異世界恋愛短編集

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猫公爵との結婚 4

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レストランに着くと、ダビデは給仕係に手際良く注文を済まし、テーブルの上で手を組みサアラを黙って見つめていました。

その視線にたじろぐサアラでしたが、ダビデはそれでも容赦なくサアラを見続けました。

給仕係が持ってきたワインを二人のグラスに注ぎました。ダビデはそのワインを口に含むと目を閉じて小さなため息をこぼしました。そしてどこか吹っ切れたような笑顔を見せて、サアラに対して静かに語り始めました。

「‥君に父上の話をしてあげよう。」

「‥‥。」

サアラは黙って頷きました。

「‥父上は今頃は猫王国で猫の姿でのんびりと過ごしていると思うよ。

父上が猫なのは、ひいおばあちゃんの血をひいているからなんだ。

父上の祖母、つまり僕のひいおばあちゃんは猫王国の王女様だったんだよ。この国に留学中に僕のひいおじいちゃんと恋に落ちて結婚したんだ。

猫王国の人はこの国の人間の何倍も長生きだからね‥だからひいおじいちゃんが亡くなった後もひいおばあちゃんは若い姿のままだったから、沢山の異性に言い寄られて困っていたそうだよ。

それが嫌で、自分の息子が公爵家を継ぐとすぐに祖国へ帰ってしまった。‥きっと今頃は猫の姿でのんびり余生を過ごしているだろうよ。

そしてひいおばあちゃんの息子、つまり僕のおじいちゃんの跡を継いで父上が公爵家当主となった頃、母上が人間の姿の父上に一目惚れをして二人は結婚したんだ。

だが母上と結婚してから、母上が実は猫アレルギーで猫嫌いだという事が分かって、その事に気をつかった父上が人間の姿のままで何年も生活するようになったんだ。

その反動で、僕が産まれてから間もなく父上は人間に戻る事が一切出来なくなってしまったんだ。‥悲しい事に猫の姿のままでしか生きられなくなってしまったんだ。

母上はその事に絶望して‥

「猫の妻になるなんてお断りよ!」

と言って、見知らぬ外国の男と駆け落ちしてこの国から出て行ってしまった。

‥‥つまりね、母上は父上や僕を見捨てたんだよ。

父上は母上に捨てられた僕の事を不憫に思い、僕の事をそれはもう猫可愛がりしてくれたよ。‥猫だけにね。ククク‥。」

「‥‥。」

「そんな父上の事だ。仮に君の事を好いていたとしても、僕から君を奪うような真似はしないだろう。かと言って、君が仮に父上を好いていたとしても、君から父上の押しかけ女房になることは難しいだろう。父上は絶対に断るからね。‥僕に申し訳ないからと言ってね。」

「‥押しかけ女房だなんて‥そんな事はしません。私は‥。」

突然ダビデはサアラの腕を引っ張り、顔を引き寄せると口付けをしようと顔を近づけてきました。

「‥駄目!」

サアラは咄嗟にダビデの手を払い、ダビデから顔を背けました。

ダビデはサアラに跳ね除けられた手元のシャツの崩れを直すと、自分から顔を背けたままのサアラをそのままにして、グラスのワインを飲み干しました。そして何事もなかったかのように食事を再開していました。

サアラは‥ダビデに顔を向ける事ができませんでした。

この時サアラは気付いたのです。自分がダビデとキスはおろか、きっと簡単なバグですらとても出来そうにない事を‥。

ダビデに触れられる事に拒否感を抱いてしまうのは、サアラの心の中に異性として慕っている相手がいる事をしっかりと示していました。

そしてサアラの心の中にいるその意中の相手とは、猫公爵に他ならないのだという事を‥。


この時テーブルから落ちたサアラのナイフやフォークを給仕係が拾い、新しいナイフとフォークを持ってきましたが、サアラの食事はそれ以降進む事はありませんでした。

ダビデだけが食事を進めていき、サアラの食事はとうとう片付けられてしまいました。

サアラはまだ自分がダビデにかけるべき言葉が出て来ませんでしたし、食事どころか‥この後どう行動すれば良いのかも分からない為、ただぼーっと俯いて椅子に座っていました。

そんなサアラの様子に痺れを切らしたのか、サアラにキスを拒絶されてからずっと黙っていたダビデですが、短いため息を吐くと一言だけ口を開きました。

「サアラ、君のその無自覚で優柔不断な態度は‥僕をとても傷付けているんだよ。‥そろそろ君の誠意を示してくれないか。」

ダビデはサアラに対して努めて笑顔でしたが、それでもサアラにかけられた言葉は厳しいものでした。‥ですが、それは真実でした。サアラはダビデに対して誠意ある行動をとらなければなりません。

‥サアラはダビデとの婚約を取り消してもらい、近いうちに荷物をまとめて実家に帰ろうと決意しました。

サアラはそう決意し、ダビデの顔を見ました。

‥ダビデは相変わらず鋭い目でサアラを見ていましたが、強い決意をしたサアラは、ダビデから目を逸らしませんでした。  

この時、ダビデもサアラの決心を悟ったようでした。一瞬だけダビデが微かに笑ったようにサアラには見えました。


気まずい空気のまま二人の食事会は終わり、サアラはダビデのエスコートを受けることもなく、二人はお店の外の馬車の前までやってきました。

ダビデは馬車の前に立ち止まると、お付きの者にもう一台馬車を呼ぶように指示を出しました。そして、サアラが乗った馬車には乗らずにサアラに話しかけました。

「‥サアラ、今この場で君との婚約はなかった事にしよう。君を今から君の実家まで送るよ。さよなら。」

その言葉を聞いて、公爵家の御者やお付きの者達は驚いてアタフタとしましたが、サアラはこれがダビデのサアラに対する精一杯の気遣いである事を知っていました。

サアラが猫公爵への恋心に気づいた以上、ダビデの館に婚約者として居座る事などサアラにはできません。

‥そして、この場でそのダビデの言葉を受け入れる事が、自分を気遣ってくれた彼に対しての正しい礼儀であるだろうとサアラには思われました。

「‥ダビデ様‥。‥今日までありがとうございました。どうかお幸せに。さようなら。」

「‥ああ、さようならサアラ嬢。僕も結婚する前に君の浮気心に気付けて別れる事が出来て良かったよ。ハハハ‥。」

そんな風にわざと憎らしげに言い放って笑ってみせたダビデの顔が、サアラには少し悲しげに見えました。   

馬車はサアラだけを乗せたままサアラの実家まで向かいました。

サアラは馬車が走り出すまでダビデに深く頭を下げていました。そして馬車が走りだしてもしばらく頭をあげられずにいました。

結局そのままダビデとは一切目を合わさずに別れたのでした。



その後何ヶ月か経った頃、ダビデによく似た男性がラブラドール侯爵家のサアラを訪ねて来ました。

サアラはその男性と婚約をし、外国へと旅立ちました。

その男性とは‥かつての猫公爵でした。そして旅立つ先は猫王国でした。

猫王国へ向かう船に乗った二人は、ラウンジでゆったりと寛いでいました。

「旦那様、もう猫にはならないのですか?それにしてもどうして急に人間の姿に戻れたのですか?」

「‥えっ、それを聞くのかい?‥恥ずかしい話なんだが‥。」

「‥フフフ、そんな風に言われたら余計に気になるじゃないですか。さあ、教えて下さい。」

「‥‥実は猫王国で発情期を迎えたんだ。猫は年に何回か発情期が来るんだが、毎回相手が変わったり、一度に何人もの相手を相手にする事もよくある話なんだ。

‥だが、人間社会の長い俺にはその慣習は受け入れ難かった。おまけに雌猫が甘えて来た時、猫の姿のままでその雌猫と交わる事に拒否感を覚えたんだ。

それから‥君の事を想ったんだよ。交わるなら人間の姿で君とが良い‥と想ったんだ。  

そうしたら、いつのまにか何年かぶりに人間に戻れたんだ。

嬉しくて息子に人間の姿のままで会いに行ったよ。‥その時息子の嫁にも会って挨拶をしてきた。それから息子に君への求婚の許可も貰ってきたよ。」

「‥まあ‥。」

サアラは猫公爵‥いえ猫大公の明け透けな告白にドキドキしていました。発情とか、交わるならキミが良いとか‥そんなセリフはいつも隠れて読んでいた成人向けの本でしか出てこないセリフでしたから‥。

ダビデが結婚した事を聞いて安心したせいか、サアラは目の前の猫大公に対しての恋心を遠慮なく自覚する事ができました。

それに、目の前の猫大公の歳の割には若すぎる美しい外見と、その口から出てくる自分に対しての猫大公の直接的な好意をあらわした言葉がサアラをこの上なく幸せな気持ちにさせていました。

‥サアラは紅潮した頬を両手で覆いながらも一生懸命に平静を装っていましたが、猫大公はサアラの異変をすぐに感じとっていました。

「‥サアラ、様子が変だ。顔も紅いし、脈も上がってる。‥君も発情期か?」

猫大公は、ドキドキしているサアラに容赦なく恥ずかしい言葉をかけてきました。

「‥そんな直接的な言い方‥嫌です。恥ずかしい!」

「‥サアラ、恥ずかしがらなくても良いんだよ。発情はごく自然な事だ。さあ、すぐに部屋に戻って交わろう!」

猫大公とサアラは客室へ向かいました。そして翌日の昼過ぎまで部屋から出てくることはなかったようです。



それからまた何ヶ月か経ち、ダビデのもとに猫大公から手紙が届きました。

そこには猫王国でサアラと結婚式を挙げた事や、サアラが妊娠した事などが書かれていました。

「‥まじか。」

「‥あら、おめでたいじゃない。お二人の為に素敵なお祝いの品を贈らなきゃならないわね。」

「‥ああ、僕らもお祝いを沢山貰ったからね。お返しをしないとね。」

ダビデの側には国で一番美しく賢いと言われた、この国の王家の王女がいました。今ではダビデと結婚して公爵夫人となっていますが‥。

公爵夫人はダビデの肩の上で羽をバタバタとさせながらダビデと話しをしていました。

「‥それにしても、国一番の美女と名高い我が国の末っ子王女様がまさか鳥人だったとは‥王家以外の人では僕しか知らない秘密なんだろうなぁ。」

「‥勿論国家機密ですわよ。」
 
「父上が猫だったおかげで、君が鳥人だと知っても驚かなかったよ。だから国で一番の美女の君と結婚できたんだから、父上には感謝しなきゃな。」

「私も、まさか自分を鳥の姿でも受け入れてくれる男性がいるなんて‥しかもそれがこんなにも素敵な男性だったなんて‥あなたのお父上のおかげよね、本当に感謝してますわ。」

二人はそう言いながら、仲良く猫大公とサアラへの祝いの品を考えるのでした。


end.
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