうそこにはシルフィア様の姿はなく、普通の水しかない。しかし、鏡のようにフェルディナント様の整った顔立ちを映していて、それを見た彼は嬉しそうに笑った。
「これなら、あの子も気に入ってくれるかな。俺のこと、好きになってくれるかなあ」
きらきらとした瞳を私に向けた彼は、乱暴に髪の毛を掻き上げた。魅力的な笑顔ではあるけれど――。
「それよりまず、服を作りましょうか」
私がフェルディナント様の身体を見下ろし、ずっと裸だったままの彼にそう言うと、さらに彼は笑みを強めて力強く拳を握ってポーズを取る。男らしさを見せたつもりなのだろうが、それほど筋肉質ではない彼のことだ、あまり迫力はなかった。
私が魔法を使って彼に似合う黒い服を作成すると、それを意気揚々と着こんだ彼は私の顔を覗き込んで見上げてくる。
「なあ、頼みがあるんだけど」
「何でしょうか、我が主様」
「あの子が可愛いから不安なんだ。悪い虫がついたらヤバいだろ?」
「悪い虫……」
「あれだけ可愛いと、変な男が言い寄るかもしれない。それを防いで欲しいんだけど」
さすがに、白竜神様に言い寄る人間などいないだろう。万が一彼女に目を付ける人間がいたとしても、彼女の守護者がそれを防ぐのが目に見えるようだ。
「かしこまりました。魔力に余力がある限り、努力いたします」
私はそう言って静かに頭を下げる。
フェルディナント様の姿形は昔と同じまま、しかし魂の形は違う。それが解っていても彼は私の主である。だから、彼が望むなら私はそれを叶えるしかないのだ。
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