夢見る竜神様の好きなもの

こま猫

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第47話 幕間10 エディット

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 どこから持ってきたのか解らないけれど、シルフィアはたくさんの楽譜を用意してくれていた。
 最初、楽譜を開いたときに読めない字があったのに困惑したけれど、女剣士マルガリータが「翻訳!」とか言いながら変なポーズを取り、魔法を使ってくれたようだ。そのため、全て読めるようになったのにも驚く。
 しかし、怪しい動きをするマルガリータのことを、シルフィアもヴェロニカも何か達観したような――悟りを開いたような?――奇妙な表情で見守っていたのも面白い。
 シルフィアは沈みがちなわたしの気分を察したのか、「まずはどんな子供でも大好き、この曲から!」と言いながら、『猫ふんじゃった』とかいう曲名がひ酷すぎるものを教えてくれた。
 曲名は酷いけど、これは確かにどんな子供でも弾けそうな、シンプルで楽しい曲。
 そして、指の練習になる楽譜や練習曲の載っているものを提示してくれて、わたしはその代わりに学園で使っている教科書や楽譜を彼女に渡した。楽譜と言っても、シルフィアが用意してくれたようなしっかりした本じゃなくて、大きな紙に書かれたもの。
「音楽記号がちょっと読めない」
 シルフィアが眉を顰めつつわたしの楽譜を覗き込んだものの、すぐにマルガリータが『奇妙なポーズを取りつつ』魔法を使う。すると、シルフィアが拍手をしながら喜んでくれる。
 そして、シルフィアは「初見は苦手」とかぶつぶつ言いながら楽譜と向かい合い、クラヴィスを弾き始めたのだ。
 ――っていうか、初めて見ただけでそれだけ弾けるって凄い。

「凄い魔法使いなんですよ」
 いつの間にか練習室にエリクがお茶の入ったカップを運んできてくれていて、まるでわたしの心に芽生えた疑問を読み取ったかのようにそう囁いてくる。「街で演奏中に気づいたんですが、あのマルガリータ様という方はどんな魔法でも使えるみたいです」
「え、でも」
「そうですよね。今は力のある魔法使いなんてほとんどいません」

 エリクが僅かに首を傾げたが、わたしだって彼と似たような疑問と困惑を抱いた。
 この世界には、魔術師と魔法使いという二種類の能力者がいる。
 遥か昔、大地に存在する魔力や魔素が強い時代があったという。その頃は、精霊の力さえ取り込んで力を放つ魔法使いが立場が上だった。呪文など詠唱しなくても魔術師よりも無限に力を放つことができたから。
 でも今は違う。
 大地からは魔素が失われ、魔力もほとんど存在しない。精霊を見ることのできる人間はほとんどいなくなったし――もしかしたら精霊自体が消えてしまったのかもしれない。
 だから、魔法使いはその権力と立場を失ったのだ。
 代わりに上に立ったのが魔術師。

 魔術師というのは、自分の身体の中に存在する魔力を魔術式と呼ばれる呪文を使って力を放つ存在だ。だから、大地から魔力を得る必要もないし、精霊の加護などなくてもいい。魔力さえあれば魔術師になれるのだ。
 そして何故か、魔力を多く持つとされている人間は貴族が多い。
 平民だって魔術師になれる力を持つ人間はたくさんいる。だが、たくさんいるのに、貴族出身の魔術師には絶対に強さでは敵わない。結局は魔力量の差が問題なのだ。

 だから、平民が出自の魔術師は軽視される傾向にある。魔力が弱いから、貴族以下の存在だから、と。
 そして、何の力も持たない平民はそれ以上に――。

「でも彼女たちは、街の中央で後から後から魔法を使ってくれまして。その、あのヴェロニカ様という方も……どうやら『普通』ではありませんよ?」
「どういうこと?」
 エリクが声を顰めたまま、内緒話のように耳元で話してくれるのがくすぐったいけれど嬉しい。意識して難しい顔をして問い返すけれど、心の中はざわざわしている。
「実は、シルフィア様がアコーディオンを演奏した時に、マルガリータ様が客寄せだと言って花火を上げたり派手なことをしてくれたんです。それがとんでもなく素晴らしい花火でして。そして、人々が興味を持って集まってきたところで、ヴェロニカ様が歌ったんですが、流行歌だけじゃなかったんですよ」
「ん? どういう意味?」
「俺は聴いたことがないから確実に『そうだ』とは言えませんが、きっとあれ、神歌か何かです」

 ――神歌?

「だって、ヴェロニカ様が歌った後から、近くにあった植木とかが目に見えて育ったんですよ。ずっとならなかったらしい果実も実ったとか聞きました。あんなの、普通の人間にはできません」
「神歌ってあれよね? 聖女様が歌えるってやつ……」
「はい」
 エリクは目をキラキラさせながら頷いて、口元をさらに緩ませた。「それで、集まってきた人たちの中で、少しだけ魔法が使えるっていう女性がいたんですけど。その人、彼女たちが歌って見せてから、大地に魔力が満ちていくのが解るって言っていて」
「何それ。それが本当なら」
「凄いですよね?」
 どんどん彼のその声に熱がこもっていくのが解る。
 そして、どうして彼がこんなにも興奮しているのかもわたしは理解できた気がしたのだ。

「ヴェロニカ様の歌を聴いていたら、その魔法使いの女性が……自分の力も大きくなったみたいだ、と」
「え?」
「それに俺も、何だかおかしいんです。以前よりずっと身体が軽いし、頭の回転も速くなった気がします」
 わたしはただエリクの顔を見つめる。
 凄く近い位置だ。いつもだったら、わたしがぐいぐい彼に迫って、エリクが逃げていくというのが常だったけれど今回は違う。違いすぎる。
 エリクはまるで幼かった頃――気の置けない友人同士だった昔に戻ったかのように、わたしの手を取って明るく笑うのだ。
「その後、彼女たちはアコーディオンのことを聞かれて他の人たちに説明をしていたんですが、あれは特別な力を持つ楽器なんだと言うんです」
「特別?」
「不思議な力を宿していて、あれで曲を弾くと大地に力を与える、と。そしておそらくそれは事実です。俺もそれを実感しました。だから絶対に売れると思ったし、いや、それ以上に、俺」
「え、エリク?」
「もしかしたら、平民の魔術師であろうと、平民の魔法使いであろうと、今まで以上の力を出せるんじゃないかと思って。そうすれば、平民の地位だって上がると思うんです。努力すれば上に行けるって……そんな可能性があると思ったら、その」

 ――え?

 わたしは少しだけ首を傾げて見せた。
 わたしの手を握るエリクの指先が、さらに力が込められたのを感じる。それが奇妙なまでに、わたしの心を揺さぶった。

「俺は魔法も魔術も使えませんが。それでも、もしかしたら……これからはもう少し、努力すれば報われるんじゃないかと思ったんです。今までは諦めてました。貴族と平民では、どうやっても隔たりがあるから、と」
「隔たり……」
「お嬢様はそう思いませんか? 俺たちの関係は、昔と今では大きく変わってしまいました。俺が貴族であったなら、と何度も思いました。だって、どんなに俺が商会の仕事を頑張ったとしても、その成果には限界があったから。でももしも、これから平民の地位が上がったら? 高く評価されるような世界になったら?」

 思わず、彼の手を握り返す自分の手に力がこもる。
 彼の顔がさらに近づいて、まるで額まで突き合わせるような状態になったけれど、わたしは逃げようとはしなかった。

「不思議なんです。シルフィア様たちの演奏を聴いていたら、目の前の光景が変わるような感覚というか。世界が変わるような、考え方がまるっきり最初から覆されたかのような、変な気分になって。俺、正直な自分の気持ちをお嬢様に……いや、エディットに言いたくなったんだ」
「エリク」

 何が起こってるのか解らない。
 いつも距離を保ってわたしに接していたエリクの心情に、何か劇的な変化があったのは間違いない。
 そしてそれが、もの凄く嬉しいってことも事実なのだ。
 わたしの耳にはエリクの声しか届かない。
 まるで夢の中にいるかのように、ふわふわした感覚。

「俺、頑張るから。この屋敷の中だけじゃなく、商会での仕事で結果を出して見せる。お前の両親に認めてもらえるくらい、頑張ってみるから。でもそれでも、もしもエディットがこの家を出たいって言うなら、俺も一緒に行く。絶対にお前の力になる。だから、もしも許されるなら……俺のことを異性として頼って欲しいと……その」
 みるみるうちにエリクの声が小さくなる。
 唐突に我に返ったかのように、とんでもないことを口にしたと自覚したらしい。彼が慌ててその手を引こうとした瞬間だ。

 急に、派手な曲と共に頭上に何かキラキラしたものが降り注いだ。光の粒なのか、紙吹雪なのか、それとも別のものなのか。
 はっとして辺りを見回すと、マルガリータが凄く近い位置で身体をくねらせながら何か魔法を使っていた。
「これぞ神の祝福!」
 とか言いながら、彼女は笑い声を上げる。
「響け、結婚行進曲!」
 そして派手な音楽はもちろん、シルフィアの白い指先から奏でられている。もの凄く嬉しそうに、演奏に没頭するかのように身体を揺らしながら。
「はー、何だか……春が来た感じでしょうか」
 クラヴィスの隣に立ったままだったヴェロニカは、素で驚いているように口を開けたまま、わたしたちを見ていて。

「ちょ、ちょっと、えええええ!?」
 わたしはそう叫びながら、恥ずかしい光景を全部見られていたと知って見悶えたのだった。
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