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第六夜 祖母の家
しおりを挟む先週祖母が亡くなった。肺炎を起こして入院した祖母は、体中に癌が見つかり、食事も取れずに一ヶ月経たないうちに亡くなった。享年七十三歳だった。
「武、ちょっと窓を開けてきて。誰か閉めちゃったみたい。」
今日は中学校が休みなので、男手が必要だからといって、叔母に頼まれて母と一緒に祖母の家の片付けに来ていた。
「武ちゃん、おばちゃんの財布から五百円玉とって、外の自販機で皆んなの飲み物買ってきて。あっ、私達はお茶ね。」
祖母の家は、一見すっきりと整頓され、物も少なく見えたが、箪笥や押し入れ、棚や物置に大量の物がぎっしりと詰まっていた。
箪笥も大量で、中には勿論大量の服がみっちりと詰まっていた。
「はい、お茶。お釣りはここね。」
「あーっ疲れた。武ちゃん、ありがとね。お釣りはお駄賃だから、とっといて。武ちゃんが箪笥を沢山運び出してくれたから、助かったよ。」
「おかあさんの部屋、洋服多いんだもん。姉さんが武ちゃん連れて、手伝いに来てくれなかったら、こんなに早く終わらんかったわぁ。」
「さーちゃんこそ、今までおかあさんの事を任せっきりでごめんね。こんな時にしか来られなくて、本当にごめんね。」
「いいのよ。私はおかあさんに、隣の土地貰って家建てるのも援助して貰ったんだもん。おかあさんのお世話なんて当たり前の事だし。」
「さーちゃん、本当にありがとうね。今までお疲れ様。」
祖母を最後までお世話してたのは、叔母だった。叔母は、この何年かでとても老けてしまった。痩せて白髪も増え、顔色もいつも悪かった。
こうして、元気そうにしていても、時折り暗い表情が見えた。
「あっ、武ちゃん。先に隣の仏間へ行って、箪笥の引き出し抜いて、中身出しておいて。」
‥‥仏間と聞いて少し嫌だなと思ったが、中学生男子がお化けを怖がるのも恥ずかしかったので、平気なふりをして仏間へ向かった。
祖母の遺影は叔母の家にある為、仏間には、扉のしまった古い仏壇とご先祖様達の遺影だけが残されていた。それと、他の部屋に入りきらなかった箪笥が一つあるのみだった。
ガラガラガラガラ、バンッ。
突然の大きな音にびっくりして、部屋の中を見渡してみた。誰もいなかった。
だが、確かにはっきりと仏間の引き戸を開けて閉める音がした。
だが、どこにも人影はない。
キィーッ、ガチャガチャ、バンッ。
仏壇の小さな引き出しを開けて、何かを探して、引き出しを‥‥閉めた音?
相変わらず人影はない。‥‥音だけの侵入者だ。
僕は不思議と怖さよりも、音の主の事だけが気になった。
キュキュ‥‥
ガラガラガラガラ、バンッ。
畳の軋む音、引き戸を閉める音。音の主は、出て行ったようだ。
僕は、ドキドキしながらも、先程音の主が触っていた仏壇の小さな引き出しへ手を伸ばした。
ここに何かある。それを音の主は、僕に教えてくれたんだ。根拠はないが、そう確信した。
引き出しを開けると、封のしていない茶封筒があった。中には一枚の紙が入っていた。
「さえ子は、ひどい奴!勝手に男と出ていったくせに、借金をつくって戻って来た。
私から散々お金をせびり、私の介護をするふりをして、金目の物を次々と盗んでいった。
ご飯も、賞味期限の切れた臭い飯を食べさせられ、トイレの介助もわざとしてくれなかった。廊下で失禁した私を笑って馬鹿にした!
もう、あいつには面倒を見て欲しくない!
私は辛い。あいつに面倒を見てもらわないと生きられない事が悔しくて悲しい。早く夫の所へ逝きたい。」
紙には、そう綴られていた。これは祖母がいつ書いた手紙なのだろう。まだ字は達筆であった。
叔母が、祖母を虐めてた?
祖母のお世話であんなにやつれてしまった叔母が?
祖母の遺影を大切に持ち帰り、立派な仏壇を買って祖母を供養していた叔母が、まさか‥‥。
僕はこれをどうしようかと思いながらも、何となく母や叔母には見せない方が良い気がした。
祖母の書いた手紙は封筒へ戻し、そのまましばらく僕の机の引き出しに隠しておいた。
あれから十年以上経ち、僕は結婚して双子が生まれた。
結婚してからも、ずっと捨てられずにとっておいた祖母の手紙を、今日は燃やそうと思った。
灰皿の上で、ライターの火を当てて、あっという間に祖母の手紙は燃えて消えた。
祖母の手紙を読んだあの時は、手紙を見つけた事をとても後悔したが、今となっては、あの手紙を見つけたのが僕で良かったのだと思えた。
もし、あの手紙を母や叔母さんが見つけていたら、きっと誰かの心の中にわだかまりが残っていただろう。
祖母はあの手紙を書いた事を、後で後悔したのかもしれない。
僕は、双子が生まれた今、この兄弟がいつまでも仲良くあって欲しいと願っている。
祖母の気持ちも同じであったと信じたい。
あの手紙のどこまでが真実なのかは分からない。祖母も少し被害妄想が出てきた時期だったという。痴呆も少しずつ進んでいたらしい。
祖母の心の内や、真実は分からないままだったが、僕の心は今とてもすっきりとしていた。
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