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第十三夜 夏祭り
しおりを挟む毎年八月になると、この地域では至るところで夏祭りが開催されていた。
うちの地域もそうだった。俺は仕事でもう何年も行っていなかったが、今年は娘にせがまれたので、仕事を調整して何とか夏祭りに行けるようにしたのだった。
「ただいま。」
「パパ、おかえりなさい。」
家に帰るなり、五歳の娘が走って抱きついてきた。ワンピース式の浴衣を着て、頭には花飾りを付けていた。もう今すぐにでも出かけられるように支度をして、俺の帰りを待っていたのだ。
「菜月、パパも着替えてくるからちょっとだけど待っててな。」
「早く、早く!」
飛び跳ねて急かす娘を片手であやしながら、急いで着替えた。
「洋子、今日どうだった?」
「やっぱり、自然分娩は難しいみたい。入院して帝王切開になりそう。」
「そうか、休みを取れるように会社と相談しておくよ。今日はもう寝てていいから。」
「分かった。ごめんね、無理させて。菜月の事、お願いね。」
妻の洋子は、第二子を妊娠していたが、母子共に体調は思わしくなかった。
「俺も菜月と二人でお出かけなんて、久しぶりだ。楽しんで来るよ。」
そう言って、俺は菜月と夏祭りに向かった。
「あのね、イチゴ飴とべっこう飴と、輪投げにお面に綿菓子に‥‥。」
「菜月は欲張りさんだなぁ。お父さんが持てる分だけしか買ってやらないぞ。」
「私ね、飴や綿菓子はすぐ食べちゃうし、お面は被るし、いっぱい持てるよ。まだまだ持てるよ。いっぱいいっぱいおもちゃ買おうね。」
「え~、お父さんのお小遣いなくなっちゃうよ。」
「大丈夫!パパがまた頑張って働いてくれればいいんだから!」
そんなやりとりをしながら、屋台通りへと進んだ。
菜月は妻が妊娠してからは、家でもずっと一人で遊んでいたし、ご飯やお風呂、寝かしつけの時間が遅くなることがよくあったが、全く怒ったりぐずる事はなかったと聞いていた。
病院へ行くたびに幼稚園のお迎えが遅れて、菜月が職員室で最後まで残されていた事もあったが、毎回笑って許してくれていたそうだ。
幼いながらに、母とお腹の子を気遣っていたのだろう。だから、今日は菜月を思いっきり甘やかしてやろうと思っていた。
「あっ菜月、イチゴ飴。」
「あっ菜月、みかんの缶詰が凍ってる。食べようか。」
「パパ、私より楽しんでるじゃん。子供みたい。」
「菜月も楽しんでる?」
「楽しいよ、超嬉しい!」
「そうか、良かった。」
菜月は本当に楽しんでいた。目をキラキラさせて、あっちへこっちへと走り回っていた。菜月を夏祭りに連れてきて良かった、本当にそう思えた。
ヒューッバン、バババン、ヒューッバン、
「あっ、あっちで花火あがってる。菜月、見に行こう。」
「うん。あっパパ、肩車して!」
「え~、菜月重くなったから出来るかな?」
「大丈夫!パパ力持ちだもん!」
そう言うと、菜月は俺の肩に登り、体勢を整えた。俺が立ち上がると、花火に歓声をあげた。
「ワーッキレイ。あっ‥‥バイバイ!」
「菜月、知ってる子でもいた?」
「うん、ママのお腹の中の子だよ。今ね、お空に飛んでいったの。」
「えっ、ああ、そっか、きっと夏祭りが楽しそうだから、ママのお腹から抜け出してこっそり見に来たのかな?」
「ううん、違うよ。ママのお腹にはもう戻らないみたい。あの子ね、私の幼稚園にも時々来たんだよ。たまに一緒に遊んだんだよ。
でもね、あの子がいなくなっても、また違う子がママのお腹に来るんだって。だから寂しくないよってよく言ってた。」
菜月の話は、子供の単なる空想話なのだろうが、鳥肌がたった。あの子がいなくなる?
「私が生まれる前に、お空の上であの子と、もう一人の子と約束したの。私が先に生まれるねって。それで、あの子はあまりこっちの世界に長くいられないから、ちょっとだけママのお腹にいる事になったの。だからあの子がママのお腹の中にいる間は、あの子にママを独り占めさせてあげてたの。
あとね、次にママのお腹に来る子は、まだ地球の事をよく知らない子で、とてもやんちゃな子だから、助けてあげてねって頼まれてたの。」
プルルルル、プルルル、
「はい、分かりました。すぐ向かいます。」
「パパ?」
「病院から電話だった。ママが救急車で病院へ行ったんだって。菜月も一緒にママの所へ行こう。」
俺は、菜月を連れてすぐに病院へ向かった。
俺と菜月が病院へ着くと、分娩室へ通された。とても小さくて可愛い赤ちゃんが妻のそばで横になっているのが見えた。
もともと妻は切迫流産で家で安静に過ごしていたのだが、俺と菜月が夏祭りへ行ってから陣痛が始まり、妻は自分で救急車を呼んだのだそうだ。病院へ着いて助産師さんが取り上げた時、赤ちゃんは産声をあげることはなかったそうだ。
泣き続ける妻に、菜月はずっと寄り添って体を撫でていた。
「ママ、あの子はね、もともとそういう約束でママのお腹に来たの。だから、泣かないでって言ってお空に飛んでいったんだよ。沢山愛してくれてありがとうって言ってた。」
「菜月?あの子ってママのお腹の子と会ったの?」
妻は、びっくりしながらも菜月の言う事に真剣に聞き入っていた。
「うん。また次の子がママのお腹に来るんだって。男の子だよ、すごくやんちゃなんだって。だから、ママ一人じゃ大変だから、私もたくさん手伝ってあげるからね。」
二年後、菜月の言う通り元気な男の子が産まれた。けれど、菜月はもうあの夏祭りの日の会話の事を覚えていなかった。
ママのお腹の子の話も、お空の上で交わしたと言う約束の話も、今年産まれた弟の事も、二度と話す事はなかった。
それでも、あの日僕に話してくれていた通り、やんなちゃな弟の良き姉となり、妻の育児や家事を積極的に手伝ってくれていた。
小さな子には、胎内記憶や生前記憶があるらしい。大きくなるにつれ、段々と忘れてしまうらしいが‥‥。菜月もきっとそうなのだと思う。
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