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森の中の美女
しおりを挟む周囲を山々に囲まれた田舎の小さな家に、ノニという男が一人で暮らしていました。
ノニは朝早くから畑に出て、夕方日の暮れるまで作業を続ける働き者でした。
夜になると、村の男衆が皆酒場に飲みに行く中、ノニだけは家で一人農具の手入れや内職をしているのでした。
村人達はそんな働き者のノニに自分達の娘を嫁にどうか?と声をかけるのですが‥ノニはそう言った婚姻話を全て断っていました。
村でも数少ない独身男性のノニに、どうしても自分の娘を嫁がせたかったオルトは、なぜノニが誰との婚姻話も断ってしまうのかを調べる事にしました。
「‥お父さん、また今日もノニを見張りにいくの?」
「ああ、ユリだってノニがなぜ誰とも結婚しようとしないのか気になるだろう?」
「まぁ、それはそうだけど‥。」
「‥じゃあ行ってくるよ。」
オルトは娘ユリの心配も無視して毎日ノニを見張りました。
ところが毎日どれだけ見張っていても、ノニは朝一番に畑に出て夕方になると家に帰る毎日の繰り返しでした。
時々オルトは一晩中ノニの家を張り込みましたが、ノニは一度として家からは出てきませんでした。
結局ノニを見張っていたオルトが分かった事といえば、ノニが真面目で働き者なのは間違いない、という事だけでした。
「‥お父さん、きっとノニは本当に一人で生きていたいだけなのよ。そっとしておいてあげましょう。別にノニに拘らなくても、村には他にもたくさん独身の男性がいるわ。ねっ。」
ユリはそう言って、オルガを慰めました。
ユリは、オルガの話を聞いて内心は安心していたのです。ノニに気のあるユリにとって、ノニが他の女の人と付き合ってる訳ではない、というが分かったからです。
実は‥ユリはノニに密かに恋をしていたのです。
ノニにお付き合いをしている女性がいない事が分かったユリは、次の日から勇気を出してノニに話しかけてみる事にしました。
「‥おはよう、ノニ。」
「‥おはよう。」
まずユリはノニと挨拶を交わす事から始めました。
「おはよう、ノニ。お昼から雨が降るらしいわよ。お天気婆さんがさっき教えてくれたの。」
「おはよう。お昼から雨か‥。なら、朝のうちに急いで作業をしなきゃな。」
ユリは少しずつノニと打ち解けていき、とうとうお昼ご飯を木の下で一緒に食べる仲になりました。
「‥ねぇ、ノニはどうして誰とも結婚しないの?」
いつも通り木の下でノニと昼食をとっていたユリは、とうとう我慢できずにこの質問をノニにしてしまいました。
「‥‥。」
この質問をした途端、ノニは黙ってしまいました。
ユリは長く続いた沈黙に耐えきれずに、ノニが質問に答えるのを待つ事を諦めてしまいました。
「‥ごめんね、変な質問をしちゃって。深い意味はないのよ。気を悪くしないでね。‥別に答えたくなかったら、答えなくていいの。」
ノニは何も言わずに俯いたままでいました。ユリは何となく気まずさを感じてしまい、その場を去る事にしました。
「変なことをきいたから、私の事を嫌いになったの?私と話したくなくなったのなら、もう行くわ。‥‥じゃあね、ノニ。」
ユリはそう言って、広げた昼食をしまうと立ち上がりました。
すると‥、ノニがユリの手を掴みました。
「ユリ、ごめん。考えてただけなんだ、その‥なんて説明すればいいのかってね。全部話すから、ここに座って。」
ユリはノニの隣に座り、ノニが話し出すのを待ちました。
「‥ユリは森の中に住む女性の話を聞いたことがあるかい?」
「‥森のお化けの事?森の中の湖に住む美女が、気に入った若い男に取り憑くっていう‥。」
「そうだよ。僕は両親が亡くなった時、寂しさと好奇心からつい行ってしまったんだ。‥森の美女に会いにね。」
「‥‥。」
「夜になって森に入り中を進んで行くと、月光に照らされてキラキラ輝く大きな湖があったんだ。その湖のほとりには、とても美しい女性が佇んでいたんだ。僕の姿を見た彼女は、そのまま僕のあとを追ってきた。僕は怖くなって家に逃げた。‥だが、家に入るとベッドの上には彼女が座っていた。先回りして僕を待っていたんだ。」
「‥それからどうなったの?」
「‥彼女と僕は一夜を共にしたんだ。彼女の体はとても冷えていたけど、僕と行為に及んだ後はいつも少しだけ温かくなるんだ。」
「‥‥。」
「彼女は毎晩僕の家にきて、僕を抱く。‥そして朝になると森に帰って行ったのか、消えているんだ。」
「それって、毎晩彼女を抱いているって事?彼女を愛しているの?」
「‥毎晩彼女を抱いてるよ。会話も何もないし、朝になると勝手に消えてしまう自分勝手な彼女をね。‥‥悔しいから、彼女が家に来ても気付かないように眠ってしまおうと思ったんだ。だから毎日必死に体を動かして働くんだけど‥何故か毎晩彼女が来ると決まって目が覚めてしまうんだ。」
「‥‥。」
「だから僕は誰とも結婚しないんだ。僕と奥さんが一緒に寝てるベッドに、彼女が来たらどうなると思う?彼女が怒って、僕や奥さんに危害を加えてしまうかもしれないだろ?‥それを考えると結婚なんてとても‥。」
「牧師さんには相談した?」
「したよ。神にも祈った。‥でも何も変わらない。」
「‥‥私、ノニを助けたい!ノニと結婚してノニを幸せにしたい!」
「‥ユリ、君が時々作ってきてくれたアップルパイが大好きだったよ。‥僕は彼女の事がなければユリと結婚したかったよ。‥さようなら。」
「‥さようならって?」
「‥今日は彼女と会って100回目の満月の日なんだ。」
ノニはそう言って、寂しそうな笑顔をユリに見せて去って行きました。
ユリはノニとこれっきり二度と会えない予感がしましたが、なぜかノニを追う事ができませんでした。
翌日、昼になっても畑に出てこないノニを心配した村人が、ノニの家へ訪れると‥ノニはベッドの上で亡くなっていました。
ノニの死に顔はとても幸せそうな笑顔でした。
ユリは、ノニの幸せそうな死に顔の理由を知っていました。
ノニは彼女を愛していたのです。彼女と会話ができないことに苛立ち、朝になると消えてしまう事に怒ってしまう程に‥。
ノニの魂は、きっと今頃彼女と一緒にいるのでしょう。もう朝になっても別れなくても良いのです。おしゃべりだって楽しんでいるかもしれません。
村人達がノニの死を悼む中、ユリだけはノニの幸せを祝福してやるのでした。
end.
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