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初めての結婚
しおりを挟むあなたが20歳になる頃、貧乏なあなたと結婚してくれるお婿さんが見つかりました。酒と女が大好きなお婿さんでした。
このお婿さん、全く働きませんでしたね。
あなたは両親とお婿さんと四人で一間の家に暮らしていました。狭い部屋で皆んなが布団を並べて寝てる中、一人だけ早朝に目を覚まし、家を出て隣家と共同の台所で茶を沸かし、米を炊き、朝とお昼のご飯を作っていました。
あなたは、皆んなを起こさないように仕事へ出勤していました。そして夕方に帰れば、家族の為に夕飯を作り、皆んなが寝てる時間にお風呂を済ませていました。
お風呂やお手洗いといっても、これらは祖母が石レンガと中古の木材で作った簡易な建物でしたね。しかもこれらの建物は外にあった為、雨の日は傘をさして行かなければなりませんし、風の強い日はお風呂のカーテンが風でめくれてご近所から丸見えでした。
おまけにこのお風呂とお手洗い、それに台所も隣家と共同で使っていました。
この隣家、誰の家でしょうね。
あなたの妹夫婦の家ですね。あなたの妹は県外で結婚した後こちらに戻って来ると、屋敷の庭に勝手に家を建てて住んでいました。
しかも、台所もお風呂もお手洗いも、勝手に使っていました。これらの建物の掃除は全てあなたが行っていたのに。
あなたはこうして三人の大人を、あなた一人の収入で養う生活を送っていました。
ある日、あなたは初めて親に反抗しましたね。働かないお婿さんとは別れたいと、必死で訴えましたね。
私はその様子を天井から見ていました。狭い部屋で両親とお婿さん、あなたの四人が揉めている様子をずっと見ていました。
その日あなたを抱こうとして拒絶されたお婿さんは、お酒で呂律のまわらない口であなたを罵り、暴力を振るいました。
それを見ていたはずの両親に、あなたは必死で離婚したい、別れたいと訴えました。
ですが、祖母はあなたを叱りつけました。別れるな、と言うのです。しかも、
「おとっつあん、こいつを叩いてやらっせ!別れたいと言いよる!」
と祖父をけしかけ、祖父は言われるままにあなたを殴りました。
そして、下着姿で家の外に追い出されたあなたは一晩中泣きながら、寒い外で行くあてもなく、ただただうろうろとしていました。
若い娘が、夜中に下着一枚で外へ出されるなんて、酷い話です。
しかも外は秋の夜風が容赦なく吹き荒れ、あなたは寒さの為とても震えていましたね。涙を流してぶるぶると震えるあなたを、ご近所さん達も見ていたはずなのに、誰も声をかけたり、家へ招き入れてはくれませんでした。
それでもあなたは、やはり朝になればご飯を作り、皆んなが寝てる間に着替えて仕事へ向かうのでした。
私は上空から一晩中泣いて震えるあなたをみて、悲しくもあり、悔しくもありました。
なぜ、そのまま逃げて誰かに助けて貰わなかったのか、警察に保護して貰わなかったのか、なぜそれでも家に帰ってしまったのか‥‥。
あなたに言いたい事は山ほどあります。でも、実際に私が何を言ったとしても、あなたは家族を見捨てる事ができない優しい人でしたから、結果は同じだったんでしょうね。
あなたはこんな目にあっても、決して家族を責める事をせず、家事を放棄する事もなく、ただひたすらに働いて家族に尽くす人でしたね。
‥私はこの時ほど悔しくて泣いた事はありませんでしたよ。
一晩中震えて泣くあなたを抱きしめてあげたのに、あなたの震えは止まりませんでしたし、それにあなたの涙は何度拭ってあげても、すぐにまた溢れ出し頬を濡らすのですから‥‥。
なぜ私の声はあなたに届かないのか、なぜ外で震えるあなたを温めてやれないのか、私はこの時ほど歯痒い思いをした事はありませんでした。
私はこの時祖父母を恨みました。
ですが、この後私は祖父母の苦悩を知ることとなりました。
祖父母の苦悩を知ってからは、私は祖父母を恨むどころか、祖父母やあなたの苦労に感謝をせざるを得えなくなりました。
あなた達のおかげで、この土地とこの家があって、そこに住めているという事に、心から感謝しました。ですが、感謝の念と同時に、何となく後ろめたいような申し訳無いような思いもありました。
長々と書いてしまいましたが、決してあなたを傷つける為に、この日の事をここに書いた訳ではないのです。
この手紙を読んでいるあなたには辛いでしょうが、過去を一つ一つ振り返って、過去に自分が下した決断が果たして正しかったのかどうかをもう一度考え直す事は、とても大切な事なのです。
自分が過去に下した決断が、全てその時々で最善だったとあなた自身が納得する事が大切なのです。
そうする事で、あなたの今と未来はより良いものになるのですから。
あなたの過去を自分で納得し、時には正当化する事で、あなたの未来は変わるのです。
なのでもう少しだけ、あなたの辛い過去を私と一緒に振り返ってみて下さい。
では、あなたが初めて親に反抗した日以降の事をもう少しだけ書いていこうと思います。
応援ありがとうございます!
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