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7.雷鳴に誘われて*
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ほどなくお散歩から解放されたノラは、結局何の手ごたえもなく部屋に戻って来た。
嫌われるとはこうも難しいものなのだろうか。
三人の令嬢が泣いて帰ったと聞き、気難しい王子様に嫌われるのはそう難しいことではないと踏んでいたノラだったが、これはとんでもない仕事を引き受けてしまったものだとため息をつくばかりだった。
しかし、久しぶりに体を動かして気分はいい。
前向きに、と自分に言い聞かせながら長い長い髪と肌のお手入れを受けてそそくさとベッドに潜り込んだ。
ベッドに入ると、先日の恩人さんのことが自然と頭を過る。
ノラが14になったとき、グレイフィール家の女中の筆頭マイアに教え込まれたことはあれだったのだろうか。
殿方は、“愛なく女を欲するときがある”というのだ。
食欲や睡眠欲と同じように、一部の殿方は制御不能な女性に対する欲求を持っているらしく、使用人が主のお手付きとなることも世間では珍しくないという。
無論グレイフィール家ではそのようなことは起こらない。グレイド様は奥様がどれほど怖いか──失礼、お嘆きになるかご存知だから、妾をおくことはなさらなかった。
だがもし、グレイド様が引退されてご主人様が変わった際には、その覚悟を持たねばならないと言い含められた。市場や、お屋敷に出入りする商人も例外ではない、と。
そのとき、ノラは何のことを言われているのかさっぱりわからないまま頷いていたが、今ならわかる気がする。
──制御不能な欲求。
熱い思いをぶつけられるような口付けが蘇ると、ノラの喉がこくりと鳴った。
恩人さんは、きっと優しい方。
死のうとしていた身を案じてくれて、その理由も深く問わずに、口外せず黙して下さっている。
きっと、ノラが本気で泣きながら「やめて」と懇願すればやめてくれたはず。
そう思いながら、泣いて抵抗しなかったのは、きっと、ノラが本気で彼を「嫌だ」と思えなかったから。
お仕事で来ているのに。自分は使用人で相手は王国の騎士様、彼はきっとさぞ名のある名家のご出身か、武功を上げられた方。何より彼は、ノラを“リリア”だと思っている。“リリア”は王子様の花嫁候補で、他の殿方と触れ合うなどあってはならないこと。
それなのに──
眠れないノラを寝かしつけようとするように、雨音が聞こえてきた。
ぽつぽつと静かな雨音に耳を傾けるうち、ノラの意識は夜に沈んだ。
それは小さな振動だった。
ベッドがわずかに揺れて、人の気配が背後で動く。
「寝てる、か」
「っ!?」
男の声に跳び起きたノラに、向こうも驚いたのか身を引いた。
「あっ、悪い、起こしたか」
「恩人さん?」
「恩人さん?」
男の声は恩人さんのものだった。
咄嗟に被っていたシーツを手繰り寄せて胸元まで引き上げながら、ノラは乱れた髪を片手で整える。
「いえ、お名前を聞いていなかったので……」
「あぁ、そうか、名乗ってないな、そう言えば」
明かりの消された暗い部屋で、彼の顔ははっきりと見えない。
雨音がわずかな沈黙を埋め、次いで彼の口から出た言葉は名乗りではなく謝罪だった。
「悪かった。先日は、お前に、無礼なことをした。反省してる」
「いえ、そんな、謝らないで下さい!」
頭を下げた男にノラは慌てた。身分の高い殿方に頭を下げさせるなどあってはならない。
「お前には、怖い思いをさせただろう」
「怖い、ですか?」
そんなに自分は怯えていただろうか。小首を傾げたノラに、向こうも首を傾げる。
「泣いてただろう?」
「いえ! あれは……」
息が苦しくて、頭がぼんやりして、くすぐったいようなざわざわするような初めての感覚に勝手に涙が出てきただけで、別に泣くほど怖かったわけでは……。
それを伝えたら、彼はどう思うだろう。
ふしだらな娘だと思われるだろうか。
でも、恩人さんに罪悪感を感じていてほしくない。
「……怖かったのではなく、初めて、だったので……私にも、よくわからなくて……」
「そ、そうか。その……何と言えばいいんだろうな、こういうとき」
ふと目の前の男が困っている気がした。
仲直りでいいんじゃないですか、とノラが口を開こうとしたとき、窓の外が金色に光った。次いで轟音が体を震わせる。
「きゃ!」
咄嗟に身を縮めて耳を塞いだノラの手に、大きな手が重なる。
耳を塞いでくれているんだ。背後に感じる彼の熱に、雷どころではなくなってしまった。雷鳴の驚きと、側に感じる体温に心臓がとくとくと早足に駆けている。
雷雲が遠ざかって行く。音が止んでから、彼はノラの手を解放した。
「……大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」
お礼を言いながら振り返ると、雲の裂け目から射す月明りに照らされて、金色の瞳が見える。
王子様と同じ、金色の瞳。珍しい色だけど、恩人さんも、同じ色。
声は恩人さんの方が優しい。だけど目は、目は似てる。
「あなたは……」
その先を遮るように、彼の唇がノラのそれに重なった。
軽く触れるだけのキスが何度か落とされると、啄むようにノラの下唇が軽く食まれて、体から力が抜けていく。
「待って、だめ……」
「その“だめ”は、”嫌”という意味か」
その質問に答えるのは難しい。そして、難しいことは今考えられない。
ノラの返事を待たずに、また下唇を軽く吸われる。ぬるりとあたたかい感触に、支えを求めるように彼の腕に手を添える。
「だめ……」
「嫌だとはっきり言わないなら、止めてやれない」
「だ、め……ん……っ!」
一気に柔らかなベッドに背中を押し付け、男はノラの唇を割って舌を絡めとる。
歯列をなぞられると頭の芯までじんと響くような感覚に膝まで震えた。キスの合間にはぁと甘い息を漏らすノラの体に熱い手が走る。
ナイトドレスの上からぎゅっと胸を揉みしだく手を押さえようと抵抗すると、男がノラの首筋に唇を這わせた。
「はぁ……んっ……」
男の欲を受けて既に固くなった胸の頂に指先が触れるとノラの体は小さく震える。首筋にあてられていた男の唇が、鎖骨から徐々に下がり、胸のふくらみにそっと落ちる。
「なに……、あっ──」
ナイトドレス越しに、温かな舌が這わされる。抑えきれない声を押しとどめようと口元に置いた手は、容赦なく男に掴まれ握り込まれた。
「我慢しなくていい、聞かせてくれ」
布越しに伝わる感覚に体が熱くなるのを感じる。
握り込まれた手に縋るように力を込めると、男は優しくそれを握り返し、反対の手がノラのもう片方のふくらみにのばされる。
「ん、だめ……あ……っ!」
体の芯が疼き我慢できずに腰が浮いた。息が上がり、全身から熱がほとばしる。
舌先で先端を転がされる度に小さく甘い声を漏らすノラの腰を、男は唐突に抱き寄せた。
「お前が困るようなことはしない。少し、触れるだけだ」
何の話──
静かに男の膝がノラの足を割り、腰から手が離れる。握り込まれた手に力がこめられ、反対の手がノラの内腿を上っていく──
「なにを……っ!」
下履きの上から、男のごつごつとした指先がノラの割れ目をなぞる。外へ溢れ出そうとしていた蜜が布に染み入り、じっとりとした感覚にノラは恥ずかしさに目を潤ませた。
男が大丈夫だからとでも言うように優しく唇を寄せる。その指先はしかし、力を込めずに何度もノラの濡れたそこを辿り、その度に腰のあたりがきゅと疼いた。
「あっ、ん……、っだめ……!」
存外に繊細な動きで秘部を辿っていた指先が、誰にも触れられたことのない花芽にそっと触れる。
咄嗟にノラが足を閉じようと男の足を挟み込むと、男は色香の滲む息を吐いてそこから手を遠ざける。労わるように、啄む口付けを何度も繰り返してから、男はノラの首筋に顔を埋めた。
「怖かったか」
掠れた声で問われて、ノラはぼんやりとした意識でふるふると首を振った。
耳元で「そうか」と言ったその声にまだ体の奥底がじりと反応する。
髪を撫でる手が心地よく、少しずつ呼吸は落ち着き、穏やかな気持ちになっていく。
頬にキスを落とされたのが合図のように、ノラは男に覆われたまま意識を失うように寝入ってしまった。
嫌われるとはこうも難しいものなのだろうか。
三人の令嬢が泣いて帰ったと聞き、気難しい王子様に嫌われるのはそう難しいことではないと踏んでいたノラだったが、これはとんでもない仕事を引き受けてしまったものだとため息をつくばかりだった。
しかし、久しぶりに体を動かして気分はいい。
前向きに、と自分に言い聞かせながら長い長い髪と肌のお手入れを受けてそそくさとベッドに潜り込んだ。
ベッドに入ると、先日の恩人さんのことが自然と頭を過る。
ノラが14になったとき、グレイフィール家の女中の筆頭マイアに教え込まれたことはあれだったのだろうか。
殿方は、“愛なく女を欲するときがある”というのだ。
食欲や睡眠欲と同じように、一部の殿方は制御不能な女性に対する欲求を持っているらしく、使用人が主のお手付きとなることも世間では珍しくないという。
無論グレイフィール家ではそのようなことは起こらない。グレイド様は奥様がどれほど怖いか──失礼、お嘆きになるかご存知だから、妾をおくことはなさらなかった。
だがもし、グレイド様が引退されてご主人様が変わった際には、その覚悟を持たねばならないと言い含められた。市場や、お屋敷に出入りする商人も例外ではない、と。
そのとき、ノラは何のことを言われているのかさっぱりわからないまま頷いていたが、今ならわかる気がする。
──制御不能な欲求。
熱い思いをぶつけられるような口付けが蘇ると、ノラの喉がこくりと鳴った。
恩人さんは、きっと優しい方。
死のうとしていた身を案じてくれて、その理由も深く問わずに、口外せず黙して下さっている。
きっと、ノラが本気で泣きながら「やめて」と懇願すればやめてくれたはず。
そう思いながら、泣いて抵抗しなかったのは、きっと、ノラが本気で彼を「嫌だ」と思えなかったから。
お仕事で来ているのに。自分は使用人で相手は王国の騎士様、彼はきっとさぞ名のある名家のご出身か、武功を上げられた方。何より彼は、ノラを“リリア”だと思っている。“リリア”は王子様の花嫁候補で、他の殿方と触れ合うなどあってはならないこと。
それなのに──
眠れないノラを寝かしつけようとするように、雨音が聞こえてきた。
ぽつぽつと静かな雨音に耳を傾けるうち、ノラの意識は夜に沈んだ。
それは小さな振動だった。
ベッドがわずかに揺れて、人の気配が背後で動く。
「寝てる、か」
「っ!?」
男の声に跳び起きたノラに、向こうも驚いたのか身を引いた。
「あっ、悪い、起こしたか」
「恩人さん?」
「恩人さん?」
男の声は恩人さんのものだった。
咄嗟に被っていたシーツを手繰り寄せて胸元まで引き上げながら、ノラは乱れた髪を片手で整える。
「いえ、お名前を聞いていなかったので……」
「あぁ、そうか、名乗ってないな、そう言えば」
明かりの消された暗い部屋で、彼の顔ははっきりと見えない。
雨音がわずかな沈黙を埋め、次いで彼の口から出た言葉は名乗りではなく謝罪だった。
「悪かった。先日は、お前に、無礼なことをした。反省してる」
「いえ、そんな、謝らないで下さい!」
頭を下げた男にノラは慌てた。身分の高い殿方に頭を下げさせるなどあってはならない。
「お前には、怖い思いをさせただろう」
「怖い、ですか?」
そんなに自分は怯えていただろうか。小首を傾げたノラに、向こうも首を傾げる。
「泣いてただろう?」
「いえ! あれは……」
息が苦しくて、頭がぼんやりして、くすぐったいようなざわざわするような初めての感覚に勝手に涙が出てきただけで、別に泣くほど怖かったわけでは……。
それを伝えたら、彼はどう思うだろう。
ふしだらな娘だと思われるだろうか。
でも、恩人さんに罪悪感を感じていてほしくない。
「……怖かったのではなく、初めて、だったので……私にも、よくわからなくて……」
「そ、そうか。その……何と言えばいいんだろうな、こういうとき」
ふと目の前の男が困っている気がした。
仲直りでいいんじゃないですか、とノラが口を開こうとしたとき、窓の外が金色に光った。次いで轟音が体を震わせる。
「きゃ!」
咄嗟に身を縮めて耳を塞いだノラの手に、大きな手が重なる。
耳を塞いでくれているんだ。背後に感じる彼の熱に、雷どころではなくなってしまった。雷鳴の驚きと、側に感じる体温に心臓がとくとくと早足に駆けている。
雷雲が遠ざかって行く。音が止んでから、彼はノラの手を解放した。
「……大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」
お礼を言いながら振り返ると、雲の裂け目から射す月明りに照らされて、金色の瞳が見える。
王子様と同じ、金色の瞳。珍しい色だけど、恩人さんも、同じ色。
声は恩人さんの方が優しい。だけど目は、目は似てる。
「あなたは……」
その先を遮るように、彼の唇がノラのそれに重なった。
軽く触れるだけのキスが何度か落とされると、啄むようにノラの下唇が軽く食まれて、体から力が抜けていく。
「待って、だめ……」
「その“だめ”は、”嫌”という意味か」
その質問に答えるのは難しい。そして、難しいことは今考えられない。
ノラの返事を待たずに、また下唇を軽く吸われる。ぬるりとあたたかい感触に、支えを求めるように彼の腕に手を添える。
「だめ……」
「嫌だとはっきり言わないなら、止めてやれない」
「だ、め……ん……っ!」
一気に柔らかなベッドに背中を押し付け、男はノラの唇を割って舌を絡めとる。
歯列をなぞられると頭の芯までじんと響くような感覚に膝まで震えた。キスの合間にはぁと甘い息を漏らすノラの体に熱い手が走る。
ナイトドレスの上からぎゅっと胸を揉みしだく手を押さえようと抵抗すると、男がノラの首筋に唇を這わせた。
「はぁ……んっ……」
男の欲を受けて既に固くなった胸の頂に指先が触れるとノラの体は小さく震える。首筋にあてられていた男の唇が、鎖骨から徐々に下がり、胸のふくらみにそっと落ちる。
「なに……、あっ──」
ナイトドレス越しに、温かな舌が這わされる。抑えきれない声を押しとどめようと口元に置いた手は、容赦なく男に掴まれ握り込まれた。
「我慢しなくていい、聞かせてくれ」
布越しに伝わる感覚に体が熱くなるのを感じる。
握り込まれた手に縋るように力を込めると、男は優しくそれを握り返し、反対の手がノラのもう片方のふくらみにのばされる。
「ん、だめ……あ……っ!」
体の芯が疼き我慢できずに腰が浮いた。息が上がり、全身から熱がほとばしる。
舌先で先端を転がされる度に小さく甘い声を漏らすノラの腰を、男は唐突に抱き寄せた。
「お前が困るようなことはしない。少し、触れるだけだ」
何の話──
静かに男の膝がノラの足を割り、腰から手が離れる。握り込まれた手に力がこめられ、反対の手がノラの内腿を上っていく──
「なにを……っ!」
下履きの上から、男のごつごつとした指先がノラの割れ目をなぞる。外へ溢れ出そうとしていた蜜が布に染み入り、じっとりとした感覚にノラは恥ずかしさに目を潤ませた。
男が大丈夫だからとでも言うように優しく唇を寄せる。その指先はしかし、力を込めずに何度もノラの濡れたそこを辿り、その度に腰のあたりがきゅと疼いた。
「あっ、ん……、っだめ……!」
存外に繊細な動きで秘部を辿っていた指先が、誰にも触れられたことのない花芽にそっと触れる。
咄嗟にノラが足を閉じようと男の足を挟み込むと、男は色香の滲む息を吐いてそこから手を遠ざける。労わるように、啄む口付けを何度も繰り返してから、男はノラの首筋に顔を埋めた。
「怖かったか」
掠れた声で問われて、ノラはぼんやりとした意識でふるふると首を振った。
耳元で「そうか」と言ったその声にまだ体の奥底がじりと反応する。
髪を撫でる手が心地よく、少しずつ呼吸は落ち着き、穏やかな気持ちになっていく。
頬にキスを落とされたのが合図のように、ノラは男に覆われたまま意識を失うように寝入ってしまった。
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