異世界恋愛短編集

みるみる

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優柔不断な男 1

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 トッペル国の高原地帯に暮らす遊牧民ルノン族では、今年成人を迎える若者が数名いました。

 ルノン族は高原地帯で牧畜や農業を営みながら、その土地が衰えてくるとさらに豊かな土地を求めて移動するという遊牧民でした。

 代々外部の人との交流を拒み、部族内で結婚してその血を絶やさないように努めていたルノン族ですが、最近は部族内でも少し変化が起きていました。

 若者達の間で、高原地帯から出て街へ出て行く者が増えたのです。

 若者達は奨学金を貰って学校へ行ったり、就職してお金を稼いでは家族に仕送りをしていたので、そういったお金は家族の大切な収入源となっていました。

 その為、今年も二、三人の若者が街へ出て行く事になり、遊牧民のルノン族としてここで成人を迎える若い男女はとうとう6人だけになってしまいました。


「‥ブロウ、ユリシス、バレンティン、それにノキア、マリアン、ローラ。お前達が成人するにあたって、これから二週間かけてあの山を登ってきてもらう。山の頂上には我々ルノン族の守り神の祭壇もある。きちんと掃除をして儀式も済ませてから帰って来るように。いいな?」

「はい!」

 ブロウ、ユリシス、バレンティンの男3人と、ノキア、マリアン、ローラの女3人は、元気よく族長に返事をすると、背中に数日分の食糧を担いで山へと向かいました。

 6人はブロウとマリアンを先頭にして速いペースで山に向かい歩いていました。6人とも幼い頃からよく知る仲なので、表面上は仲良く旅をしているように見えました。

 ですが‥ブロウ、ユリシスの男2人とノキア、マリアンの女2人と共に旅をする事に、バレンティンは内心嫌な感情を抱いていました。実はバレンティンとローラ以外のこの4人は元恋人同士であったり現恋人であったりして、大変複雑な関係にあったのです。

 ブロウはノキアと別れてもノキアにしつこく復縁を迫り、その事で度々ノキアの今の恋人ユリシスと衝突していたので、バレンティンは今回の旅でも何かトラブルが起きやしないかとハラハラしていたのです。

 まあ、そんなブロウもマリアンの一途な愛にうたれてマリアンと付き合うようになってからは、ノキアを巡ってユリシスと揉める事は無くなりましたが‥バレンティンは、ブロウが未練たらしくノキアを見つめている様子を度々目にしていました。

 バレンティンはその度に、ブロウを一途に想うマリアンの事を想い、胸を痛めていました。

 マリアンは、美しいノキアのかげにかくれてあまり騒がれることはありませんでしたが、なかなか可愛い女でした。ブロウを一途に想う健気な彼女を、密かに想う男は少なくありませんでした。

 マリアンを密かに想う男‥その中にバレンティンもいたのです。

 だからこそバレンティンは、今回の旅を忌々しく思っていたのでした。目の前でマリアンがブロウといちゃつく姿は見たくないし、それにユリシスとノキアが所構わずいちゃつく姿も勿論見たくはなかったのです。

 現に今こうして山に向かう道中も、この4人は人目を憚らずにいちゃつき始めていたので、バレンティンはすでに憂鬱な気分になっていました。

『‥そういえば、今回の旅にはローラもいたな。彼女はこの面子での旅をどう思ってるのだろう?』

 バレンティンはそう思い、ふとローラの方を振り返りました。

 彼女はこのメンバーの最後尾で、目の前でいちゃつく二組のカップルを特に気にする事もなく、マイペースに道中を楽しんでいるようでした。

 道端の草花や木々を真剣に見ては、ブツブツ言っていました。

 バレンティンは、そんなローラの姿を見て安堵しました。

『‥良かった、ローラがいて。俺一人では正直この面子での旅はキツかったからな。』

 そう思い、思わずローラに微笑んでしまいました。


 ローラはそんなバレンティンの微笑みを見て平気を装い続けましたが、内心はドキドキしていました。

 ローラはバレンティンに密かに恋していたのです。


 そんな複雑な恋愛関係にあったこの6人の男女が山の中へ入る頃、あたりは少しずつ暗くなってきていました。


「皆んな、ここにキャンプを張ろう。男3人で火を起こして寝床を作るから、女達は食事の用意をしてくれ。」


 ブロウの指示で6人は各々手際よく動き、野営の支度を完了させました。

 6人は荷物に入れられたお酒を一本取り出すと、一つの器で回し飲みをしながら飲み干してしまいました。

「‥皆んなベロンベロンに酔って寝てしまってるじゃないか。」

グゴォー、グゴォーッ

 どこかからか豪快ないびきもきこえてきました。

「俺が火を見てるから、ローラも寝るといい。今起きてるのは僕達だけだから‥。」

「私もバレンティンと一緒に起きてるわ。」

「‥それならローラ、君が先に寝ててくれ。後から交代して俺を寝かせてくれればありがたい。」

「‥あっ、そうね。そうするわ。」

 ローラはバレンティンと2人で夜通し話をして仲を深めようとしていた目論んでいたのに、それが叶わずガッカリした様子でした。

 バレンティンは自分以外の皆が寝てしまうと、炎をぼんやりと見つめながらパチパチと弾ける火の音を聞いて夜を過ごしていました。

 ふとバレンティンが炎の周りを囲んで横一列に眠る皆んなを見ると、ある違和感に気付きました。

 ノキアがいつの間にかユリシスの隣から端にいるローラの横へと移動していたのです。それにブロウも‥ローラを追うようにしてローラの隣へと移動していたのです。

 つまり、これまで端で寝ていたはずのローラのそばでノキアとブロウが一緒に抱き合って眠っていたのです。

『いつの間に移動したんだ‥?』

 ノキアはブロウのマントに包まれてスヤスヤと寝息をたてていましたが、ブロウは何かブツブツとノキアに囁き続けていました。

 バレンティンがその声を聞き取ろうと耳を澄ますと‥

「‥もう一回しようよ、ノキア。」

 そう言うブロウの声がはっきりと聞こえてきました。

『‥もう一回って何を‥?』

 そう疑問に思い、ブロウとノキアの方をじーっと見つめていると、ノキアを抱きしめながらしきりに自身の下半身を擦り付けるブロウの姿が見えました。

『‥もう一回って、の事か。‥っていうか、この状況の中で既に一回やったって事だよな。気付かなかったなぁ。それにしても‥お互いにすぐそばに恋人がいるというのに、なんて大胆な‥。』

 バレンティンが呆れて頭を抱えていると、ブロウ達のいる方とは反対側から誰かが起き上がった気配を感じました。

 バレンティンは嫌な予感を感じながらも、その気配のする方へ目を向けました。

 そこには案の定鬼の形相をしたマリアンの姿がありました。

『マリアン、かわいそうに‥。だが頼むから、この場で変な騒ぎは起こさないでくれよ。』

 そう思いながらマリアンを見つめてるいると、マリアンがバレンティンの視線に気付いたのか突然バレンティンの方を向きました。

 マリアンはまさかバレンティンが起きてるとは思わなかったようで、バレンティンを見た途端に立ち上がろうとするのをやめて再び大人しく横になるのでした。


「あっ、あっ‥。だめっ。」

『‥!』

 ブロウとノキアの方から小さな女の喘ぎ声が聞こえてきました。ブロウがとうとうノキアとの二回戦を始めたようでした。

『‥まじで勘弁してくれよ。何が悲しくてこんなのを見せつけられなきゃならないんだ。それに‥。』

 バレンティンは横になって震えるマリアンを見つめました。

 怒り?悲しみ?マリアンは声が漏れないように必死に堪えながら口を押さえて泣いていました。時々微かに嗚咽も聞こえてきます。

「あっ、あっ‥。」

「‥ノキア、いくよ‥。」
 
シクシク、シクシク、


 バレンティンはブロウとノキアの抱き合って喘ぐ声とマリアンの嗚咽を聞きながら、なんとも言えない気持ちになっていました。


『何なんだ、このカオスな状況は!‥それにしてもブロウとノキアの奴、よくも恋人のそばで堂々とそんな浮気をできたものだな。‥‥こんな情景を見せられるぐらいなら、火の番なんてせずにさっさと眠ってしまえば良かった!』


 バレンティンは悶々としたまま結局一睡もせずに朝を迎えてしまいました。




「‥おはよう、バレンティン。君が一晩中火の番をしてくれてたんだね、ありがとう。」

 起きるなりそう言ってユリシスがバレンティンを労うと、その言葉に驚いたのか、ブロウとノキアが凄まじい形相でバレンティンを見てきました。

 二人は朝が来る前に恋人の横に戻ってきていた為、ユリシスはノキアが途中で居なくなった事に気付いていないようでした。


 ノキアが震えている事に気付いてユリシスがノキアを抱きしめました。

「ノキア、朝は冷えるから‥。君が温まるまでもう少し僕が抱きしめててあげるよ。」

「ありがとう‥。」


 バレンティンは、ノキアとブロウの青ざめた顔色を見ながらわざとニヤリと笑ってみせました。

 すると、二人共ビクリと体を痙攣させました。そして、必死にバレンティンに目で訴えてきました。

『‥お願い!昨日の事は黙っていて!』

 まるでバレンティンにそう言っているようでした。

 それに、二人はバレンティン以外にも浮気の目撃者がいた事にまだ気付いていないようでした。


「おはよう、マリアン。今朝もかわいいね。」

 そう言ってブロウはマリアンを抱きしめてキスをしていました。


「‥おはよう、ブロウ。」

『‥。』


 ブロウに笑いかけるマリアンの目は赤く腫れており、その姿を見た途端バレンティンの胸が痛みました。

 
 ブロウはマリアンの赤く腫れた目に気付かないのか、その事には一切ふれませんでした。そして‥いつの間にかブロウの目は無意識なのかノキアの姿を追っていました。

 バレンティンはブロウに殴りかかりたくなる衝動を堪え、マリアンに話しかけました。

「おはよう、マリアン。」

「‥‥!」

「‥大丈夫、何も言わないから。」

「‥‥。私、向こうの小川で顔を洗ってくるわ。」

 マリアンは再び涙目になると、それを隠す為か走って小川の方へ行きました。

 そんなマリアンを心配そうに見つめるバレンティン‥を見つめていたのはローラでした。

 ローラは今朝からバレンティンがずっとマリアンの方ばかりを見つめていた事に気付いていました。

『‥何よ!マリアンってば、ブロウという恋人がいるくせにどうしてバレンティンまで誑し込むの!?許せない!』

 ローラの中にとてもどす黒い感情が湧き上がってきました。

 
 こうして6人は様々な感情を抱きながら、旅の2日目を迎えたのでした。
 


 
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