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14.朝日のなかで
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温かい。
寝返りをうった頬の下に人肌の温もりを感じて、ノラは目を覚ました。
朝日が眩く、何度も瞬きをしながら目を開けると、白いシャツが視界のほとんどを覆っていた。
「起きたか」
恩人さんの声が額のあたりから降りてくる。
どうしよう、侍女が来てしまったらどんなに大変なことになるか。
そう思う反面、昨夜の一言を叶えてくれたのだと胸がきゅっと鳴るようだった。
大きな彼の手が優しくノラの髪を撫でる。
朝、彼がまだ隣にいてくれるだけで、こんなにも満たされた気持ちになるんだ。
ずっとこの時間が続けばいいのに。叶うはずのない願いだとわかっている。わかっているけれど、そう願ってしまう。
「恩人さん……」
小さく呼びかけながら、そっと視線を上げる。
白いシャツに包まれた厚い胸板、がっしりした肩。そのままそろそろと視線を更に上に移す。どきどきと心臓がうるさいくらいに暴れていた。
暗い色の短い髪、金色の瞳、高い鼻と凛々しい口元、男らしく整った顔。
息が止まった。
どうしてだろう。
自分を見下ろしているその人は、どうにも王子様によく似ている。
いや、違う。似ているのではない。
全く同じ、恩人さんは、恩人さんが王子様──
「黙ってて、悪かった」
体中から体温が失われていくようだった。
先ほどまでの甘いときめきとは全く違う意味で心臓が暴れまわり、体中の毛が逆立つ。
なんてことを。
自分は、なんてことをしてしまったんだ。
隠さなければならないリリア様の駆け落ち、グレイフィール家の今後、果たさなければならない責務、自分の素性、これまで重ねてきた“恩人さん”との関係、そして、彼への想い。
その全てが頭と心の中でない交ぜになって、真っ白になった。
大きな手が、またノラの頭を優しく撫でる。
「“恩人さん”でいるときお前が自然体で接してくれるのが嬉しくて、自分が王子だと言い出せなかった。騙すつもりはなかったんだ。だが、結果的にはお前を騙してた。悪かった」
王子様が謝罪をしていらっしゃる。
王子様と伯爵令嬢、恋人同士なら些細な喧嘩の末殿方が折れて謝るなどもあるかもしれないが、自分は身分の低い使用人、何があろうと王子様に謝罪などしていただくわけにはいかない。
畏れ多くて言葉も出ない。何の言葉も浮かんでこない。
「……その沈黙は、怒ってるのか?」
ふるふると辛うじて首を振る。
体を動かして、ようやくノラは自我を取り戻した。
ベッドの上に座り込みシーツに額を付けて目を瞑る。
「も、申し訳ございません!!」
「おい、やめろ。お前が謝る必要はないだろう」
起き上がったエリックの大きな手がノラの体を強制的に起こし、固定するように肩を掴んだ。
ベッドの上、座った向かいに嫌われなければいけない王子様がいる。
密かに心寄せていた恩人さんがいる。
「俺はお前がリリア・グレイフィールだと知って近付いたんだ。お前が謝る必要は何もないだろう。責められるべきは俺であって、お前は何も悪くない」
違う、そうじゃない。
悪いのは自分だ。
王子様を、彼を騙しているのは自分の方だ。
王子様とはできるだけ関わらず、嫌われて送り返されなければならなかったのに。
自分はリリア・グレイフィールではないのだから。
リリア・グレイフィールは既に男爵家の次男と結婚してしまったのだから。
今王子様の目の前に居るのは、身分の低い使用人。それを知らなかったとはいえ王子様とあんなことを──
どうしよう。
その単語だけが無意味に頭の中を駆けまわる。
朝日のなか、金色の瞳が愛しげにノラを捉えていた。
そんな目で見ないで。余計にどうすればいいのかわからなくなる。
「昨日言ったことは、お前欲しさの出任せじゃない」
肩を掴んでいるエリックの指先が、撫でるようにノラの服の上を滑る。
昨夜の記憶に、顔に熱が集まり眩暈がした。
どうしよう。
嫌われなければならない相手に、「好きだ」と言われて自分も「お慕いしている」と答えた。
「リリア嬢」
「……はい」
絞り出すようにして答えた声は、掠れている。
「会って間なし、互いを知り合うには時間が足りないことはわかってる。だが、お前──いや、君を妃に迎えたい。結婚してくれないか」
ノラは息もできずに、目の前の愛しい金色の瞳をじっと見つめ返した。
伯爵家の令嬢が王子様の求婚を理由もなくお断りすることはあり得ない。
気持ちは通じ合っているはず。
気持ちが通じ合っている相手から求婚されたなら、嬉しいはず。
なのに、今彼が求婚しているのは自分ではなく“リリア”であり、“リリア”は王子様に嫌われて送り返されなければならない。何目の前にいる“リリア”は、お嬢様ではなく、替え玉のノラなのだから。
自分が好きになった人が誰で、その人が思っている人が誰なのか。
ぐちゃぐちゃになった頭で、ノラは必死に返事を探した。
ここで断らなければ、話はどんどん進んでしまう。でも、求婚を断る理由がない。理由もないのにお断りすれば、それこそグレイフィール家のリリアが王族を軽んじたと誹りを受ける。
選択肢は一つしかない。
からからに渇いた喉からなんとか言葉を押し出した。
「喜んで」
寝返りをうった頬の下に人肌の温もりを感じて、ノラは目を覚ました。
朝日が眩く、何度も瞬きをしながら目を開けると、白いシャツが視界のほとんどを覆っていた。
「起きたか」
恩人さんの声が額のあたりから降りてくる。
どうしよう、侍女が来てしまったらどんなに大変なことになるか。
そう思う反面、昨夜の一言を叶えてくれたのだと胸がきゅっと鳴るようだった。
大きな彼の手が優しくノラの髪を撫でる。
朝、彼がまだ隣にいてくれるだけで、こんなにも満たされた気持ちになるんだ。
ずっとこの時間が続けばいいのに。叶うはずのない願いだとわかっている。わかっているけれど、そう願ってしまう。
「恩人さん……」
小さく呼びかけながら、そっと視線を上げる。
白いシャツに包まれた厚い胸板、がっしりした肩。そのままそろそろと視線を更に上に移す。どきどきと心臓がうるさいくらいに暴れていた。
暗い色の短い髪、金色の瞳、高い鼻と凛々しい口元、男らしく整った顔。
息が止まった。
どうしてだろう。
自分を見下ろしているその人は、どうにも王子様によく似ている。
いや、違う。似ているのではない。
全く同じ、恩人さんは、恩人さんが王子様──
「黙ってて、悪かった」
体中から体温が失われていくようだった。
先ほどまでの甘いときめきとは全く違う意味で心臓が暴れまわり、体中の毛が逆立つ。
なんてことを。
自分は、なんてことをしてしまったんだ。
隠さなければならないリリア様の駆け落ち、グレイフィール家の今後、果たさなければならない責務、自分の素性、これまで重ねてきた“恩人さん”との関係、そして、彼への想い。
その全てが頭と心の中でない交ぜになって、真っ白になった。
大きな手が、またノラの頭を優しく撫でる。
「“恩人さん”でいるときお前が自然体で接してくれるのが嬉しくて、自分が王子だと言い出せなかった。騙すつもりはなかったんだ。だが、結果的にはお前を騙してた。悪かった」
王子様が謝罪をしていらっしゃる。
王子様と伯爵令嬢、恋人同士なら些細な喧嘩の末殿方が折れて謝るなどもあるかもしれないが、自分は身分の低い使用人、何があろうと王子様に謝罪などしていただくわけにはいかない。
畏れ多くて言葉も出ない。何の言葉も浮かんでこない。
「……その沈黙は、怒ってるのか?」
ふるふると辛うじて首を振る。
体を動かして、ようやくノラは自我を取り戻した。
ベッドの上に座り込みシーツに額を付けて目を瞑る。
「も、申し訳ございません!!」
「おい、やめろ。お前が謝る必要はないだろう」
起き上がったエリックの大きな手がノラの体を強制的に起こし、固定するように肩を掴んだ。
ベッドの上、座った向かいに嫌われなければいけない王子様がいる。
密かに心寄せていた恩人さんがいる。
「俺はお前がリリア・グレイフィールだと知って近付いたんだ。お前が謝る必要は何もないだろう。責められるべきは俺であって、お前は何も悪くない」
違う、そうじゃない。
悪いのは自分だ。
王子様を、彼を騙しているのは自分の方だ。
王子様とはできるだけ関わらず、嫌われて送り返されなければならなかったのに。
自分はリリア・グレイフィールではないのだから。
リリア・グレイフィールは既に男爵家の次男と結婚してしまったのだから。
今王子様の目の前に居るのは、身分の低い使用人。それを知らなかったとはいえ王子様とあんなことを──
どうしよう。
その単語だけが無意味に頭の中を駆けまわる。
朝日のなか、金色の瞳が愛しげにノラを捉えていた。
そんな目で見ないで。余計にどうすればいいのかわからなくなる。
「昨日言ったことは、お前欲しさの出任せじゃない」
肩を掴んでいるエリックの指先が、撫でるようにノラの服の上を滑る。
昨夜の記憶に、顔に熱が集まり眩暈がした。
どうしよう。
嫌われなければならない相手に、「好きだ」と言われて自分も「お慕いしている」と答えた。
「リリア嬢」
「……はい」
絞り出すようにして答えた声は、掠れている。
「会って間なし、互いを知り合うには時間が足りないことはわかってる。だが、お前──いや、君を妃に迎えたい。結婚してくれないか」
ノラは息もできずに、目の前の愛しい金色の瞳をじっと見つめ返した。
伯爵家の令嬢が王子様の求婚を理由もなくお断りすることはあり得ない。
気持ちは通じ合っているはず。
気持ちが通じ合っている相手から求婚されたなら、嬉しいはず。
なのに、今彼が求婚しているのは自分ではなく“リリア”であり、“リリア”は王子様に嫌われて送り返されなければならない。何目の前にいる“リリア”は、お嬢様ではなく、替え玉のノラなのだから。
自分が好きになった人が誰で、その人が思っている人が誰なのか。
ぐちゃぐちゃになった頭で、ノラは必死に返事を探した。
ここで断らなければ、話はどんどん進んでしまう。でも、求婚を断る理由がない。理由もないのにお断りすれば、それこそグレイフィール家のリリアが王族を軽んじたと誹りを受ける。
選択肢は一つしかない。
からからに渇いた喉からなんとか言葉を押し出した。
「喜んで」
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