異世界恋愛短編集

みるみる

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聖女失格 前編

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 ユーロ帝国の地方の小さな村の教会に、「白百合の聖女」と呼ばれる女性がいました。

 彼女はこの国一の実力を備えた聖女で、これまでにも何人もの人を救っていました。

 そんな彼女の本当の名前はリーナ、姓はありません。彼女は貧しい両親と沢山の兄弟達がいる家庭の中で農家の長女として育ちました。

 下の弟や妹達が大きくなり、家庭の食費を圧迫するようになった頃‥彼女は家を出て教会に住み込みで勤める事を決めました。彼女は教会で務めるにあたり、リーナの名を捨てて、百合を意味する「リリー」と言う名を神から頂きました。


 清楚で純粋、村人だろうと国王だろうと分け隔てなく接することのできる稀有な存在である彼女は、教会で勤めるようになり「治癒」と「回復」魔法を習得し、その精度を上げていきました。

 彼女はその能力で沢山の人々を救い感謝されてきました。時には謝礼金を沢山頂くこともありました。ですが、そのお金は全て貧しい家庭や飢饉で苦しむ地域に寄付していたのです。

 そんな彼女は人々から「白百合の聖女」と呼ばれ、彼女のもとには毎日沢山の人達が救いを求めてやってくるようになったのです。


 ですが‥世の中が平和になり人々の暮らしが楽になってくると、人々が聖女に求める救いの内容も様変わりしてきました。


 「聖女様!助けて下さい。我が家の借金が膨れ上がり家を無くしてしまいました‥。だからお金を下さい!そのお金で一攫千金を狙い、今度こそ大儲けしたいのです。」

 「聖女様、そのお力で私の顔を美人にして下さい。」

 「聖女様‥。」

 はぁ‥。

 リリーは、自分を聖女と崇め自己中心的な願いを叶える様に迫ってくる人々に、最近はうんざりしていました。

 そんなリリーのもとに、リリーの教会の領地の長から呼び出しがありました。

「領主様からの呼び出しですか‥。これまで領主様からはなんのお願いもされてなかったのに‥何故急に?」


「‥リリー、領主様には大変お世話になっている。この教会が存続しているのも領主様からの多大な寄付金のおかげなのだ。変な詮索はやめてすぐに行って欲しい。」

「‥牧師様がそう仰るなら‥。」

 リリーはそう言って仕方なく行くふりをしましたが、内心はとても喜んでいました。

 何故なら領主様の一人息子のフランク様は、優しくて少し都会的な雰囲気のある素敵な青年だったからです。

 彼はリリーに一切お願いをしなかったし、それどころかリリーの為に時々お菓子や花をプレゼントしてくれたのです。

 そんな彼に恋心を抱くな、というのは無理な話です。


 リリーが浮き足立つ気持ちを抑えながらお屋敷に着くと‥沢山の使用人が出迎えてくれました。そして‥

「お待ちしていました聖女様!」

 そう言って使用人達が居並ぶ中をリリーの元へと駆け寄ってきたのは、ここの領主様‥つまりルボルク伯爵夫人でした。

 リリーは夫人の後ろについていた執事らしき中年の人物に案内され、屋敷の二階へと連れて行かれました。

 すると、そこには‥ベッドの中でやつれた姿で寝込んでいるフランクの姿がありました。

「‥‥彼は病気ですか?」

「‥分からないの。医師も原因が分からないと言うの。だから、あなたを呼んだの。」

「‥そうですか。」

 リリーはそう言うと、ベッドに横たわるフランクのそばに行きました。彼女は医師ではありませんでしたが、彼の顔色や息遣いなどを丁寧に観察しました。

 「‥これは何かしら?」

 リリーはフランクが右手にしっかりと握りしめていた赤くて細長い石を見つめて言いました。

「‥あの赤い石は息子のフランクが王女様の気をひくために命懸けでとってきた魔界の赤い石です。‥フランクはそれを持ち帰るなり高熱を出して寝たきりになってしまったのです。」

「‥王女の気をひくために命懸けで?」


「‥ええ、フランクは王都へ行った時にララベル王女に一目惚れしたようなのです。

それで叶わぬ恋と知りながらもその想いを告げたら、王女が『もし魔界の赤い石をとってくる事ができたら、私は貴方と結婚してもよいですよ。』と言ったんだそうです。

 するとフランクは早速夜の魔の森へ向かい、魔族を騙して赤い石を奪い取ってきたのです。‥ですが、その日以来フランクはその石を掴んだまま離さず、寝たきりになってしまったのです。」

「‥なるほど、分かりました。」

 リリーはしばらく考え込んだ後、フランクの手を握り、その手に掴んだ赤い石を取り上げようとしました。


「聖女様、何をするのです?せっかくフランクがとってきた赤い石を‥取り上げてどうするつもりなのですか?」

「私が魔界に返して許しを請うのです。そして、彼を元通りの健康な体にして貰うのです。」

「‥駄目です!フランクの赤い石は渡しません!そんな事より早くあなたの聖なる力でフランクを元気にしてやって下さい!」
 
「‥赤い石を手離さない限りは無理かと‥。」


「それなら、あなたの教会への資金援助を今後一切行いません!」

「‥‥。」

 リリーは、困ってしまいました。フランクのこの症状は明らかに赤い石を手離さない事が原因だというのに、それを手離さないで彼を元の元気な姿にしろ、と伯爵夫人はいうのですから‥。しかも教会への資金援助を盾にして‥。

 リリーは恩のある教会の為に仕方なく、フランクに出来る限りの力を注ぎました。

 すると、すぐにフランクの顔色は良くなり回復していきました。

「フランク!ああ、良く元気になったわね。‥聖女様ありがとうございます。」

「母さん‥せっかく元気になったんだ。こうしちゃいられない。‥今からすぐに赤い石を持って早速王女様の所へ行くよ。」

「ええ、そうね。すぐに支度しましょう。‥ところで聖女様はもうお帰り頂いて結構ですわよ。」
 
 伯爵夫人はフランクが病から回復すると、途端にリリーを邪険にしました。

「‥聖女様?なぜすぐにお帰りにならないのですか?」

「‥すみません。体調が‥すぐれなくて‥少し休ませて貰えませんか。」

 リリーはフランクの体を治す際に、その痛みや呪いのようなものを自身の身に吸収していたのです。その為、熱や倦怠感で立ち上がれずに座り込んでしまっていたのです。

「‥迷惑です、もうお帰り下さい。用があればまたお呼びしますので。」


 夫人はそう言って、使用人にリリーを屋敷の外へと放り出させました。

 
 それから数時間後、リリーが伯爵邸の塀にもたれて苦しんでいると、そのそばを一台の馬車が王都に向かい走って行きました。

 リリーはせっかく命懸けでフランクを助けたというのに、まるでボロ雑巾のように夫人に扱われて屋敷の外へと放りだされた事が悔しくてたまりませんでした。

「‥フランク様に会えるかもって期待してここに来たのに、馬鹿みたい。‥もう二度と領主様の呼び出しには答えないわ。あーあ、体がだるい。苦しくて‥死にそう。「治癒」や「回復」魔法なんか使えるがためにこんな目にあうのね。‥全く‥この能力を神様に返してやりたいわ!」

 リリーはそう毒づくと、地べたに横たわりそのまま目を閉じました。

『‥もうどうでもいいわ。それに‥いっそのこと‥ここで死んでしまって、伯爵家の非道さを世間に知らしめるのも良いかも。フフフ、そんな事を考えるなんて‥私ってば聖女失格ね。』

 そう思っていたリリーの頭上を大きな影が覆いました。

「随分と行儀の悪い聖女だな、こんな所で寝るなんてな。」

「‥誰よ、放っておいて。私はもう聖女はやめたの。」

「‥そうなのか?」

「そうよ。それに今から死ぬんだから。」

 リリーは見知らぬ男性の声かけに対して、目を閉じたまま半ば投げやりに答えました。

「‥どうして死ぬんだ?」


「‥ここの伯爵家の長男が魔界の赤い石を盗んで来たの。だからそのせいで彼が受けた呪いをこの身に引き受けたのよ。
 
‥全く!私が赤い石を魔界に返して謝って来いといったのに、きかないんだから!嫌になっちゃう!

おまけにこんなに苦しそうな私を屋敷で休ませずに外へ放り出すんだもの。

‥あんた、私が死んだらちゃんとこの事を街中へ広めなさいよ。

‥私が死んだのはこの伯爵家のせいだってね。」

 
「ほお?やたらと口の回る元気な病人だな。とても死にそうには見えんがな。」


「なっ!‥‥えっ、あれ?体が苦しくない。」

 
 リリーは先程まであんなにも息苦しさや怠さを感じていたのに、いつの間にかそれらが消えていたのに驚きました。


「‥俺がかけた呪いだ。俺が消せない訳がない。」

「‥えっ?」

 リリーは起き上がり、変な事を言いだした大きな男を見上げました。

 男は褐色の肌に金色の瞳を輝かせた美丈夫でしたが、にっこりと笑った白い歯から牙が覗いて見えました。

「‥あっあなたは‥魔界の‥。」

「‥魔界の‥王だ。」

 そう言って魔界の王はリリーを軽々と抱き上げると、三つの頭を持つ犬顔の魔獣の背中に乗り、空へと飛んでいきました。
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