33 / 36
帝王と王族
しおりを挟む
愛が目を覚ますと、そこは見たこともない場所だった。ベッドの上の天蓋は金糸で緻密な模様の施された艶やかなもの。
部屋の天井は信じられないくらい高くて、ここが寝室なのかどうか疑ってしまうほどだ。部屋の装飾もどこの王様の部屋かと思うほど煌びやかで荘厳だ。
あまりのことに目が覚めてすぐ心が落ち着かなくなる。
(東京じゃ六畳のワンルームだったのよ! こんな場所じゃ落ち着いて眠れない)
ガバリと上体を起こすと周囲に人がいたようで、侍女服に身を包んだ女性たちは神妙な顔をしながら揃って頭を下げた。
「聖女アイ様。お目覚めになられましたか? 聖女様に医術者を呼んでまいりますのでお待ちください」
まるでお姫様にでもなったかのような対応に驚く。
「あの……ここは一体……ダグラスはどこに……」
愛の質問は侍女の微笑みで華麗にスルーされた。
「先にお怪我を見ていただいた方がいいですわ。聖女様には魔術が効かないのですから、お体に万が一のことがあったら困ります」
医術者が現れて愛の怪我を見てもらう。左の脇腹の傷はすでに縫合されていて、内出血で周囲が青黒く染まっている以外はそれほどひどくはなさそうだ。
「腹腔内まで達していたら外科的な手術が必要でしたが、筋肉までで止まっていたようで幸いでした」
愛は日ごろ体を鍛えていたことに感謝した。医術者が退室するやいなや、侍女らに体を洗われて香油を塗られる。王城のダグラスの部屋に滞在していたあの時と同じだ。
唯一違うのは侍女らに敬われ尊敬されているところだろうか。誰も愛の陰口をたたこうとはしない。それどころか愛の世話ができて光栄だとさえ思っているよう。それは侍女たちの態度からすぐに感じ取れた。
大事に全身を扱われて、見事なドレスを着せられる。髪には豪華な宝石をこれでもかとあしらわれて化粧も念入りにされた。しかも頭の上には王冠のようなものまで。
その恰好のまま豪華な朝食もいただいて、ようやく部屋から出してもらえる。たくさんの人に見守られて緊張してしまう。
「聖女様、こちらでございます」
案内されるままにいくと、帝王の間に通された。愛の顔を見ると守護魔獣のカルラが寄ってきて、頭を擦り付ける。その頭を撫でていると、周囲に大勢の人が並んで愛の方を見ているのに気が付いた。
そこには帝王だけでなく、様々な民族衣装を着た高貴な人がいた。様々な国旗を掲げた衛兵が彼らの背後に立っている。愛はカルラを見て表情を崩したが、すぐに緊張に気を引き締めた。
帝国の宰相が次々と彼らの名を読み上げる。帝国を構成する王国の王族が一堂に会しているらしい。彼らの注目を一身に集めて落ち着かない。
奥の方にダグラスとアイシスの姿が見えてようやく安心する。けれども厳格な雰囲気が、愛に彼らに声をかけることを許さない。帝王の粛々とした声が部屋全体に響き渡る。
「アイ、皆がお前が来るのを待ちわびていたぞ。紹介しよう彼女がギリア帝国の聖女だ。全世界の魔物を統べることのできるこの世で最強の存在。聖女アイだ」
帝王の紹介に、その場にいる王族が一様にざわめく。帝王よりも強い人間が存在すると思ってみなかったのだろう。帝王が愛を見て発言を促す。
「アイ、お前は最強の存在としてこれからこの世界をどうしたいのか聞かせてくれ」
そんなことを言われてもすぐには何も思いつかない。けれども警察官としての矜持を思い出して、ほんの少し言葉を変えて発言する。
「私、私は……帝国民一人一人が未来を夢見ることのできる平和な世界を作りたい。そのために自分が守られるだけでなく、自分の力で誰かを護れるように強くなりたい」
「ほぅ、いい目標だが、具体的にはどうしたいんだ? 魔獣の血に縛られた私は、アイの意思には逆らえん。なんでも自由に願うといい」
愛はごくりと生唾を飲み込む。彼女の言葉を帝国中の王たちが聞いているのだ。愛の願いはすべてかなえられるだろうことは分かっている。だからこそ責任が重くのしかかる。
(私の願い……私がここで一番したいこと……それは…)
愛は大きく息を吸うと、ゆっくりと声を出した。
「もちろん聖女としての役割も果たすつもりですが、できれば私はダグラスと一緒に生きていきたい。騎士団の仲間とずっと一緒に、泣いたり笑ったりして過ごしたい。それが私の願いです」
愛が発言し終わらぬうちに、並んだ王族たちが次々に口を開いていく。
「まさか! 聖女様が普通の女性として生きていくなどと……!」
「世界最強のお力を持ちながら、どうして権力をお求めにならないのか」
「アンカスター伯爵は歴史に残るほどに強いという噂だが、だとしても聖女様のお相手には役不足だろう。そんなことを認めるわけにはいかん」
様々な意見が飛び交うが、そのほとんどが否定的なもの。帝王は両腕を組むと、困ったという風にため息をついた。
「ふぅ、普通ならば帝王である私の妃に迎えたいところなのだが、お前はそれを望まないのか。子供の姿が嫌なのならば、見た目はいくらでも魔法で変えることができるぞ。ダグラスの顔が良ければそのように変化してやるがどうだ?」
「結構です! 私はすでにダグラスと『騎士の忠誠の誓い』を結びました。それに私はダグラスを愛しています!」
強く愛がいう。するとカルラが愛の後押しをするように、帝王の方を向いてガルルと牙をむいた。愛に逆らうなということなのだろう。
「おい、やめろカルラ。私とてアイには逆らえんのだからな」
帝王は片手をあげて仕方ないという顔をすると、にやりと笑って手を大きく仰ぐ動作をして見せた。
「よし分かった。アイが聖女だと知っているものにはすべて私が『沈黙の魔法』をかけてやろう。お前のことを誰かに話そうとすれば永遠にその声を失う高難易度の魔術だ。三か月ほど動けなくなるくらいに魔力を消費するだろうが、ダグラスとの結婚祝いとしてくれてやる。受け取れ」
「て、帝王様っ!」
「そ、そんなっ!」
「ち、沈黙の魔法などと……! それでは私たちが」
その場にいる王族が揃って悲痛な声を出したが、帝王はお構いなしだ。
「すでにあの場にいたナーデン神兵と神官たちには術を施してある。安心してダグラスと過ごせばいい。だが、アイの身が危険だと判断すればすぐにでもカルラや私が迎えに行くぞ。文句は言うな」
帝王のそんな捨て台詞を残して会議は終わった。
部屋の天井は信じられないくらい高くて、ここが寝室なのかどうか疑ってしまうほどだ。部屋の装飾もどこの王様の部屋かと思うほど煌びやかで荘厳だ。
あまりのことに目が覚めてすぐ心が落ち着かなくなる。
(東京じゃ六畳のワンルームだったのよ! こんな場所じゃ落ち着いて眠れない)
ガバリと上体を起こすと周囲に人がいたようで、侍女服に身を包んだ女性たちは神妙な顔をしながら揃って頭を下げた。
「聖女アイ様。お目覚めになられましたか? 聖女様に医術者を呼んでまいりますのでお待ちください」
まるでお姫様にでもなったかのような対応に驚く。
「あの……ここは一体……ダグラスはどこに……」
愛の質問は侍女の微笑みで華麗にスルーされた。
「先にお怪我を見ていただいた方がいいですわ。聖女様には魔術が効かないのですから、お体に万が一のことがあったら困ります」
医術者が現れて愛の怪我を見てもらう。左の脇腹の傷はすでに縫合されていて、内出血で周囲が青黒く染まっている以外はそれほどひどくはなさそうだ。
「腹腔内まで達していたら外科的な手術が必要でしたが、筋肉までで止まっていたようで幸いでした」
愛は日ごろ体を鍛えていたことに感謝した。医術者が退室するやいなや、侍女らに体を洗われて香油を塗られる。王城のダグラスの部屋に滞在していたあの時と同じだ。
唯一違うのは侍女らに敬われ尊敬されているところだろうか。誰も愛の陰口をたたこうとはしない。それどころか愛の世話ができて光栄だとさえ思っているよう。それは侍女たちの態度からすぐに感じ取れた。
大事に全身を扱われて、見事なドレスを着せられる。髪には豪華な宝石をこれでもかとあしらわれて化粧も念入りにされた。しかも頭の上には王冠のようなものまで。
その恰好のまま豪華な朝食もいただいて、ようやく部屋から出してもらえる。たくさんの人に見守られて緊張してしまう。
「聖女様、こちらでございます」
案内されるままにいくと、帝王の間に通された。愛の顔を見ると守護魔獣のカルラが寄ってきて、頭を擦り付ける。その頭を撫でていると、周囲に大勢の人が並んで愛の方を見ているのに気が付いた。
そこには帝王だけでなく、様々な民族衣装を着た高貴な人がいた。様々な国旗を掲げた衛兵が彼らの背後に立っている。愛はカルラを見て表情を崩したが、すぐに緊張に気を引き締めた。
帝国の宰相が次々と彼らの名を読み上げる。帝国を構成する王国の王族が一堂に会しているらしい。彼らの注目を一身に集めて落ち着かない。
奥の方にダグラスとアイシスの姿が見えてようやく安心する。けれども厳格な雰囲気が、愛に彼らに声をかけることを許さない。帝王の粛々とした声が部屋全体に響き渡る。
「アイ、皆がお前が来るのを待ちわびていたぞ。紹介しよう彼女がギリア帝国の聖女だ。全世界の魔物を統べることのできるこの世で最強の存在。聖女アイだ」
帝王の紹介に、その場にいる王族が一様にざわめく。帝王よりも強い人間が存在すると思ってみなかったのだろう。帝王が愛を見て発言を促す。
「アイ、お前は最強の存在としてこれからこの世界をどうしたいのか聞かせてくれ」
そんなことを言われてもすぐには何も思いつかない。けれども警察官としての矜持を思い出して、ほんの少し言葉を変えて発言する。
「私、私は……帝国民一人一人が未来を夢見ることのできる平和な世界を作りたい。そのために自分が守られるだけでなく、自分の力で誰かを護れるように強くなりたい」
「ほぅ、いい目標だが、具体的にはどうしたいんだ? 魔獣の血に縛られた私は、アイの意思には逆らえん。なんでも自由に願うといい」
愛はごくりと生唾を飲み込む。彼女の言葉を帝国中の王たちが聞いているのだ。愛の願いはすべてかなえられるだろうことは分かっている。だからこそ責任が重くのしかかる。
(私の願い……私がここで一番したいこと……それは…)
愛は大きく息を吸うと、ゆっくりと声を出した。
「もちろん聖女としての役割も果たすつもりですが、できれば私はダグラスと一緒に生きていきたい。騎士団の仲間とずっと一緒に、泣いたり笑ったりして過ごしたい。それが私の願いです」
愛が発言し終わらぬうちに、並んだ王族たちが次々に口を開いていく。
「まさか! 聖女様が普通の女性として生きていくなどと……!」
「世界最強のお力を持ちながら、どうして権力をお求めにならないのか」
「アンカスター伯爵は歴史に残るほどに強いという噂だが、だとしても聖女様のお相手には役不足だろう。そんなことを認めるわけにはいかん」
様々な意見が飛び交うが、そのほとんどが否定的なもの。帝王は両腕を組むと、困ったという風にため息をついた。
「ふぅ、普通ならば帝王である私の妃に迎えたいところなのだが、お前はそれを望まないのか。子供の姿が嫌なのならば、見た目はいくらでも魔法で変えることができるぞ。ダグラスの顔が良ければそのように変化してやるがどうだ?」
「結構です! 私はすでにダグラスと『騎士の忠誠の誓い』を結びました。それに私はダグラスを愛しています!」
強く愛がいう。するとカルラが愛の後押しをするように、帝王の方を向いてガルルと牙をむいた。愛に逆らうなということなのだろう。
「おい、やめろカルラ。私とてアイには逆らえんのだからな」
帝王は片手をあげて仕方ないという顔をすると、にやりと笑って手を大きく仰ぐ動作をして見せた。
「よし分かった。アイが聖女だと知っているものにはすべて私が『沈黙の魔法』をかけてやろう。お前のことを誰かに話そうとすれば永遠にその声を失う高難易度の魔術だ。三か月ほど動けなくなるくらいに魔力を消費するだろうが、ダグラスとの結婚祝いとしてくれてやる。受け取れ」
「て、帝王様っ!」
「そ、そんなっ!」
「ち、沈黙の魔法などと……! それでは私たちが」
その場にいる王族が揃って悲痛な声を出したが、帝王はお構いなしだ。
「すでにあの場にいたナーデン神兵と神官たちには術を施してある。安心してダグラスと過ごせばいい。だが、アイの身が危険だと判断すればすぐにでもカルラや私が迎えに行くぞ。文句は言うな」
帝王のそんな捨て台詞を残して会議は終わった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,441
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる