夢見る竜神様の好きなもの

こま猫

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第42話 クラヴィス? チェンバロ?

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「あなた、その格好は何!? それに、今日は学園に行かなかったんですってね!?」
 エディットの前まで足早にやってきた女性は、目を吊り上げて怒りに満ちた声で言う。
 エディットと同じ黒い髪の毛は後頭部で綺麗に結い上げられていて、お化粧もばっちり、細身の体に似合うすっきりしたデザインの紺色のドレス。ただ、多少痩せすぎかな、という頬のこけ方をしていて、怒っていると余計に彼女の神経質さが露になっている。
「だってそれは」
 エディットが何か言いかけるのをその女性――おそらくエディットの母親が遮り、額に手を置いて嘆く。
「何であなたはいつもそうなの? せっかく入れた学園なのよ? お金だってたくさん払ってるし、それを無駄にするなんて何を考えているの?」
「でも」
「いいから! 明日は必ず行きなさい!」

 エディットは唇を噛んで沈黙し、エリクも召使らしき男性も何も言うことはできない。完全にエディットが静かになってしまったことに満足したのか、そこでその女性はわたしたちの存在に気づいたらしい。怪訝そうに我々の顔を見回した後、すっとその黒い瞳に冷ややかな光が灯った。
「どちら様でしょうか」
「ええと……」
 わたしが口を開く前に、エディットが慌てて一歩前に出る。
「わたしのお客様なの! ほら、お父様のお仕事に役に立ちそうっていうか」
「あのね、エディット……」
「見てよ、この美少女!」
 急にエディットがわたしの腕を取り、強張った微笑を浮かべる。「仕立屋の広告塔にでもなってくれそうな美少女でしょ!? それにこの人たち、凄い商品を持ってきてるのよ!?」

 ……うん。
 アコーディオンが何なのか、エディットも解ってなさそうな感じがするけど、適当に笑っておこう。
 っていうか、仕立屋の広告塔? わたしが?

 こそっと視線をヴェロニカに向けると、完全に困惑してしまった彼女の横顔がある。かといって、甲冑で顔を隠しているマルガリータに顔を向けても、そっちも何を考えているのか解らないし。

「付き合う相手は選びなさい。あなたは自分が今、貴族だってこと忘れているわ」
 冷えた瞳がまたエディットに向けられ、明確な拒絶の感情が駄々洩れになる。そんな母親の様子を見て、さらにエディットの顔色は悪くなった。
「とにかく、商会の仕事のことはお父様に任せておきなさい。あなたは他にやるべきことがあるでしょう」
 彼女はそう言い残すと、近くにいた召使の男性に一言二言言い残して踵を返した。お屋敷の中に向かう彼女の背中を見ただけでも、苛立ちが伝わってくるような感じがした。
「……ごめんなさい」
 エディットが小さくそう言って、視線を地面に落とす。そんな彼女の弱々しい姿に、どこか既視感を覚えてわたしは彼女の背中を軽く撫でるしかなかった。

「これがあなた方の売り物ですか?」
 気分を変えるように、底抜けの明るさを装ったエリクは今までで一番の笑顔を浮かべてそう言った。
 彼は荷馬車を厩舎の傍にある建物にとめさせ、手綱から解放した馬には牧草をやり、荷台にあったアコーディオンを下ろしてくれた。そして、興味津々といった様子で楽器とわたしたちを交互に見る。
 でも、やっぱり彼の表情が沈んでいるのは隠せない。
 だからわたしも彼の気分を引き上げるように気遣いながら、明るく応える。
「そう! これ、わたしの住んでいたところで流行っていた楽器というか!」

 ――まあ、流行ってはいなかったけど誰もが知っている楽器だ。
 そう心の中で呟きながら、この世界に似たようなものがないことを祈る。

 エディットは少し離れた場所で肩を落としていたけれど、そんな会話を耳にして少しだけ興味を持ったらしい。
「楽器なの?」
 そう言いながらこちらに歩み寄った彼女。
 せっかくだからと、わたしは非売品のキラキラ輝くアコーディオンを担いでちょっと音を出して見せる。和音を奏でるボタンと、メロディを奏でる鍵盤。ヴェロニカが歌ってくれたメロディを思い出して弾いていると、途端にエディットが目を輝かせた。
「その歌知ってるわ! 街で流行ってるっていうやつでしょ? お祭りとかでよく歌われるって聞いたわ!」
 そうなの?
 と、わたしがヴェロニカを見るとこくこくと頷いて見せる彼女。
「やっぱり、そういう音楽が好き! やっぱりわたし、堅苦しいのは嫌いなのよ!」
「でも、淑女の嗜みらしいですよ?」
 エリクが眉根を寄せつつ口を挟む。「せっかくいいクラヴィスがあるのだから、練習しないともったいないです」
「うー……」

 ――クラヴィスって何ぞや?

「ほら、前にわたしが見せたやつですよ」
 わたしが首を傾げていると、そうマルガリータが耳元で囁いてくる。クラヴィスという名前の楽器は、わたしが以前マルガリータに教えてもらったチェンバロもどきのことらしい。
 なるほど、後で機会があったら見せてもらおう。ついでに許されるならちょっと弾かせてもらおう。
 まるでそんな考えを読んだかのように、エリクがわたしたちに顔を向けて微笑んだ。
「夕食まで少し時間がありますから、クラヴィスをご覧になりますか?」
「え、いいの?」
 とわたしは浮かれて返事をしたけれど、ふと『夕食』の単語を聞いてお弁当の残りのことを思い出した。
 そういや、まだ唐揚げとか残ってた!
 ここが自分の家ならアレンジをして夕ご飯にするのに……とか考えてしまう。唐揚げだったら、ちょっと甘辛いソースで絡めて唐揚げ丼にするのに。千切りキャベツとマヨネーズも添えて。
 米?
 最悪、魔力で作れば問題なしである!

 一度そんなことを考えてしまうと、どうしてもやりたくなってしまって。
 後で台所を貸してもらえないだろうかと悪だくみをしたわたしなのだった。

「変なところを見せてしまってごめんなさい」
 お屋敷の中に入ってすぐに、目の前を歩いているエディットが気まずそうに言った。玄関を入って一番最初に目に入るのは、大きなホール、お高そうな絨毯が敷かれた床。映画とかでしか見たことのない、二階へと続く広い階段。
「あれがわたしの母親なの。わたしが生まれたばかりの頃は、ただの平民だったのにね。何だかあっという間に男爵って爵位に呑み込まれてしまってあんな感じ」
「お嬢様」
 わたしたちの背後からアコーディオンを抱えてついてくるエリクが、すかさずそれを諫めようとする。
「エリクだってね、わたしのことをお嬢様とか呼ぶようになってしまってね。昔は普通にエディットと呼び捨てだったのに」
「それは、立場が違いますから」
「ああ、そーよね」
 軽い舌打ちが響く。

 わたしたちは彼女に促されるまま、どこもかしこもお金のかかっていそうな感じの廊下を歩いて二階へと上がる。
 そうやって通された広い部屋は、いわゆる練習室なのだろう。落ち着いた内装の部屋の中央に、チェンバロ――クラヴィスという楽器が置かれていたのだった。
「わお」
 わたしは思わずクラヴィスに歩み寄り、あらゆる方向からぐるぐると見て回る。木目が美しいクラヴィスとやらには、色々なところに細かい彫刻が彫られている。いかにも芸術品っていう見た目だから、売ったらものすごく高価なはず。
「わおわお」
 そんな奇声を上げつつ、やっぱりペダルはついていないな、と楽器の足元を覗き込む。
 つまり、特定の音を伸ばしたりなんだりってのはできない。でも、それ以外は――鍵盤の造りとかはピアノと全く同じだ。蓋を上げればピアノ線らしきものも張ってあるし、棒で蓋を支えるのも同じ。
 しかし、鍵盤は完全にむき出しで蓋はついていないから、埃とかは天敵だろうと思った。掃除が大変そう。
 鍵盤は触った感じ、象牙とかそういった感触だ。色も少しだけ黄色いし。
 うーむ、鍵盤クリーナーとか売り出したらめっちゃ儲かるかなあ?

「弾いてみて?」
 エディットが何とも気さくにそう言ってくれるから、わたしは遠慮なく椅子に座って鍵盤に手を置いた。いつもと同じ、簡単に弾ける練習曲の後に、全力で弾く『エリーゼのために』である。やっぱりちょっと、音の強弱をつけるのが難しいし、少しだけ音が甲高い感じがするのが欠点か。
 でも、繊細な音であるのも確かだ。うん、こういうの嫌いじゃないよ、わたし。
 せっかくだから、演奏中は魔力も込めた。この街にやってきて、初めての『白竜神』としてのお仕事である。
 上手く弾けて満足し、椅子から降りた瞬間に気づく。
 ぽかんと口を開けたままのエディットと、困惑して固まっているエリク。
「え? どうしたの?」
 わたしが首を傾げると、エディットは我に返ったように手を叩いた。
「やだ、あなた、めちゃくちゃ上手い!」
「え」

 またまた、ご冗談を!
 わたし程度の腕はそこら中に転がってる感じだからね? 素人に毛が生えたようなもんよ?
 わたしは手をぱたぱた振りつつ苦笑したけれど、どうから彼女たちは本気でそう思ったらしい。

「ねえ、ちょっと教えて! わたし、めちゃくちゃ苦手なのよ、クラヴィスが! 学園でも来月に試験があるんだけど、絶対無理だと思ってあきらめてたの!」
「え? え? いや、でも、教えるのと弾くのは別というか……」
 がしっと両手を握り込んできたエディットに、わたしは何とか逃げようと言葉を探したのだが。
「教えてくれるなら、あなたたちが持ってきた商品、責任を持って売ってあげるから!」
「よし乗ったぁ!」

 わたしは短絡的である。
 すぐ後ろでマルガリータが「ぶふ」と吹き出していて、ヴェロニカは相変わらず困惑している。悩んだら負けなんだよ、ヴェロニカさん。悩みすぎるとハゲるんだよ、ヴェロニカさん。
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