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5.王子の苦悩
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やってしまった。
別にそんなつもりで行ったわけではない。
だが彼女を目の前にしたとき、自分を抑えることができなかった。
エリックは短い髪を掻きまわしながら低く唸った。
「エリック、入るよ」
ノックもなしにウィンストンが部屋に入って来る。
人が悩んでいるのに、とエリックは恨めしくウィンストンを見遣った。
「何だ、その様子じゃもうリリア嬢にフラれたの?」
「……違う、が、その日は近い」
「おいおい、何したの?」
赤い髪をかき上げながら、ウィンストンはエリックの向かいに座って優雅に足を組んだ。こういう仕草が実に様になるこの男は、エリックの母方の従兄弟であり、現在は王子の親衛隊におさまっている。
エリックとウィンストンが並べば、大抵の人間はウィンストンが王子だと勘違いする。
エリックの大柄な体や人に恐怖心を与える顔つきはどうにも王子という印象には程遠いらしい。
それを知っているからこそ、エリックは今日リリアが来たときの反応はさほど気にならなかった。むしろ、先日の件で怪我をしていなかったことに安心したし、塞ぎ込んでいないと確認できたこと、何より助けたのが自分でないと気付いていないことにほっとした。
首をつろうとしてた現場を押さえたのが王子だと知れば、彼女は狼狽し、更に心を閉ざすかもしれない。
あのときは暗かったせいもあり、あまり顔も見えなかった。
ただ、雨に濡れた透けたナイトドレスの向こうに見えた体は、ほどよく筋肉がついて引き締まり、健康的に見えた。着飾るためにただ食事をとらずただ痩せている令嬢たちとは違う。適度な労働と健康の証とエリックの目には映った。
自決を覚悟したわりにその目には光があり、強い意志も感じた。
それだけでもエリックの興味をひくには十分だったのに。
光のもとで見た彼女の可憐だった。目の前の娘があの日目の前で恥じらい真っ赤になっていたのかと思うとそれだけで征服欲が搔き立てられた。
だが無論男女の仲には段階というものがあり、相手にも気持ちがある。
体調が悪いと断った彼女の様子を見に行ったのは彼女という人間を知るためであり、何よりもその身を心配したからであり、断じてあのような真似をしに行ったわけではないというのに!
ばん、とエリックは力のままに机に拳を打ち付けた。
「この、大馬鹿者が!!」
「ちょっと、落ち着きなよ」
「俺は彼女が“体調が優れない”と言うから心配して見に行ったんだぞ!!」
それを襲ってどうする!
恩人だと思っていた男が豹変したことに彼女は驚いただろうか。いや、傷付いているかもしれない。
彼女は恩人と王子が同一人物だと気付いていない。王子以外の男に触れられたことに、また塞いでしまったかもしれない。
いっそ王子だと打ち明けて彼女の悩みごと解決できれば──いやいやいや、この花嫁候補に選ばれたことが自決の理由だったらどうする。
王子との結婚が嫌で嫌で生きる希望をなくしてあの日死を覚悟していたとしたら。
現に彼女は城へ入る日程をずらせるだけずらした。結婚に乗り気でない可能性は大いにある。
一人また頭を抱えたエリックに、ウィンストンは「君みたいな大男が悩んでても、全く可愛げがないよ」と笑っていた。
別にそんなつもりで行ったわけではない。
だが彼女を目の前にしたとき、自分を抑えることができなかった。
エリックは短い髪を掻きまわしながら低く唸った。
「エリック、入るよ」
ノックもなしにウィンストンが部屋に入って来る。
人が悩んでいるのに、とエリックは恨めしくウィンストンを見遣った。
「何だ、その様子じゃもうリリア嬢にフラれたの?」
「……違う、が、その日は近い」
「おいおい、何したの?」
赤い髪をかき上げながら、ウィンストンはエリックの向かいに座って優雅に足を組んだ。こういう仕草が実に様になるこの男は、エリックの母方の従兄弟であり、現在は王子の親衛隊におさまっている。
エリックとウィンストンが並べば、大抵の人間はウィンストンが王子だと勘違いする。
エリックの大柄な体や人に恐怖心を与える顔つきはどうにも王子という印象には程遠いらしい。
それを知っているからこそ、エリックは今日リリアが来たときの反応はさほど気にならなかった。むしろ、先日の件で怪我をしていなかったことに安心したし、塞ぎ込んでいないと確認できたこと、何より助けたのが自分でないと気付いていないことにほっとした。
首をつろうとしてた現場を押さえたのが王子だと知れば、彼女は狼狽し、更に心を閉ざすかもしれない。
あのときは暗かったせいもあり、あまり顔も見えなかった。
ただ、雨に濡れた透けたナイトドレスの向こうに見えた体は、ほどよく筋肉がついて引き締まり、健康的に見えた。着飾るためにただ食事をとらずただ痩せている令嬢たちとは違う。適度な労働と健康の証とエリックの目には映った。
自決を覚悟したわりにその目には光があり、強い意志も感じた。
それだけでもエリックの興味をひくには十分だったのに。
光のもとで見た彼女の可憐だった。目の前の娘があの日目の前で恥じらい真っ赤になっていたのかと思うとそれだけで征服欲が搔き立てられた。
だが無論男女の仲には段階というものがあり、相手にも気持ちがある。
体調が悪いと断った彼女の様子を見に行ったのは彼女という人間を知るためであり、何よりもその身を心配したからであり、断じてあのような真似をしに行ったわけではないというのに!
ばん、とエリックは力のままに机に拳を打ち付けた。
「この、大馬鹿者が!!」
「ちょっと、落ち着きなよ」
「俺は彼女が“体調が優れない”と言うから心配して見に行ったんだぞ!!」
それを襲ってどうする!
恩人だと思っていた男が豹変したことに彼女は驚いただろうか。いや、傷付いているかもしれない。
彼女は恩人と王子が同一人物だと気付いていない。王子以外の男に触れられたことに、また塞いでしまったかもしれない。
いっそ王子だと打ち明けて彼女の悩みごと解決できれば──いやいやいや、この花嫁候補に選ばれたことが自決の理由だったらどうする。
王子との結婚が嫌で嫌で生きる希望をなくしてあの日死を覚悟していたとしたら。
現に彼女は城へ入る日程をずらせるだけずらした。結婚に乗り気でない可能性は大いにある。
一人また頭を抱えたエリックに、ウィンストンは「君みたいな大男が悩んでても、全く可愛げがないよ」と笑っていた。
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