ご主人様の外面が良すぎる件についてご相談させてください (専属メイドの下克上)

南 玲子

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35、一気に解決?

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慌てて窓から離れようとすると、ご主人様と目があった。私がここにいることに気が付いたようだ。ご主人様は驚いたような顔をするとすぐに冷静に戻り、そうして目線と表情で何かを伝えようとする。

「な、なんですかぁ?! えぇ! まさかここに来いって言ってるんですか! で、でも一階は玄関以外にはどこにも入り口がないんですよぉ! 玄関なんてすぐに捕まるに決まっているじゃないですか!」

ご主人様の目線がさす方向に移動して、かぶりつくように窓の端の壁に手をつくと、そのうちの一つのレンガがずずっと押されて中に押し込まれた。

「うひゃっ!」

かと思えば壁の一部が反転していつの間にか私は真っ暗な闇の中に。悲鳴を上げたいのだが、恐怖を通り越して一周回ってしまったせいか逆に冷静になっている。

「あ、あれっ? ここって……」

(こ、これは。そういえば一階の廊下を歩いている時、窓も開いていないのに風が動いていました。もしかしてこの入り口のせいで?! もしかしてさっきのご主人様はこれを知っていたから私に教えようとしていたんですね)

ここはダイニングルームの隣の部屋との間のスペースだ。四十センチほどの隙間は思ったよりも汚れてもなく、誰かが頻繁に使っていたよう。

進んでいくと、左の方に暖炉の反対側が見えた。いつもはレンガで塞いであるのか、足元にいくつかレンガが落ちている。

(冬になるときっとこの煉瓦で塞ぐんですね。上手く考えてあります)

その奥にも道は続いているが、私は暖炉をくぐってそっと顔を出す。そうして暖炉脇の火掻き棒を手に飛び出した。

「シャーロット様! お逃げください!」

シャーロット様を拘束している男を背後から火掻き棒で思い切り殴った。男の悲鳴が耳をつんざく。

「な、何だ!」

「こいつ! どこから出てきたっ!」

他の男たちは私の登場に驚き、私が殴った男はナイフを取り落とした。そうしてシャーロット様から手を離して上半身を縮こまらせる。

その隙に私は彼女の手を取って体を暖炉に押し込む。あの小さな隙間なら大柄な男たちは入ってこれないだろうと考えたからだ。

「な、何っ! あなたエマなの?!」

「早くこの中へっ! ふぎゃっ!」

シャーロット様に続いて暖炉に隠れようとしたのだが、寸前で私のドレスの裾を誰かが掴んだ。その場ですっころんで暖炉の上の棚にしがみつく。

振り返ると私が殴った男が頭を血まみれにしながら、怒りの形相で私を見ていた。

「きゃぁぁぁ! お化け! お化けが出ましたぁ!」

「お前が殴ったんだろう! ただじゃ済まさないぞ!」

男は手に持っていた火掻き棒を取り上げると、それを私に向かって振り上げた。思わず目を閉じる。

(あ、殴られちゃいます。かなり痛いんでしょうか。あぁ、お母様! ミミ―!)

心の中で叫んだ瞬間、全身を何か温かいもので包まれた。ガッという鈍い音がして、ガシャーンと火掻き棒が床に落ちる音がした。

そろりと目を開けると、目の前には両手を縛られたままのご主人様がいた。ご主人様が足で蹴り上げたらしく、先ほどの男は床で転がって呻き声をあげている。

「リ、リチャード様! お顔に血がっ!」

ご主人様の額から血がどくどくと流れ出している。私を庇って火掻き棒で殴られたのだ。

「いいから! 僕の縄をほどいてくださいっ!」

ご主人様の必死な様子にはっと正気に戻る。いまはそんなことをしている場合ではない。他の男たちはヒッグス様とリアムさんが応戦しているが、二人とも縄で手を縛られているので足しか使えていない。

このままでは負けるのは目に見えている。私は震える指でご主人様を拘束している縄をほどいた。するとご主人様は一瞬泣きそうな顔をなさって急いで私の両頬を手で覆った。

「怪我はないのですか? あぁ、よかった! エマ、エマ!」

なんども自分の名を呼ばれると、心の奥が温かくなってくる。自分は血まみれなのにどうして私のことなど心配するのだろう。それともこれもご主人様の外面の延長なのだろうか。

「リ、リチャード様っ! うしろっ!」

その瞬間、背後から剣を振りかぶっている男を見て叫び声をあげる。ご主人様は両手を器用に使ってその柄を掴むと、男の急所を思い切り蹴り上げた。

男はくぐもった悲鳴を上げてその場に倒れていく。それからご主人様は私を背中に庇いながら、反則的な戦い方でどんどんと男たちを倒していく。

断末魔の悲鳴がダイニングルームにこだまして、襲ってきた男たちよりもご主人様の方が悪者に見えるほど。

(ご主人様が試合では勝てないのがよくわかりました……)

暖炉の灰を目つぶしにしたり、絨毯を引っ張って転ばせたりとその手は様々。首の付け根や眉間を執拗に狙い撃ちし、けれども最後は必ず男性の急所を狙って気絶させた。

あまりに痛そうなのでヒッグス様が青い顔でその様子を見ている。それに気が付いたご主人様が爽やかな微笑みで答えた。

「確実に勝つためには必要なことだよ。敵だってシャーロット様を人質にしたんですから」

あっという間に男たちが床に伏した。ホッとしたのもつかの間、シャーロット様の叫び声が聞こえる。

「危ないっ! リアムっ!」

その声に振り向くと、リアムさんの背後から剣を構えた男が彼を狙っていた。シャーロット様が隠れていた暖炉から飛び出てくる。

瞬時に彼女は足を大きく振り上げて男を蹴った。白いレースのドレスが宙を舞い、体にヒールの先を直撃された男がすっ飛ばされる。シャーロット様の男らしい姿を見て私は目を丸くする。

(い、いまの。男性も顔負けの蹴りでしたけれど……しかも軸足もぶれずにあそこまで高く足を振り上げられるなんて! 今の。ほ、本当にシャーロット様でしたか?)

リアムさんも驚いたようで両手を縛られたまま、シャーロット様を呆然と見ている。すると彼女はしまったという顔をしてリアムさんを見つめ返した。

「リ、リアム。これは……」

するとリアムさんは何事もなかったようににっこりと微笑まれて彼女に近寄った。そうして顎をシャーロット様の頭の上に乗せて彼女の体を抱きしめた。

「助けていただいてありがとうございます。お嬢様に怪我無くて本当に良かったです。シャーロット様」

シャーロット様がおずおずとその背に手を回すと、リアムさんはその笑みを更に深くした。

その甘い雰囲気はどう見ても恋人同士のもの。私とヒッグス様が呆然としている間に、ご主人様は馭者の無事を確かめ、倒れている男たちの所持品を確認していた。

「エマ、この中にあの時のレストランで見た男はいますか?」

ご主人様の質問に、私は床に倒れている男を指でさした。

「は、はいっ! その私が殴った方がそうです!」

「だとすればヒッグス、警官を呼ぶのはまずいでしょう。伯爵の名に傷がつく。叔父さんに連絡を取ってこの場の処理をお願いしてください」

ご主人様の言葉に、ヒッグス様が頷いて部屋から出ていく。きっとお屋敷を出て連絡を取るおつもりなのだろう。

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