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第一章 どうしてこうなった?

4.異世界ではありません

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ーー未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らんーー

“自分の人生”について何も分からないのに、生きている間に“自分の死”について考える暇などありはしない。
なあ、そうだろ?
だから、お前は考えなくていいんだ、なにも。
そのままで、生きてていいんだ。

そう言って、笑った。歯を見せて、笑った。
言ったのは、俺だったのか?笑ったのは、俺だったのか?
それともーー

         ※


「そんな・・・こんなに、異世界っぽい景色なのに・・・」

地面に膝を着いた翼の肩に、グラウスディルは手を置いた。そして、声をかける。

「気にするな。失敗は、誰にでもある」

「いや、俺の失敗なのかよ!」

「まあまー、日本はいい国だってー」

「知っているよ!」

ああ、異世界だと盛り上がっていた分、落差が激しい。そして、グラウスディルの見た目にそぐわないボケっぷりに、ツッコミを入れざるを得ない。
グラウスディルは、一体どんな前世の持ち主なんだ?

「たかだか、18年しか生きていないくせに生意気ー」

ぷんぷんと、胸の前で腕を組み、怒りのポーズをする、神。ピンクのツインテールを激しく左右に振る。

「そんな態度じゃ、この後の衣食住の保証してやんないんだからねー」

神は、いーっと、指で歯を引っ張ってみせる。
なんと勝手で子どもな神なんだ。
呆れる翼とは違い、グラウスディルは怪訝な表情を浮かべる。

「・・・それは困るな。翼、しかと神に許しを請え」

「いや、だから、なんで俺なんだよ。まずは、異世界に転生できなかったことを神様が俺に謝るべきだろ?」

「たとえ宗派が違えど、あらゆる神に敬意を払う。それが、文化というものだ」

「いやいや、どういうこと?」

「・・・では、聞き方を変えよう。翼、この世界では戸籍や身分証がなくとも、仕事や生活に不自由しないのか?」

翼は、口を閉じた。
そうだ。日本で暮らすとなれば、当面分の資金や住まいが必要となる。よく読む異世界のように、マジックアイテムを売ったり、魔法を使ったり、魔物を倒して金銭を得たりすることは出来ないのだ。

「神を怒らせるものではない」

確かに、グラウスディルの言うことも一理ある。自分の生活のためにも、ここは神に許しを請うしかない。

「・・・怒鳴ったりして、すみませんでした」

翼は、深々と神に頭を下げた。

「よいよいー」

神は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、手をパッと振るとレース素材の美しい扇子を出現させた。そして、自分の顔を悠長にあおぐ。
小馬鹿にされているようで、憎ったらしい。

「まー、まずは役場だよね。戸籍は作っておいたからさ。二人で役場に行っておいで。なかなかな田舎町だからさー、移住者にはとても優しいよー」

「田舎町・・・神様、ここは日本のどこになるんだ?」
 
「うん?宮崎県日向市だよー。この海は、クルスの海。海の中に“叶”の字が見えたら、願い事が叶うんだとか、人間が勝手に決めてたねー」

「ほう。それは一体どういう字だ?」

「めんどくさいー。グラウスディルは、あとで案内板でも読んでくださいー」

「翼、あとで案内しろ」

「だから、なんで俺だ!俺も初めて来たわ、宮崎県なんて」

宮崎県なんて小学校時代に社会科の授業で県名と県庁所在地を覚えたぐらいだ。南国なイメージ、フェニックスの木、マンゴーぐらいだ。他に、何もない。

「なんで、宮崎県なんだ?」

「翼くんのご希望でしょー?神がいる世界。宮崎県は天孫降臨てんそんこうりんの地だよー」

「てんそんこうりん?」

翼は、首を傾げる。全くもって知識がない。
神は、大袈裟にため息をついた。

「もー、話が進まないので、あとはそれぞれで調べてくださいー。そんなことよりも、まずは、車準備したから駐車場に行ってねー。役場までとばしてくよー。」

呆れ顔の神の映像が急にプツンと消えた。

ピィイイ!ピィ、ピィ

タカタカさんが口を閉じると、バサバサと翼を広げた。風が舞う。
足で地面を蹴ると、クルスの海に向かって高く飛び立つ。
翼は、タカタカさんの飛び立つ先を見つめた。澄んだ空は、美しい海と一体化しているようだった。

「・・・随分といていたな」

「タカタカさんですか?」

「神の使いだけではない。ーー神も、だ」

グラウスディルは、翼に背を向け進み始めた。

「それ、忘れるでないぞ」

桐箱に入った、アップルウォッ●をグラウスディルが指差す。翼は、地面から箱ごと拾いあげた。

「神がそれをスキルだと言った。翼の世界の技術かもしれぬが、きちんと身に着けていたほうがいい。あれは、ふざけていようが馬鹿に見えようが、歴とした古き神」

「そうですか?」

あまり信憑性はないが、持ち物はあったほうがいいという思いもあり、●ップルウォッチを手首に巻いた。
グラウスディルの側まで駆け足で近寄り、隣りを歩く。背の高いグラウスディルを見上げると、真剣な表情が伺えた。金髪の髪が、ほんの少し、揺れている。

「よいか、翼。神は不可解なタイミングで現れることが多いが、あれはあれで世話焼きだ。なにかあれば影ながらに対処するだろう。だが、こちらから神へ連絡をする手段はない」

「向こうからの一方通行ってことですか?」

グラウスディルは、こくりと頷く。

「そうだ。だが、どうしても困った時は、風を呼べ」

「・・・風、とは?」

「どういう形でもいい。しっかりと思いさえ込めることが出来れば、神へと伝わる。それを、我の世界では、こう呼んできた。覚えておけーー神風だ」

グラウスディルはそう言うと口を閉ざした。神風をどうやって呼ぶのか、そもそも神風とはなんなのか、翼には全く分からないままであった。

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