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臨終録01:神田 リカ
神田 リカ:01
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昼下がりの渋谷スクランブル交差点を眺めながらリカは思う。
いつもは学校で授業を受けている真っ昼間の時間帯だというのに、視界を埋め尽くす程の人々がそれぞれの理由でこの交差点を横切る。
同じようにこの世界には自分が知らない人間が星の数ほど存在し、星の数の理由を以って生活を営んでいる。
「あーあ、絶望しかないわ。」
ぼそりと呟いた声に、すれ違ったサラリーマンの男性がリカの方を振り向いたが、それは無視をした。
余りにも競争率の高い世界、どう足掻いても自分なんて底辺を這いずり回る未来しか見えない。
きっと若い内に碌でもない男と結婚して、何となく子供を二三人産んで、大した贅沢も出来ない慎ましい生活を送るんだろう。
だというのに自分でロクに動けなくなるくらい耄碌するまで長生きとかするのだ。
リカにはこれはどうしようもない運命、いや決定事項のように思えていた。
勉強も対して出来ず、その時さえ楽しければ良い、決して賢いとは言えない人間ではあるが、自分が特別ではないということだけは自覚していた。
そしてもうひとつ自覚していることがあった。
女子高生という限られた三年間は無敵であることを。
若さ、自由さ、頭の悪さの前にはどんなことでも怖くない。
やがて訪れるこの「無敵」の終了に備えて、貴重な日々を慎ましやかに送るなんて馬鹿げている。
貴重だからこそ、好き勝手に生きるべきなのだ。
学校に行きたくない時は行かなくても良い。
遊ぶお金が無ければ、少しばかりイケないことをして、お金を持っている「おじさん」たちからお小遣いを貰えばいい。
こんな事ができるのは、今だけだということを重々承知しながら、リカは一時の快楽に日々身を委ねていた。
昨日の小遣い稼ぎで懐が暖かくなっていたリカは、新しい春服を買うべく駅にほど近いショッピングモールへ向かった。
円筒状の建物の玄関を抜け、高校指定の鞄を肩に掛けながら入口正面のエレベータで上の階へ昇る。
先日ブランドショップを訪れた際には、財布の中身が足りなくて泣く泣く諦めた新作の革ブーツ。
今の財政状況であれば、ブーツを買っても余計に服を二三着買える程度の余裕はある。
そう思うと顔がニヤけるのを止められない。
リカは周囲の人に見られて変に思われないよう、鞄を持っていない方の手で軽く顔を隠した。
足元に感じていたエスカレータの慣性と、雑音としか言いようのないビル内の喧騒は消え失せた。
変わりにあるのは硬い地面の感覚と、風に揺れて擦れる木々たちの葉の音だけ。
周囲にあるのは人工的に作られた建築物ではなく、かつて小学生の頃に遠足で訪れたような山奥の景色。
リカは突然の状況に、たっぷり一分以上の間呆然とその場に立ち尽くしていた。
「…いつの間に2階をリニューアルしたのかしら、ははっ」
テレビ、どっきり、白昼夢、バーチャルリアリティ?
いくつもあり得なさそうな理由を考えてみたが、エスカレータを昇っている状況で起こり得ることではなかった。
もっと納得行く説明がつくとしたら、それは最もあり得なさそうな出来事、つまり怪奇現象だ。
これはもしかしたらエスカレータの先に異次元へつながる穴が空いていて、自分は今どこか遠くの場所へワープしたということしか考えられない。
とてもではないが、肌に感じる風や、周囲に広がる鬱蒼とした木々の存在感、そしてむせ返る程の土臭さは、夢まぼろしだとは思えない。
テレビと言えばバラエティかドラマ、雑誌といえばファッション誌しか読まないため、そういった怪奇現象は詳しくない。
ゴールデンの時間帯にやっていた特番を何となくつけて何となく眺めている程度の興味と知識。
積極的にそれらの情報を取り入れたことはない。
しかし取り入れていたとて、今この状況に役立ったとは思えない。
怪奇現象は誰にも解明出来ていないからこそ、怪奇現象であるのだから。
結局の所、この状況を解決するには自分で考えて行動するしかない。
リカはたっぷりと茫然自失を体全身、頭の隅々まで染み渡らせると、徐々にこの異質な状況を受け入れていった。
いくら否定した所で何かが変わるとは思えない。
リカは馬鹿ではあるが、阿呆ではないと自負している。
勉強は出来ないが、その時々で起こりうる突発的な出来事への対処には優れている方だと思っていた。
それは遅刻のいい訳であったり、お金と下心を持っていそうなおじさんの誘い文句であったり、面倒なとき友人の誘いを断る言葉であったり。
突き詰めればこの怪奇現象であっても同じ事だ。
落ち着いてあたりを見回す。
相変わらず木々は茂っており遠くを眺めることは出来ない。
しかし地面は一方向へ緩やかな傾斜を持っている。
ここは平地の森ではなく、山肌に広がる森である。
つまりは坂を下っていけば必ず森を抜けることが可能だ。
どこか遠くで獣の遠吠えが聞こえた。
「とりあえずこの森を抜けなきゃ…獣の餌になんて絶対になってやるもんか」
いつもは学校で授業を受けている真っ昼間の時間帯だというのに、視界を埋め尽くす程の人々がそれぞれの理由でこの交差点を横切る。
同じようにこの世界には自分が知らない人間が星の数ほど存在し、星の数の理由を以って生活を営んでいる。
「あーあ、絶望しかないわ。」
ぼそりと呟いた声に、すれ違ったサラリーマンの男性がリカの方を振り向いたが、それは無視をした。
余りにも競争率の高い世界、どう足掻いても自分なんて底辺を這いずり回る未来しか見えない。
きっと若い内に碌でもない男と結婚して、何となく子供を二三人産んで、大した贅沢も出来ない慎ましい生活を送るんだろう。
だというのに自分でロクに動けなくなるくらい耄碌するまで長生きとかするのだ。
リカにはこれはどうしようもない運命、いや決定事項のように思えていた。
勉強も対して出来ず、その時さえ楽しければ良い、決して賢いとは言えない人間ではあるが、自分が特別ではないということだけは自覚していた。
そしてもうひとつ自覚していることがあった。
女子高生という限られた三年間は無敵であることを。
若さ、自由さ、頭の悪さの前にはどんなことでも怖くない。
やがて訪れるこの「無敵」の終了に備えて、貴重な日々を慎ましやかに送るなんて馬鹿げている。
貴重だからこそ、好き勝手に生きるべきなのだ。
学校に行きたくない時は行かなくても良い。
遊ぶお金が無ければ、少しばかりイケないことをして、お金を持っている「おじさん」たちからお小遣いを貰えばいい。
こんな事ができるのは、今だけだということを重々承知しながら、リカは一時の快楽に日々身を委ねていた。
昨日の小遣い稼ぎで懐が暖かくなっていたリカは、新しい春服を買うべく駅にほど近いショッピングモールへ向かった。
円筒状の建物の玄関を抜け、高校指定の鞄を肩に掛けながら入口正面のエレベータで上の階へ昇る。
先日ブランドショップを訪れた際には、財布の中身が足りなくて泣く泣く諦めた新作の革ブーツ。
今の財政状況であれば、ブーツを買っても余計に服を二三着買える程度の余裕はある。
そう思うと顔がニヤけるのを止められない。
リカは周囲の人に見られて変に思われないよう、鞄を持っていない方の手で軽く顔を隠した。
足元に感じていたエスカレータの慣性と、雑音としか言いようのないビル内の喧騒は消え失せた。
変わりにあるのは硬い地面の感覚と、風に揺れて擦れる木々たちの葉の音だけ。
周囲にあるのは人工的に作られた建築物ではなく、かつて小学生の頃に遠足で訪れたような山奥の景色。
リカは突然の状況に、たっぷり一分以上の間呆然とその場に立ち尽くしていた。
「…いつの間に2階をリニューアルしたのかしら、ははっ」
テレビ、どっきり、白昼夢、バーチャルリアリティ?
いくつもあり得なさそうな理由を考えてみたが、エスカレータを昇っている状況で起こり得ることではなかった。
もっと納得行く説明がつくとしたら、それは最もあり得なさそうな出来事、つまり怪奇現象だ。
これはもしかしたらエスカレータの先に異次元へつながる穴が空いていて、自分は今どこか遠くの場所へワープしたということしか考えられない。
とてもではないが、肌に感じる風や、周囲に広がる鬱蒼とした木々の存在感、そしてむせ返る程の土臭さは、夢まぼろしだとは思えない。
テレビと言えばバラエティかドラマ、雑誌といえばファッション誌しか読まないため、そういった怪奇現象は詳しくない。
ゴールデンの時間帯にやっていた特番を何となくつけて何となく眺めている程度の興味と知識。
積極的にそれらの情報を取り入れたことはない。
しかし取り入れていたとて、今この状況に役立ったとは思えない。
怪奇現象は誰にも解明出来ていないからこそ、怪奇現象であるのだから。
結局の所、この状況を解決するには自分で考えて行動するしかない。
リカはたっぷりと茫然自失を体全身、頭の隅々まで染み渡らせると、徐々にこの異質な状況を受け入れていった。
いくら否定した所で何かが変わるとは思えない。
リカは馬鹿ではあるが、阿呆ではないと自負している。
勉強は出来ないが、その時々で起こりうる突発的な出来事への対処には優れている方だと思っていた。
それは遅刻のいい訳であったり、お金と下心を持っていそうなおじさんの誘い文句であったり、面倒なとき友人の誘いを断る言葉であったり。
突き詰めればこの怪奇現象であっても同じ事だ。
落ち着いてあたりを見回す。
相変わらず木々は茂っており遠くを眺めることは出来ない。
しかし地面は一方向へ緩やかな傾斜を持っている。
ここは平地の森ではなく、山肌に広がる森である。
つまりは坂を下っていけば必ず森を抜けることが可能だ。
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