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クラマの命を狙う者

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私は同じ騎士団訓練場で働く仲間たちと、久しぶりに騎士団訓練場の中庭に集まって楽しく会話していた。この訓練場で働く人達は基本的に平民の人たちだが、どちらかといえば上流に位置する、いわゆる学のある人たちが働いている。その人たちを補助するのが雑用係だ。

雑用係の少年は、17歳になったらこの訓練場を出なければいけない規則なのだが、それまでには大抵の少年は、騎士様のお屋敷で条件の良い職を見つけて去っていく。なので騎士団訓練場の雑用係はクラマがやっている剣拾いの仕事以外は、少年たちの憧れの的の職業なのだ。

クラマ達は訓練場の中庭に設置されているたくさんの小さなテーブルと椅子に、思い思いに座って雑談していた。周囲にはたくさんの木が繁っており、ちょっとした隠れ家のようになっている。なので少年たちは好んでこの場所で集まって、騎士様のいる場所では話せないような内容も話されている。

訓練場で働き始めてから、すぐにユーリス騎士隊長に尋常では無いほどに気に入られているクラマの話は、どの少年もこぞって聞きたがった。内容はもちろんクラマとユーリス様の関係だ。

「ところで、クラマ。ユーリス隊長とはどうなんだ?やっぱり、アレ?なのか?」

「昨日はレストランでいちゃついていたって聞いたぜ。お前すごいな。ダイクレール公爵家で侍従としてでも働かせてもらえば、もう一生安泰だぜ。そうなったら俺の職も紹介してくれないか?何でもやるからさ」

皆がクラマを囲んで問い詰める。私はなんて答えたらいいか分からなくなった。というか、昨日の話では恐らく、今もユーリは私を陰から護衛しているに違いない。昨日ちょっと目を離した隙というのは、きっと水着を買いに行っていた時間だろう。ということはユーリに聞かれてまずいことは言えない。

「あの…僕とユーリス様は兄と弟みたいな関係で、みんなが思っているような関係じゃないよ」

これだけは言っておかないと、ユーリの名誉に関わることだ。少年が趣味の男性と思われるのはさすがに嫌だろう。それに実際私はユーリとは恋人同士というわけでもないから、全くの嘘ということでもない。

「そんなの嘘だよ。だってユーリス隊長はクラマがこの訓練場に来るまでは、あんな感じの方じゃなかったよ。落ち着いている感じは今も変わらないけど、以前はぴんっと気を張り詰めているみたいで、他の騎士様達だって簡単に声もかけられないくらい近寄りがたい雰囲気だった」

雑用係のボリスがいう。そうなのか・・・。私が初めてユーリに会った時は、穏やかで柔和な人だなと思ってた。でも、前は違ったって・・・そんな怖そうなユーリは想像できないなぁ・・・。

「僕は男だからユーリス様をそんな目で見たことはないよ。好きなのは女の子だし、それにユーリス様を恋の対象になんて見たことがない。絶対にありえない!!」

私は絶対にを強調していった。こう言っておけば、BLフラグも折れただろう。安心して小さくため息をつく。その時、突然なにか閃光のようなものが目の前を掠めていったかと思うと、爆音が響いた。

ドォォォォォン!!!!!

その爆音に続いて、壁が崩れ落ちる音が響き渡った。私をはじめ他の少年たちも状況が理解できないまま、しばらく硬直していた。今は私たちは中庭にいて、周りは木で囲まれているはずで・・・壁なんて、ここから10メートルほど離れたところじゃないとないはずだ。ということは、なにかが物凄いスピードで私の前を通って、10メートル先の壁を壊したんだ。

私はやっと状況を理解して、その物体が恐らく来た方向にゆっくりと歩いて行った。そう離れた場所ではないところに、二人の人影が見える。それはユーリとマリス騎士様だった。私はすぐに尋常では無い状況に二人があることに気が付いた。

ユーリは逃れようともがくマリス騎士様を、地面に押し倒して拘束していた。マリス騎士様の顔が痛みで歪んでいる。彼の傍にマリス騎士様の物である剣が落ちていた。ということはさっきの衝撃は、マリス騎士様の剣から発せられたものなのだろうか?!そのうちマリス騎士様は私が傍にいることに気が付いたらしく、こちらを向いて叫びだした。

「ちくしょう!!お前なんか死ねばいいのに!!平民の分際でユーリス隊長をたぶらかしやがって!!お前のせいでドルミグ副隊長があんなふうになっちまったんだ!!!」

私はその名を聞いて私は身震いをした。一体どういうこと?どうしてマリス騎士様がその名前を知っているのだろうか。ドルミグ副隊長は極端な貴族選民思想で、訓練中の事故に見せかけて、騎士見習いのキース様とクラマを殺そうとした人物だ。私が時を止めたせいで自分の攻撃に当たり、再起不能の重傷を負って騎士団を辞めたと聞いている。

私は突然浴びせられた、敵意のこもった言葉に恐怖を感じて動けなくなっていた。ユーリがますます腕に力を込めて、マリス騎士様を締め上げる。マリス騎士様が痛みでくぐもった悲鳴を上げた。

「クラマ!こいつの言うことは聞かなくていい!こいつは君の命を狙っていたんだ!このまま拘束して騎士団警邏隊に引き渡しますから、君は向こうに行っていてください!」

ちょっと待って・・・。マリス騎士様はあの剣で私の命を狙っていたということなの?!私が平民だから・・・?そしておそらくドルミグ副隊長を敬愛していたから・・・?

あまりの衝撃にその場で立ち尽くしていると、後ろから他の少年たちもやってきたみたいで、ユーリとマリス騎士様を見て驚いている。恐らくユーリが警邏隊に伝心魔法で連絡してあったのだろう。遠くから複数の人がこちらに駆けつけてくる足音が聞こえる。

その瞬間だった。

突然目の前に、見慣れた流れるような金髪を風になびかせて、空の色よりも蒼い輝く瞳をした人物が現れた。こんな場所にいるべきではないその人物の出現に、ユーリもマリス騎士様も、駆けつけてきた警邏隊の人も、その場にいた者はすべて驚きに目を見張った。

「サクラ!!無事なのか!!」

その人物が私の本当の名を呼ぶ。私の安否が相当心配だったらしく、体をくまなく見て怪我がないことを理解すると、ほっとしたようにため息をつくと私を抱きしめた。

「よかった!!お前に何かあったらどうしようかと思った!」

「うそ・・・だろ・・・どうしてこんなところにアルフリード王子が・・・なんで王子までクラマを・・・」

マリス騎士は突然のアルの出現に驚きの声を隠せなかった。騎士団訓練場の中庭に転移魔法で現れて、少年のクラマを大切そうに抱きしめるアルフリード王子の姿に、王子の顔を知る者たちは驚きのあまりその場で立ち尽くした。アルはそんな周囲の反応にも構わず、その場にユーリがいるのを知るとすぐに言った。

「ユーリス、緊急事態だ!オレはサクラを連れて王城に戻る。お前もすぐに来い!!説明は後でする!」

「アルフリード王子!!」

ユーリが血相を変えてアルに何かいおうとするのも構わず、アルは転移魔法で王城に跳んだ。私はいまマリス騎士様に命を狙われたばかりだというのにも関わらず、余りのアルの慌てた様子に、余程大きな事件がおきたのだという恐怖で震えが止まらなかった。

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