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猫公爵との結婚 3
しおりを挟む猫公爵が屋敷を飛び出してから程なくして、彼が王宮に提出しておいた繰上勅書により、ダビデは正式に公爵家の爵位を継承しました。
ダビデは猫公爵がいなくなってからすっかり元気のなくなったサアラを気遣い、サアラを彼女が大好きだという歌劇に誘いました。
よそ行きの装いに身を包みダビデにエスコートされて、サアラは劇場の特等席へ通されました。
舞台がよく見える2階の特別観覧室の豪華なソファーに座っての観劇でした。
この特別観覧室はサアラがずっと憧れていた場所でした。おまけに隣にはこの国で一番の美男子ダビデが座っています。ダビデはサアラの手を握ったまま、甘い笑顔をずっとサアラにだけ向けていました。
その様子を眺めていた劇場中の若い女性達の深い溜息を吐く音が聞こえてきました。
サアラの着飾った豪華な装いやダビデの婚約者という立場が若い女性達の羨望を集めたのでしょう。
そんな彼女達達を見下ろすと、何人かの女性がサアラを睨み返してきました。
この事からも、ダビデが若い女性達にどれほど人気者なのかがサアラにも嫌と言うほど分かりました。
「‥ダビデ様は人気者なのですね。私、きっと国中の若い女性達から恨まれている事でしょうね。」
サアラがそう言うと、ダビデは大袈裟に首を振りため息まじりに答えました。
「‥彼女達は僕の見た目と地位に目が眩んでいるだけさ。僕は心から自分を大切に思ってくれる子を妻としたいんだ。」
ダビデは掴んだサアラの手を口元に持ってくると、軽くキスを落としました。すると劇場の観客席の至る所から沢山の女性の悲鳴が聞こえてきました。
おそらく舞台の劇ではなく、サアラとダビデの様子をずっと見ていた女性達の悲鳴でしょう。
舞台の役者達は、ざわついた観客達の様子に少し困惑した様子を見せたものの‥プロらしく完璧に歌を歌い上げ、劇を演じきりました。
そして無事フィナーレを迎える事ができたのです。
ラストのレビューで劇中の登場人物達が次々と現れて、互いの手を取り劇中の「さようなら愛しい人」と「最高の結婚」を歌いあげた時は観客席の全員が、劇の余韻に浸ってうっとりとした表情を見せていました。
サアラも役者達の歌にすっかり聞き惚れていました。目からは涙が溢れて止まりません。
「さようなら愛しい人」の歌は、大好きな夫を戦争に送り出す別れの場面での妻の気持ちがうたわれていました。
この歌をきいている時、ふとサアラの脳裏に猫公爵の姿が浮かびました。木から降りられなくなって恥ずかしがる彼の姿や、初めて会った時の書斎での作業中の姿、それにサアラに少し意地悪をした後の寂しげな姿‥
サアラはダビデという誰もがうらやむ素敵な男性が隣にいるにも関わらず、この時猫公爵の事ばかりを考えていました。
そして、そんなサアラを何も言わずに優しく見つめるダビデに対して何となく後ろめたい気持ちも抱いていました。
「‥サアラ、凄い涙だ。ハハハ、せっかくの化粧が台無しになってるじゃないか。‥これを使うといい。」
ダビデがそう言ってハンカチをサアラに渡してくれました。
「ありがとうございます。」
この何日かでサアラは、ダビデがいつも陽気で無神経な男のように見えるが実は‥かなりの気配り上手で心優しい男なのだという事がよく分かっていました。
それに人の心の機微にも実は敏感な事にも‥。
「‥君は本当に歌劇が好きなのだな。」
「‥ええ。でもすぐに劇の中の人物に感情移入をしてしまって、今みたいに感情が昂ってしまいますの。お恥ずかしいです。」
「‥君は本当に感情豊かなのだな。‥で、君は今‥劇中の人物の誰のどんなところに共感して泣いているんだい?」
「‥えっ。」
サアラがダビデの思いがけない質問にダビデの顔色を伺いみると‥、ダビデは相変わらずの笑顔を浮かべていましたが、射るような鋭い目つきでサアラを見つめていました。
「‥君は誰を思い浮かべて泣いているんだ?」
「‥‥!?」
サアラは、ダビデがサアラに本当に聞きたい事を察する事ができました。
陽気で明るいダビデですが、この時ばかりはシリアスでした。流石のダビデもここ何日かのサアラの様子から、ある事実に気づいていたのです。
「君が言いにくいなら僕が代わりに答えようか。‥君が結婚したいのは僕ではなく、猫の父上なのだろう?」
「‥ダビデ様、私は‥。」
「‥何だと言うんだい?」
「私は最初公爵家に来た時からずっと猫の姿の公爵様と結婚するのだと思っていたのです。だって、誰も私がダビデ様の花嫁として公爵家へ呼ばれたのだと教えてくれなかったのですもの。」
「‥で、君は今でも変わらず父上を思っているとでも言うのか。相手は猫だぞ。」
「‥でも、私は猫の姿の公爵様を‥いつしか単なる猫とは思えなくなっていました。」
「‥まじか‥。」
「‥ごめんなさい!でもかと言ってダビデ様のお父上に異性として恋をしているわけではありません。」
「‥‥その話はとりあえず置いておこう。この後レストランにディナーを予約してあるんだ。行こう。」
「‥ダビデ様‥。」
「‥美味しいものでも食べながらこの話の続きを話そう。」
そう言ってダビデはサアラの手を取りエスコートしました。
移動中無言のままの二人でしたが、相変わらずダビデの手はサアラの手をしっかりと握りしめていました。
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