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第四十四話 つげの櫛
しおりを挟む亡くなったおばあちゃんの部屋を、お母さんが掃除していた。
私は、昔から気になっていたおばあちゃんの缶の箱を見たくて、おばあちゃんの部屋に行った。
「お母さん、おばあちゃんの部屋を片付けるの?」
「うん。この部屋が片付いたら、二階のお父さんとお母さんの寝室を綺羅ちゃんにあげようと思ってね。」
「やったー!一人部屋が貰えるなんて思わんかった。ありがとう!」
正直なところ、小学6年の姉の恭子との二人部屋生活は、このまま大人になるまで続くのだと諦めていたのだ。
私が小学校へ入学した時、机もランドセルも姉の恭子の部屋に置かれていたのを見た時から、もうずっと一人部屋は諦めていたのだ。だから本当に嬉しかった。これでやっと、姉恭子との姉妹喧嘩の煩わしさから解放されるのだ。
「あっ、そうそう、お母さん。おばあちゃんの持ってた缶の箱はどこ?」
「ああ、これ?綺羅ちゃんの欲しそうな物は入ってないと思うけど、良いのがあったら持っていって良いよ。」
「やったー、ありがとう。」
お母さんがそう言って、私に大きな缶の箱を渡してくれた。
お煎餅が入っていそうな四角い缶の箱、所々錆びてるけど、蓋のイラストの女の子がとてもレトロで可愛かった。
「お母さん、じゃましないからここで開けていい?」
「‥‥せっかくここまで片付けたから、この部屋はちょっと‥。」
「あっ、じゃあ部屋の入り口の廊下でなら良い?」
「いいけど、散らかさないでね。」
「うん、ありがとう。」
私は許しが出たので、部屋の入り口の廊下に座って箱を置いた。
お母さんは、私に箱を持って子供部屋に行って欲しそうだったが、それは駄目だ。部屋には姉の恭子がいる。良い物は恭子に先にとられるに決まってる。
さて、蓋を開けてみた。お線香のような香りのする袋が入っていた。
「くさっ!」
古くさい匂いが鼻について気分が悪くなった。香り袋の他は、縮緬の巾着に、手鏡、ティッシュケース、手縫いの人形が入っていた。
なんだ、大したものは入ってなかったな、とがっかりしかけたが、缶の底の方に布のケースに入れられた櫛を見つけた。
手に取り見てみると、女の子の顔やお花が彫られていた。
「それは、つげ櫛ね。結構値段がお高いのよ。おばあちゃんが椿油で手入れしながら、いつも大切に持っていたけど‥‥あんまり使ってる所は見た事ないわね。」
「へぇ、おばあちゃん気に入り過ぎて使えなかったのかな。」
私はそう言って、つげ櫛を布のケースごとポケットに入れこんだ。
「お母さん、あと全部要らない。この櫛だけ持ってくね。」
私はそう言って、つげ櫛を持ってリビングへ行った。そして、そっと髪をといてみた。
すーっと入っていく感じは、雑貨屋の安いブラシと全然違っていて、心地よかった。
とき終わると、髪が艶々でさらさらになった気がした。
「えっ何これ、髪が綺麗。やばい‥。」
この日からつげ櫛は、私の宝物になった。
「綺羅ちゃん、最近髪きれい。」
「綺羅ちゃん何か付けてる?」
翌日学校へ行くと、早速ツカサちゃんとやっちゃんが寄ってきた。
「ふふふ、実はね、つげ櫛を貰ったの。それで髪を梳かすと艶々でさらさらになるの。」
「へぇ、つげ櫛?」
「ふぅん。」
つげ櫛、ツカサちゃんもやっちゃんも何のことか分からない様子だった。私は少し優越感を感じていた。
私はとても良い気分で家に帰った。
「ただいま。」
部屋にランドセルを置いて、引き出しを開けてみた。つげ櫛をこの引き出しの奥へ隠していたのだ。
「ない、つげの櫛がない!」
手を引き出しに突っ込んで探ってみても、机のまわりをみてもない。
「あっ、お姉ちゃん?」
姉の恭子があやしい。姉の恭子がきっと私のつげ櫛の存在に気付いて、自分のものにしたんだ!そう思って、恭子を探して家中を歩き回った。
すると、おばあちゃんの部屋の前に恭子がいた。おばあちゃんの部屋の方を向いて、立っていたのだ。
きっと、他にもまだ何か良いものがないか見に来たんだ。
それに‥‥あの髪は絶対につげ櫛を使っている。さらさらで艶々じゃないか!
「お姉ちゃん!私の櫛を返してよ!」
私がそう声を荒らげ、恭子の肩を掴みかかると、恭子が振り向いた。
‥‥恭子じゃない。恭子と思った女の子は恭子ではなかった。
この子、誰?
「‥じゃない。お前のじゃない。私のだ。」
知らない女の子は、そう言って私に飛びかかってきた。
「うわっ!」
私が怖くてしゃがみ込むと、女の子は襲いかかって来なかった。そして、姿も消してしまった。
「えっ、何。えっ‥怖い。」
私は子供部屋へ走って逃げた。部屋には姉の恭子が学校から帰って来ており、呑気に動画をみて寛いでいた。
「綺羅?台所に行っておやつとってきて。」
「はぁ、おやつ?自分で行って!」
姉の恭子は私が不機嫌なのを察し、自分でおやつを取りに行ったようだ。
戻ってくると、私に言った。
「そう言えば綺羅、あんた昨日の夜中に一晩中自分の机や私の机を漁ってたでしょう。何探してたのよ。っていうか私の机は触らないでよ。」
「えっ?私寝てたけど?」
「じゃああんたじゃなきゃ誰だって言うのよ!」
姉が見た女の子が誰かは知らないが、私はさっき会った女の子の話を姉にしてみた。
「やっぱり、あんたのせいじゃん!ちょっとおばあちゃんの部屋に行くよ!」
姉に無理矢理連れられて、再びおばあちゃんの部屋に入った。部屋の真ん中には見覚えのある缶の箱があった。
姉が躊躇なく開けてみると、中につげの櫛が布のケースごと入っていた。姉はそれを手に取り、ケースから取り出してみた。
「‥あんたさぁ、こんな長い髪してたっけ?」
姉が櫛にひっかかっていた何本かの長い髪を見せてくれた。
「怖っ!私の髪じゃないし!」
櫛を取り出した後のケースから、お札が出てきた。
「「うわぁ!」」
私と姉は、怖くて部屋へ逃げ帰った。
後からお母さんにこの話をして、つげの櫛の持ち主らしき人物が誰なのか探りを入れた。
「分からないけど‥おばあちゃんが私を産む前に一人死産したって言ってたよ。女の子だったんだって。あっ、供養の為に櫛や鏡を買ってお供えしたりしてたって言ってたかも。‥‥あの缶の箱は、古い仏壇を片付けた時に出てきたから、その供養の品をしまった箱だったかもしれんね。」
「まじか‥。」
結局、その缶の箱は今の仏壇の脇の台に飾られて、後日お坊さんを呼んで供養をしてもらう事になった。
それからはもう家の中に女の子が出てくることはなくなった。
おばあちゃんの部屋が片付いた後も、私は一人部屋を断った。本物の幽霊を見てしまった後では、とてもじゃないが夜一人では寝られそうになかったからだ。
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